京都和み堂書店でお悩み承ります

第六話 トラウマを消し去りたいあなたへ

唐突な質問

「菜花さんは、四月からどうするんですか？」

　香り立つボロネーゼをくるくるとフォークに巻きながら私にそう訊いてきたのは、失恋の悩みを打ち明けられて以降、なんだかんだで仲の良い友人となった藤野咲良だった。

　今日は、一年の終わりが迫った十二月末の土曜日。私たちは時々こうしてお昼や夜に一緒にご飯を食べるのだが、
この日も例に漏れず、最近京都にできたばかりだというイタリア料理店を嗅ぎつけて来ていた。
　京都には異常なほどに飲食店がたくさんある。単なる思い込みかもしれないけれど、街を歩けば、「ここも、ここも！」と一本の通りに気になるお店がずらりと並んでいるのだから、収拾がつかない。とりわけ京都和み堂書店のように、町家の造りを残した和テイストなカフェは、私の好みのど真ん中を貫きすぎて、訪れても訪れても、「行きたい店リスト」はなくならない。あの京都和み堂書店で一番カフェに詳しいアキさんでさえ、「行きたい店があと八十軒ある！」と語ってくれたほどだ。

　そんなこんなで、「行きたい店リスト」に名を連ねていた新しいイタリアンの店の扉を、私は咲良と、ようやく潜ることができたのだ。
　そこで散々メニューとにらめっこした挙句、咲良はボロネーゼを、私はジェノベーゼリゾットを頼んだ。

「四月から？」

「はい。もうすぐ卒業ですよね」

　そう、私は大学四回生で、咲良は大学三回生。彼女よりも一年早く卒業する身だった。

「あれ、言ってなかったっけ？」

　まだ会って間もないのに、咲良とは好きな作家の話をしたり頻繁にLINEをしたりしていたため、すっかり何でも話していると思い込んでいた。なんてったって、出会って最初に話したのが、失恋話だからね。しかも、咲良はかなり落ち込んでいて重たい空気だったし。　今となっては良い思い出だけれど、冷静に考えると初対面で恋愛なんていう一番プライベートで繊細な話をしてしまったのは、なかなかクレイジーなのではないかだろうか。

「聞いてません！」

　むうっと頰を膨らませている咲良。その頰の奥にはきっとボロネーゼがいっぱい詰まっているんだろう。何にしろその顔が素晴らしく可愛いから、全くもって文句はない。

「そっか、ごめんごめん。えっと、四月からだっけ。普通に働くよ」

「その、“普通の”の部分を詳しく知りたいんですが」

　彼女の言うことは最もだ。
　大事な部分をすっ飛ばして、概略だけを話したという自覚があったから。もはや確信犯だ。何でかって？　そりゃあ、自分の進路を人に話すことほど面白くないことはないと思うからに決まってるじゃない。

「えーっと、とりあえず普通の会社に、就職します」

　さっきよりは幾分かマシな説明じゃないか、と思いながらそう言ったが、咲良は私のことをジト目で見てくる。あっ、怒らせてる？　でもそんな表情もまた可愛い。

「教えてくれないんですね？」

　はあ、残念。
　とばかりにため息をつく咲良。

「自分の就活の参考にしたかったんですけど……」

　ああ、そうか。
　そうこうしているうちに、咲良の学年も本格的に企業の採用試験が始まる時期になるのだ。だから私に進路を聞いたのか。察しの悪い先輩で申し訳ない。
　と反省し、私は彼女に、就職してからの仕事を説明した。とはいえ、私もまだ働いたことがないため、これまでに情報収集した内容しか語れなかったけれど。就職にヒントを求める後輩への誠意は見せられただろう。

「なるほどです」

　ふんふんと相槌を打ちながら私の話を聞いてくれた咲良が、納得した様子で頷いた。良かった、上手く伝わったかは分からないけれど、彼女が求める答えには辿り着けたようだ。

「でも菜花さんは、作家になりたいんじゃないんですか？」

　咲良の質問に、私は思わず「え？」と、ジェノベーゼリゾットをスプーンですくおうとしていた手を止めてしまった。

「なんで……？」

　なんで、そのことを知ってるの？
　スプーンを握っていた右手を下ろして、私は彼女に問いかけた。
　だって、あまりに唐突だったから。
　私は咲良に、自分の将来の夢なんて話したことはなかった。彼女と話すことはいつもおすすめの本や、新作で「これはっ！」と目をつけている本の話、それから女の子が大好きな恋愛トークだけだ。