32 / 57
第五話 忘れられない人がいるあなたへ
再会
しおりを挟む
「こんにちは、菜花さん」
本格的な寒さが京都に襲いかかる十二月、もうほとんど慣れてしまった京都和み堂書店でのアルバイト中に、懐かしい訪問者が現れた。
時刻は午後七時二十分、ちょうど夜ご飯どきで、私は接客中にぐう~っとお腹が鳴ってしまわないかとヒヤヒヤしていたところだ。
「あなたは確か……岡本さん?」
そう。
やって来たのは、出版社に勤める営業マンで、今年の夏に汗だくの状態で私に新人教育の悩みを打ち明けてくれた岡本英介だった。
初めて会った時はよれよれのスーツに自信なさげな様子をしていたのに、彼の悩みにぴったりだと思う小説を紹介してからというもの、部下との関係も上手くいったようだ。今では堂々と胸を張ってにこやかな笑顔を私に向けてくれていた。
「はい、岡本です。ご無沙汰してます!」
ハキハキとした張りのある声に、キリッとしたスーツ姿。夏に初めて会った時とは全く別人のようだ。
「お久しぶりです。どうですか、その後は」
「おかげさまで、二人の部下とも立派に育ってくれました。と言っても、まだまだ一人で仕事を任せるには頼りない
ですけどね」
ははっと冗談っぽく笑いながら、それでも彼が、部下の成長を喜ぶイケてる上司の顔をしているのを見て嬉しかった。
「それは良かったです。私も最初はどうなることかと思ってたので」
だって、お客さんから悩みを相談されるなんて、思ってもみなかったから。
しかも、なんだかんだで岡本以外にも様々な人の悩みを聞く書店員と化している。
まあ、どんな事情があれ自分を頼りにしてくれる人が一人でも多くいるというのは人間冥利に尽きるわけだが。
「その節は大変お世話になりました」
九十度に腰を折って頭を下げる岡本。
「いやいや、たいしたことはしてません。私はただ、自分が好きなものを勧めてみただけなんですから」
自分の言葉に嘘偽りや、謙遜なんて全くない。ゲームが好きならゲームを勧めていただろうし、スイーツが好きならたとえ大人の男性にだっておかまいなしに、スイーツを勧めていただろう。
「今まで小説を読んでこなかった自分が恥ずかしいですね。自分も小説を書いてみたいと思っているのですが、書くとなると思うように筆が進まないものです」
「そんなことはありませんよ。本は、どんなジャンルだって、お気に入りの本に出会えること自体が奇跡だって思っています。岡本さんの小説も完成したら、誰かのお気に入りの一冊になると思いますよ」
この世に星の数ほど存在する本の中から、たった一つの「好き」に出会えること。
それだけでもう誇らしい。今まで知らなかったことが恥ずかしいなんて全く思う必要はないのだ。
「ありがとうございます。……と、余計な話はここまでにして」
岡本はいったん話を遮ると、何やら持っていた鞄の中をゴソゴソと探り始めた。
そういえば、彼はなぜ再びこの書店にやって来たのだろう。スーツを着ているところからして、また今日も営業の合間に寄ってくれたということは理解できた。
もちろん、本屋に来るのに理由なんて必要ないのだけれど、鞄の中を覗いている彼を見る限り、きっと何か目的があるのだということを悟る。
「あ、あった。これですこれ」
はい、と岡本は私に一枚の封筒を差し出した。
真っ白な封筒には、差出人名も何も書かれていない。
「これを、私に?」
「はい。知り合いから預かったものなんです。昔仕事で関わった方で。僕があなたと知り合いであると言ったら、目の色を変えて、『詳しく聞かせてくれ』って言うんです。さすがにあなたの許可なく、あることないこと話すのは良くないと思って、京都の書店で働いているということしか伝えてません。そうしたら後日、それをあなたに渡してほしいと言われまして」
岡本が封筒……というかおそらく中身の手紙の出所についてつらつらと説明してくれている間、私は不思議に思いながら、封筒を裏返したりまた表に戻したりした。しかし、やはりどこにも宛名は書かれていなかった。
「開けてみてもいいですか……?」
「もちろんです。あなた宛のものですから」
私は岡本から、あえて詳しいことは聞かずにその封筒を恐る恐る開けてみた。
中には封筒と同じ真っ白な便箋が一枚。
その二つ折りの便箋を、ピラっとめくってみる。
本格的な寒さが京都に襲いかかる十二月、もうほとんど慣れてしまった京都和み堂書店でのアルバイト中に、懐かしい訪問者が現れた。
時刻は午後七時二十分、ちょうど夜ご飯どきで、私は接客中にぐう~っとお腹が鳴ってしまわないかとヒヤヒヤしていたところだ。
「あなたは確か……岡本さん?」
そう。
やって来たのは、出版社に勤める営業マンで、今年の夏に汗だくの状態で私に新人教育の悩みを打ち明けてくれた岡本英介だった。
初めて会った時はよれよれのスーツに自信なさげな様子をしていたのに、彼の悩みにぴったりだと思う小説を紹介してからというもの、部下との関係も上手くいったようだ。今では堂々と胸を張ってにこやかな笑顔を私に向けてくれていた。
「はい、岡本です。ご無沙汰してます!」
ハキハキとした張りのある声に、キリッとしたスーツ姿。夏に初めて会った時とは全く別人のようだ。
「お久しぶりです。どうですか、その後は」
「おかげさまで、二人の部下とも立派に育ってくれました。と言っても、まだまだ一人で仕事を任せるには頼りない
ですけどね」
ははっと冗談っぽく笑いながら、それでも彼が、部下の成長を喜ぶイケてる上司の顔をしているのを見て嬉しかった。
「それは良かったです。私も最初はどうなることかと思ってたので」
だって、お客さんから悩みを相談されるなんて、思ってもみなかったから。
しかも、なんだかんだで岡本以外にも様々な人の悩みを聞く書店員と化している。
まあ、どんな事情があれ自分を頼りにしてくれる人が一人でも多くいるというのは人間冥利に尽きるわけだが。
「その節は大変お世話になりました」
九十度に腰を折って頭を下げる岡本。
「いやいや、たいしたことはしてません。私はただ、自分が好きなものを勧めてみただけなんですから」
自分の言葉に嘘偽りや、謙遜なんて全くない。ゲームが好きならゲームを勧めていただろうし、スイーツが好きならたとえ大人の男性にだっておかまいなしに、スイーツを勧めていただろう。
「今まで小説を読んでこなかった自分が恥ずかしいですね。自分も小説を書いてみたいと思っているのですが、書くとなると思うように筆が進まないものです」
「そんなことはありませんよ。本は、どんなジャンルだって、お気に入りの本に出会えること自体が奇跡だって思っています。岡本さんの小説も完成したら、誰かのお気に入りの一冊になると思いますよ」
この世に星の数ほど存在する本の中から、たった一つの「好き」に出会えること。
それだけでもう誇らしい。今まで知らなかったことが恥ずかしいなんて全く思う必要はないのだ。
「ありがとうございます。……と、余計な話はここまでにして」
岡本はいったん話を遮ると、何やら持っていた鞄の中をゴソゴソと探り始めた。
そういえば、彼はなぜ再びこの書店にやって来たのだろう。スーツを着ているところからして、また今日も営業の合間に寄ってくれたということは理解できた。
もちろん、本屋に来るのに理由なんて必要ないのだけれど、鞄の中を覗いている彼を見る限り、きっと何か目的があるのだということを悟る。
「あ、あった。これですこれ」
はい、と岡本は私に一枚の封筒を差し出した。
真っ白な封筒には、差出人名も何も書かれていない。
「これを、私に?」
「はい。知り合いから預かったものなんです。昔仕事で関わった方で。僕があなたと知り合いであると言ったら、目の色を変えて、『詳しく聞かせてくれ』って言うんです。さすがにあなたの許可なく、あることないこと話すのは良くないと思って、京都の書店で働いているということしか伝えてません。そうしたら後日、それをあなたに渡してほしいと言われまして」
岡本が封筒……というかおそらく中身の手紙の出所についてつらつらと説明してくれている間、私は不思議に思いながら、封筒を裏返したりまた表に戻したりした。しかし、やはりどこにも宛名は書かれていなかった。
「開けてみてもいいですか……?」
「もちろんです。あなた宛のものですから」
私は岡本から、あえて詳しいことは聞かずにその封筒を恐る恐る開けてみた。
中には封筒と同じ真っ白な便箋が一枚。
その二つ折りの便箋を、ピラっとめくってみる。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【長編】座敷童子のパティシエールとあやかしの国のチョコレート
坂神美桜
キャラ文芸
ショコラティエの穂香は、京都に自分の店を持つことになった。
開店準備をしていると、求職中だというパティシエールの瑠璃にこの店で働かせてほしいと猛アタックされる。
穂香は瑠璃の話を聞いているうちに仲間意識を感じ、そのまま採用してしまう。
すると突然あやかしの住む国へ飛ばされてしまい、そこで待っていた国王からこの国に自生しているカカオでチョコレートを作って欲しいと頼まれ…
京都に修学旅行に行ったら、異世界に着いていました ~矢頭くんと私の異世界放流記~
菱沼あゆ
ファンタジー
修学旅行で京都に行った紅井水門(あかい みなと)。
謎の鳥居の向こうに引きずり込まれたそこは異世界だった。
ゾンビに襲われ、水門は叫ぶ。
「矢頭(やとう)くん、助けてっ」
優等生で学校一のイケメン、矢頭が召喚された。
「お前、なんで俺を呼んだ~っ」
「え? クラス委員だから」
チート能力、ヤンキーを得た矢頭と水門は元の世界に帰るため、転移の鳥居を求め、異世界を旅する――。
(小説家になろうでも公開しています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる