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第四話 人と上手く接することができないあなたへ
女将の勘
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棚からロッカーの鍵を取り出して、今日はもう帰ろうと荷物を取りにいこうとした時だった。
「なのちゃん、もういいよ」
不意に、詩乃さんが私にそう言った。
「え?」
私は彼女の言う意味が分からずに、思わず立ち止まる。
もういいよ。
もう、仕事をしなくていいということだろうか。
それってつまり、クビってことかな。でも、確かに今日の私は注文ミスはするし、お客さんを怒らせて帰らせちゃうしで、ダメダメだった。だからきっと詩乃さんも、そんな私を見かねて「もういい」と言っているのだ。無理してここで働かなくてもいいと。
私は諦めていた。
詩乃さんは私に失望したんだ。
接客業なのに上手く喋れないし、そもそも社交的でもない私は、この仕事には向いてなかったのかもしれない。
書店員にはなれても、“京都和み堂書店の店員”にはなれなかった。
そういう意味に違いない。
詩乃さんの言葉の意味を勝手に解釈して、ひどく落胆したまま「はい」と再び小さく返事をし、荷物を取りにまた一歩踏み出した時だった。
「なのちゃん、もう、闘わなくていいよ」
予想外の言葉が、私の耳に響く。
「闘わなくていい。そんな必死にならなくていいよ。自分なりの方法で頑張ってくれれば」
それは、解放だった。
やって来るお客さんの話を聞いてあげなくてはならない。抱えている悩みを解決できるように、最後まで話を聞いて、寄り添って、伝えなくちゃいけない。
そう思うあまり、他人の悩みを解決することに固執して空回りしていた私に、詩乃さんがくれた解放宣言だった。
「そんなふうに、自分を追い詰めなくていいんだよ」
背中越しに、詩乃さんの優しい言葉を、解放の合言葉を受け止めて、思わず泣きそうになって鼻を啜った。ずずっと、情けない音が静かな空間に響き渡る。
「そうだ、これ!」
それから詩乃さんが、向き直った私に「はい」と一冊の本を差し出して。
「これ、前になのちゃんが好きって言ってた本。入荷したの、この前」
そう言って差し出されたその本は、とても分厚くて重くて、でも表紙を見れば、その本に綴られた温かい物語が鮮やかに蘇ってくるような小説だった。
「ありがとう……ございます」
「この本、私も読んだの。『闘わなくていい』って言葉、この本の中で一番印象に残ってるから」
詩乃さんがそう言うと、私はたまらなくなった。だって私も、同じだったから。
「奇遇ですね……。私も、その台詞が一番好きなんです」
ふふっと、嬉しくて私は笑う。こんなにページがたくさんあるのに、好きなシーンや台詞が誰かと同じだったとき。面白さを分かち合えたとき。いつもとても嬉しい。
「この小説、あの子に渡してみたら?」
「あの子って……宮脇さんに、ですか?」
「うん。まだこの近くにいるんじゃないかな」
「え? なんで分かるんですか」
「うーん、長年やってる“女将の勘”かなあ」
詩乃さんが、誇らしげにそう言った。“長年”って、私とそんなに歳も変わらないはずなのに。と突っ込みたい気持ちを抑えて、私は詩乃さんの言葉を信じて、一冊の本を抱えて店を飛び出した。
「なのちゃん、もういいよ」
不意に、詩乃さんが私にそう言った。
「え?」
私は彼女の言う意味が分からずに、思わず立ち止まる。
もういいよ。
もう、仕事をしなくていいということだろうか。
それってつまり、クビってことかな。でも、確かに今日の私は注文ミスはするし、お客さんを怒らせて帰らせちゃうしで、ダメダメだった。だからきっと詩乃さんも、そんな私を見かねて「もういい」と言っているのだ。無理してここで働かなくてもいいと。
私は諦めていた。
詩乃さんは私に失望したんだ。
接客業なのに上手く喋れないし、そもそも社交的でもない私は、この仕事には向いてなかったのかもしれない。
書店員にはなれても、“京都和み堂書店の店員”にはなれなかった。
そういう意味に違いない。
詩乃さんの言葉の意味を勝手に解釈して、ひどく落胆したまま「はい」と再び小さく返事をし、荷物を取りにまた一歩踏み出した時だった。
「なのちゃん、もう、闘わなくていいよ」
予想外の言葉が、私の耳に響く。
「闘わなくていい。そんな必死にならなくていいよ。自分なりの方法で頑張ってくれれば」
それは、解放だった。
やって来るお客さんの話を聞いてあげなくてはならない。抱えている悩みを解決できるように、最後まで話を聞いて、寄り添って、伝えなくちゃいけない。
そう思うあまり、他人の悩みを解決することに固執して空回りしていた私に、詩乃さんがくれた解放宣言だった。
「そんなふうに、自分を追い詰めなくていいんだよ」
背中越しに、詩乃さんの優しい言葉を、解放の合言葉を受け止めて、思わず泣きそうになって鼻を啜った。ずずっと、情けない音が静かな空間に響き渡る。
「そうだ、これ!」
それから詩乃さんが、向き直った私に「はい」と一冊の本を差し出して。
「これ、前になのちゃんが好きって言ってた本。入荷したの、この前」
そう言って差し出されたその本は、とても分厚くて重くて、でも表紙を見れば、その本に綴られた温かい物語が鮮やかに蘇ってくるような小説だった。
「ありがとう……ございます」
「この本、私も読んだの。『闘わなくていい』って言葉、この本の中で一番印象に残ってるから」
詩乃さんがそう言うと、私はたまらなくなった。だって私も、同じだったから。
「奇遇ですね……。私も、その台詞が一番好きなんです」
ふふっと、嬉しくて私は笑う。こんなにページがたくさんあるのに、好きなシーンや台詞が誰かと同じだったとき。面白さを分かち合えたとき。いつもとても嬉しい。
「この小説、あの子に渡してみたら?」
「あの子って……宮脇さんに、ですか?」
「うん。まだこの近くにいるんじゃないかな」
「え? なんで分かるんですか」
「うーん、長年やってる“女将の勘”かなあ」
詩乃さんが、誇らしげにそう言った。“長年”って、私とそんなに歳も変わらないはずなのに。と突っ込みたい気持ちを抑えて、私は詩乃さんの言葉を信じて、一冊の本を抱えて店を飛び出した。
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