京都和み堂書店でお悩み承ります

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
27 / 57
第四話 人と上手く接することができないあなたへ 

謝りたい

しおりを挟む
***


「あなたには、分からないですっ……」

 彼女はそう言って、店を出て行った。

「……」

 一度は引き止めたものの、振り切って行ってしまった女子高生の宮脇沙子。
 こたつテーブルの上に置き去りにされたカフェラテやワッフルの残骸を、放心状態で見つめることしかできない私。

「なのちゃん」

 長いこと私が戻ってこないから、不審に思ったのだろう。
 ふと、厨房から顔を出した詩乃さんに、空虚なままの自分の姿を晒してしまう。

「とりあえず、仕事に戻りましょう」

 私と沙子とのやり取りを知ってか知らずか、詩乃さんはいつも通り落ち着いた声色で私にそう声をかけた。
 こういう時、私は詩乃さんが店長——いや、女将でよかったと思う。私がどんなに接客中に失敗したりミスしたりしても、常に冷静でいてくれるから。冷静でいて、見るべきところはきちんと見てくれているから。

「はい、すみません」

 取り乱しそうなタイミングだからこそ、いつもと同じルーティンの仕事をして自分のペースを取り戻す。今の私にはそれがいちばん必要なんだと、詩乃さんはきっと分かっている。

「いらっしゃいませ」

 その後もいつも通り、コンスタントに訪れるお客さんの対応をしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。さすがは日曜日。ティータイムが過ぎてからもチラホラと、ちょうど良いぐらいのお客さんの波が押し寄せては引いていった。
 しかし、どんなに接客に追われていようと、注文して届いた本を並べるのが大変だろうと、私の頭の片隅から離れない彼女の面影。
「あなたには分からない」と、私に対する拒絶の言葉を残して、行ってしまった彼女。
 もう一度、話したいと思う。
 謝りたい。
 あんなふうに捲し立てるように迫ってしまったことを、謝りたかった。
 けれどそれだって、もしかしたら自己満足かと思うと怖くなる。
 悪いことして相手に謝りたいと思うことは、ただ自分が罪の重さから解放されたいだけなんじゃないかって思う。
「悩んでるんなら打ち明けてよ」と言うことは、ただの傲慢なんじゃないかって。
 ヒーローになりたいから。ありがとうって言われたいから。自分なら聞いてあげられるとバカみたいに勘違いするイタイ人間。お前は何者なんだよって、罵りたくなるほどに、傲慢で、尊大で、ダメな人間だ。
 私は、ちっとも他人を思いやれない、最低な人間だ——。

「なのちゃん!」

 気づかなかった。
 すぐ近くで、詩乃さんが何度か私に呼びかけていたらしい。
 何度も名前を呼ばれても、気づかなかった。

「し、詩乃さん」

 レジカウンターの前に阿呆みたいに突っ立っていた私は、すぐ後ろにいる詩乃さんを仰ぎ見る。詩乃さんは背が高い。ふんわりと柔らかい雰囲気なのに、落ち着いていて仕事が早い。羨ましいと思う。確か私とそんなに歳も変わらないはずなのに。
 詩乃さんは、私の憧れだった。

「シフト、もう終わりだから上がっていいよ。お疲れさま」

 詩乃さんにそう言われて、私は「はい」と小さく頷きエプロンを脱いだ。何度も使われてくたびれたエプロン。仕事のできない私じゃ、到底上手く着こなせない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

裏吉原あやかし語り

石田空
キャラ文芸
「堀の向こうには裏吉原があり、そこでは苦界の苦しみはないよ」 吉原に売られ、顔の火傷が原因で年季が明けるまで下働きとしてこき使われている音羽は、火事の日、遊女たちの噂になっている裏吉原に行けると信じて、堀に飛び込んだ。 そこで待っていたのは、人間のいない裏吉原。ここを出るためにはどのみち徳を積まないと出られないというあやかしだけの街だった。 「極楽浄土にそんな簡単に行けたら苦労はしないさね。あたしたちができるのは、ひとの苦しみを分かつことだけさ」 自称魔女の柊野に拾われた音羽は、裏吉原のひとびとの悩みを分かつ手伝いをはじめることになる。 *カクヨム、エブリスタ、pixivにも掲載しております。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

京都に修学旅行に行ったら、異世界に着いていました ~矢頭くんと私の異世界放流記~

菱沼あゆ
ファンタジー
 修学旅行で京都に行った紅井水門(あかい みなと)。  謎の鳥居の向こうに引きずり込まれたそこは異世界だった。  ゾンビに襲われ、水門は叫ぶ。 「矢頭(やとう)くん、助けてっ」  優等生で学校一のイケメン、矢頭が召喚された。 「お前、なんで俺を呼んだ~っ」 「え? クラス委員だから」  チート能力、ヤンキーを得た矢頭と水門は元の世界に帰るため、転移の鳥居を求め、異世界を旅する――。  (小説家になろうでも公開しています。)

不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました

加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!

いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】 「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。 しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!? 京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する! これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! エブリスタにも掲載しています。

処理中です...