京都和み堂書店でお悩み承ります

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
4 / 57
第一話 かっこいい上司になりたいあなたへ 

岡本の話

しおりを挟む
——ただ、ウチの書店での仕事は、三谷さんが思っているような仕事とは少しだけ違っているかも。それでも大丈夫?

 ……なるほど。
 これが、女将の言う、「普通と違う仕事」なのか。
 そう勝手に納得した私は、男性の目をじっと見つめた。

「わざわざお越しいただいたところ申し訳ありませんが、おそらく、ご友人は私ではなく店長に話を聞いてもらったのだと思います」

「ああ、そうだったんですね。すみません」

「いえ」

「その店長さんは、今日はお休みなんですか?」

「休みではないでのすが、今日は私が店番なんです」

「そうですか……」

 そう言って残念そうに俯く男性を見ていると、逆に申し訳なくなった。
 本当は今二階で仕事をしている詩乃さんを呼びに行けば済むのだけれど、これぐらいのことで女将を呼びに行くわけにもいかない——という謎のアルバイター精神が働いていた。
 しかしそれ以上に、目の前で落胆している彼を放っておくのがいたたまれなくて。

「あの……、もしよければ、私がお話をお聞きしましょうか」

 気づいたら、自ら彼にそう提案していた。

「ほ、本当ですか!」

 私の言葉を聞いた男性が、さっきまでの落胆っぷりをよそに、ぐんとテーブルの向こうから身を乗り出した。
 そんな男性の反応を見て、私は一瞬驚いたが「ええ」と快く頷いた。

「ありがとうっ!」

 まだ悩みが解決されたわけでもないのに、まるで少年のように笑う男性。

「申し遅れました。僕は東堂とうどう出版社第一営業部の、岡本英介おかもとえいすけといいます」
 
 東堂出版……大きな出版社でないが、何度か耳にしたことはある。確か、芸術系の書籍に強い小さな出版社だ。
 私は東堂出版社の本をあまり読んだことはないが、出版社の営業マンならさぞ忙しい毎日を送っているのだろう——そのぐらいは想像できた。
 彼は、そこで一度手元のアイスティーをごくんと一口飲んで、話し始める。

「第一営業部には、毎年数名の新入社員を迎え入れることになっているのですが……」

 岡本の話を簡単にまとめると、こうだった。
 第一営業部に今年も四月に二人の新入社員が配属された。
 男女一名ずつ。女性の方は人の話を熱心に聞く聞き上手タイプで、男性の方はハキハキとして元気が良く営業受けしそうな朗らかな性格だそうだ。
 彼らなら営業マンとして着実に成長してくれる。
 二人の教育係になった岡本は最初そう確信した。
 しかし、岡本の期待は、彼らが入社してものの数ヶ月で打ち砕かれることになる。

「二人は確かに、営業の仕事をきちんとこなしてくれました。慣れないながらも一生懸命、頑張ってくれていたんです。でも」

 入社して二ヶ月が経ってから、新入社員の二人は突然先輩の言うことを聞かなくなったらしい。
 いや、「先輩の」というより、岡本の話を聞かなくなったのだという。
 その話を聞いたとき、私は単に岡本が被害妄想をしているだけで、新入社員の二人は岡本以外の先輩の言うことを全般的に聞かなくなったのでは? と疑問に思いもしたが、いま目の前で汗を垂らしながらシワの寄ったシャツを着ている彼を見ると、失礼だけど、なんとなく二人が彼の指示を聞かないという理由が分かる気がした。

「僕にはなんで二人が急に、僕の言うことを聞いてくれなくなったのか、分からないんです。だって、僕は二人がきちんと仕事をしてくれているのを確認した上で、二人に定時で上がらせてあげようと、残った仕事を僕自身が引き受けるなんてこともしたんですよ。二人に恨みを買うようなことは一切してないつもりなんです。むしろ、頑張った分楽させてあげたいと思ってるのに……」

 ああ、そうか。
 彼の言葉から、新入社員の二人がなぜ岡本の言うことを聞かなくなったのか、ちょっとだけ察しがついた。
 しかし、それを今この場で言葉にして伝えるのは、私には少しばかり難しい。だって私は、まだ社会に出てすらいない、一介の大学生なのだ。そりゃ就職活動を終えているため、“働く”ことに関して敏感にはなっているが、岡本のように社会人として既に仕事とはなんたるかを経験している人に適当なアドバイスはできない。

「店員さん、僕はどうしたらいいんでしょう……? 彼らが僕の言うことを聞いてくれないと、僕の評価まで下がってしまうんです。それに、僕は彼らにもっと教えたいことがたくさんあるんです!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...