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第一話 かっこいい上司になりたいあなたへ
岡本の話
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——ただ、ウチの書店での仕事は、三谷さんが思っているような仕事とは少しだけ違っているかも。それでも大丈夫?
……なるほど。
これが、女将の言う、「普通と違う仕事」なのか。
そう勝手に納得した私は、男性の目をじっと見つめた。
「わざわざお越しいただいたところ申し訳ありませんが、おそらく、ご友人は私ではなく店長に話を聞いてもらったのだと思います」
「ああ、そうだったんですね。すみません」
「いえ」
「その店長さんは、今日はお休みなんですか?」
「休みではないでのすが、今日は私が店番なんです」
「そうですか……」
そう言って残念そうに俯く男性を見ていると、逆に申し訳なくなった。
本当は今二階で仕事をしている詩乃さんを呼びに行けば済むのだけれど、これぐらいのことで女将を呼びに行くわけにもいかない——という謎のアルバイター精神が働いていた。
しかしそれ以上に、目の前で落胆している彼を放っておくのがいたたまれなくて。
「あの……、もしよければ、私がお話をお聞きしましょうか」
気づいたら、自ら彼にそう提案していた。
「ほ、本当ですか!」
私の言葉を聞いた男性が、さっきまでの落胆っぷりをよそに、ぐんとテーブルの向こうから身を乗り出した。
そんな男性の反応を見て、私は一瞬驚いたが「ええ」と快く頷いた。
「ありがとうっ!」
まだ悩みが解決されたわけでもないのに、まるで少年のように笑う男性。
「申し遅れました。僕は東堂出版社第一営業部の、岡本英介といいます」
東堂出版……大きな出版社でないが、何度か耳にしたことはある。確か、芸術系の書籍に強い小さな出版社だ。
私は東堂出版社の本をあまり読んだことはないが、出版社の営業マンならさぞ忙しい毎日を送っているのだろう——そのぐらいは想像できた。
彼は、そこで一度手元のアイスティーをごくんと一口飲んで、話し始める。
「第一営業部には、毎年数名の新入社員を迎え入れることになっているのですが……」
岡本の話を簡単にまとめると、こうだった。
第一営業部に今年も四月に二人の新入社員が配属された。
男女一名ずつ。女性の方は人の話を熱心に聞く聞き上手タイプで、男性の方はハキハキとして元気が良く営業受けしそうな朗らかな性格だそうだ。
彼らなら営業マンとして着実に成長してくれる。
二人の教育係になった岡本は最初そう確信した。
しかし、岡本の期待は、彼らが入社してものの数ヶ月で打ち砕かれることになる。
「二人は確かに、営業の仕事をきちんとこなしてくれました。慣れないながらも一生懸命、頑張ってくれていたんです。でも」
入社して二ヶ月が経ってから、新入社員の二人は突然先輩の言うことを聞かなくなったらしい。
いや、「先輩の」というより、岡本の話を聞かなくなったのだという。
その話を聞いたとき、私は単に岡本が被害妄想をしているだけで、新入社員の二人は岡本以外の先輩の言うことを全般的に聞かなくなったのでは? と疑問に思いもしたが、いま目の前で汗を垂らしながらシワの寄ったシャツを着ている彼を見ると、失礼だけど、なんとなく二人が彼の指示を聞かないという理由が分かる気がした。
「僕にはなんで二人が急に、僕の言うことを聞いてくれなくなったのか、分からないんです。だって、僕は二人がきちんと仕事をしてくれているのを確認した上で、二人に定時で上がらせてあげようと、残った仕事を僕自身が引き受けるなんてこともしたんですよ。二人に恨みを買うようなことは一切してないつもりなんです。むしろ、頑張った分楽させてあげたいと思ってるのに……」
ああ、そうか。
彼の言葉から、新入社員の二人がなぜ岡本の言うことを聞かなくなったのか、ちょっとだけ察しがついた。
しかし、それを今この場で言葉にして伝えるのは、私には少しばかり難しい。だって私は、まだ社会に出てすらいない、一介の大学生なのだ。そりゃ就職活動を終えているため、“働く”ことに関して敏感にはなっているが、岡本のように社会人として既に仕事とはなんたるかを経験している人に適当なアドバイスはできない。
「店員さん、僕はどうしたらいいんでしょう……? 彼らが僕の言うことを聞いてくれないと、僕の評価まで下がってしまうんです。それに、僕は彼らにもっと教えたいことがたくさんあるんです!」
……なるほど。
これが、女将の言う、「普通と違う仕事」なのか。
そう勝手に納得した私は、男性の目をじっと見つめた。
「わざわざお越しいただいたところ申し訳ありませんが、おそらく、ご友人は私ではなく店長に話を聞いてもらったのだと思います」
「ああ、そうだったんですね。すみません」
「いえ」
「その店長さんは、今日はお休みなんですか?」
「休みではないでのすが、今日は私が店番なんです」
「そうですか……」
そう言って残念そうに俯く男性を見ていると、逆に申し訳なくなった。
本当は今二階で仕事をしている詩乃さんを呼びに行けば済むのだけれど、これぐらいのことで女将を呼びに行くわけにもいかない——という謎のアルバイター精神が働いていた。
しかしそれ以上に、目の前で落胆している彼を放っておくのがいたたまれなくて。
「あの……、もしよければ、私がお話をお聞きしましょうか」
気づいたら、自ら彼にそう提案していた。
「ほ、本当ですか!」
私の言葉を聞いた男性が、さっきまでの落胆っぷりをよそに、ぐんとテーブルの向こうから身を乗り出した。
そんな男性の反応を見て、私は一瞬驚いたが「ええ」と快く頷いた。
「ありがとうっ!」
まだ悩みが解決されたわけでもないのに、まるで少年のように笑う男性。
「申し遅れました。僕は東堂出版社第一営業部の、岡本英介といいます」
東堂出版……大きな出版社でないが、何度か耳にしたことはある。確か、芸術系の書籍に強い小さな出版社だ。
私は東堂出版社の本をあまり読んだことはないが、出版社の営業マンならさぞ忙しい毎日を送っているのだろう——そのぐらいは想像できた。
彼は、そこで一度手元のアイスティーをごくんと一口飲んで、話し始める。
「第一営業部には、毎年数名の新入社員を迎え入れることになっているのですが……」
岡本の話を簡単にまとめると、こうだった。
第一営業部に今年も四月に二人の新入社員が配属された。
男女一名ずつ。女性の方は人の話を熱心に聞く聞き上手タイプで、男性の方はハキハキとして元気が良く営業受けしそうな朗らかな性格だそうだ。
彼らなら営業マンとして着実に成長してくれる。
二人の教育係になった岡本は最初そう確信した。
しかし、岡本の期待は、彼らが入社してものの数ヶ月で打ち砕かれることになる。
「二人は確かに、営業の仕事をきちんとこなしてくれました。慣れないながらも一生懸命、頑張ってくれていたんです。でも」
入社して二ヶ月が経ってから、新入社員の二人は突然先輩の言うことを聞かなくなったらしい。
いや、「先輩の」というより、岡本の話を聞かなくなったのだという。
その話を聞いたとき、私は単に岡本が被害妄想をしているだけで、新入社員の二人は岡本以外の先輩の言うことを全般的に聞かなくなったのでは? と疑問に思いもしたが、いま目の前で汗を垂らしながらシワの寄ったシャツを着ている彼を見ると、失礼だけど、なんとなく二人が彼の指示を聞かないという理由が分かる気がした。
「僕にはなんで二人が急に、僕の言うことを聞いてくれなくなったのか、分からないんです。だって、僕は二人がきちんと仕事をしてくれているのを確認した上で、二人に定時で上がらせてあげようと、残った仕事を僕自身が引き受けるなんてこともしたんですよ。二人に恨みを買うようなことは一切してないつもりなんです。むしろ、頑張った分楽させてあげたいと思ってるのに……」
ああ、そうか。
彼の言葉から、新入社員の二人がなぜ岡本の言うことを聞かなくなったのか、ちょっとだけ察しがついた。
しかし、それを今この場で言葉にして伝えるのは、私には少しばかり難しい。だって私は、まだ社会に出てすらいない、一介の大学生なのだ。そりゃ就職活動を終えているため、“働く”ことに関して敏感にはなっているが、岡本のように社会人として既に仕事とはなんたるかを経験している人に適当なアドバイスはできない。
「店員さん、僕はどうしたらいいんでしょう……? 彼らが僕の言うことを聞いてくれないと、僕の評価まで下がってしまうんです。それに、僕は彼らにもっと教えたいことがたくさんあるんです!」
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