京都和み堂書店でお悩み承ります

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
3 / 57
第一話 かっこいい上司になりたいあなたへ 

不思議な男性客

しおりを挟む
 ***

 そんなこんなで、一風変わった、いや、十風ぐらい変わったこの『京都和み堂書店』でアルバイトを始めることになった大学四回生の八月。
 初日のシフトは、カフェのメニューやら本の整理の仕方やら覚えることがいっぱいで大変だったが、とりわけ変わったこともなく一日を終えた。
 ダンボールで運ばれてきた真新しい本を出す喜びや、袋から取り出した雑誌を本棚に並べるときの、あの書店員にしか味わえない新鮮さといったら!
 本が好きだという人になら、想像——いや、妄想しただけでもよだれが垂れるということをお分かりいただけるだろう。そんなお仕事を、本当に実践できる日が来るなんて。
 初日にして、年甲斐もなく有頂天になっていた私だったが、まさか、この感動が間もなく打ち砕かれることになるなんて、思いもしなかった。
 次の、シフトに入るまでは——。


「じゃあ、なのちゃん。私はこれから向こうで他の仕事してるから、何かあったらいつでも呼んでね」

 京都和み堂書店でのアルバイト二日目。
 オープンからシフトに入っていた私は朝にやるべきことを一通り終えたあと、女将の詩乃さんが一台のパソコンを手に、私にそう告げた。ちなみにここでは、スタッフ同士ニックネームで呼び合うことになっており、私は晴れて「なのちゃん」の称号をいただいた。スタッフの一員になれた気分でちょっと嬉しい。いやだいぶ嬉しい。
 社員さんは店舗の店番以外にも事務的な仕事からイベントに関する仕事までありとあらゆる業務を担っているので、普段はこうしてアルバイトスタッフが一人で店頭に立つことが多いそうだ。
 詩乃さんからそう説明を受けると、私は早く一人で仕事ができるようになりたいという気持ちに駆られていたため、「はい、頑張ります!」と威勢良く返事をした。ここが頑張りどき。一日でも早く仕事に慣れるのだ!

「いらっしゃいませ!」

 そう意気込んで仕事を開始した時に一番初めにやって来たお客さん——それが、例のサラリーマン風の彼、だった。

「こんにちは、あの……」

 町家を改装して造り上げた書店の、木材でできた四角い入り口から恐る恐るといった感じで足を踏み入れ、スタッフの私が立っているカウンターまで歩いて来た彼は、どう見ても本を買いに来たり、はたまたコーヒーを飲みに来たりといった普通の目的でここを訪れたという感じではなかった。それは、彼のしゃんとしない身なりや、しょぼくれた自身のない足取りからして明らかだった。

「いらっしゃいませ。ご注文はこちらで承っておりますが」

 いくらその男が一般客でないと感じたからといって、店員たるもの、きちんと接客しなければならない——そう思った私は、とりあえず目の前でなんだか挙動不審にしている彼に声をかけた。

「ああ、違うんです」

「?」

 サラリーマンの男性は、注文を受けようとしていた私に向かって右手をブンと横に振って、それからこう言った。

「お願いします! 店員さん。僕を、助けてくれませんか?」

「え?」

 目の前に立つお客さんとも言えぬ男性が、突然この場にそぐわない台詞を吐いて勢いよく頭を下げてくるものだから、当然のように私は困惑した。
 えーっと……。
 これって、どういう状況……?

「あの」

 何が起こっているのか全く理解できない私は、とりあえず彼に事情を聞こうと、ひとまずすぐに用意できるアイスティーをカップに注いで手渡した。
 すると今度はアイスティーを差し出されたサラリーマン男性の方が、きょとん顔でしどろもどろ、あたりをぐるりと見回して、恐る恐る手を伸ばした。

「何だかよく分からないのですが、とりあえずあちらにお座りください」

 男性はその一言で、私が「いったん落ち着いて」と言っていることを理解してくれたのだろう。

「あ、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて、私が指差す方——こたつ席に向かった。
 そこは紛れもなく、私がここで働くための面接を受けた場所だ。
 京都和み堂書店には、二階にテーブル席があるだけでなく、一階にもカフェを利用するお客さん向けにこたつ席が設けられている。
 もちろん夏は暑いので毛布はないが、畳にローテーブルが置いてあって木の匂いがする空間は、誰にとっても憩いの場になる(と勝手に思っている)。

「それで、どうされたんですか?」

 その時間はちょうど他のお客さんがいなかったため、男性がこたつ席に行くと同時に私も冷たいお水を手に男性のいるこたつ席の対面に座った。
 よく見ると、彼はワイシャツがよれていたり地味な色のネクタイをしていたりするだけでなく、額にびっしょりと汗をかいていた。

「実は、以前友人が、この書店の店員さんに悩みを聞いてもらってすっきりしたと言っていて」

「悩み……?」

 アルバイト二日目の私には、男性の言っていることが瞬時に理解できない。
 ただ、この書店ではよくお客さんと他愛のないお喋りをしたり、店やイベントの説明をしたりするといったことが日常茶飯事だということは知っていた。

「よく話を聞いてくれる綺麗なお姉さんと喋っているうちに、悩み相談をしてしまったんだと……」

「あー……」

 その言葉を聞いて、なんとなく察しがついた。
 おそらく、詩乃さんがいつものようにお客さんと話をしていたところ、お客さんから悩みを相談されたのだろう。詩乃さんだったら優しくてどんな話でも受け止めてくれる気がする。まだ数回しか顔を合わせていない私でもそう思うのだ。何回もこの書店を訪れているお客さんならなおさらだろう。
 だから詩乃さんは、面接のときにこう言ったのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

処理中です...