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煉獄の暗き炎

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 ザナロワおよびアブドゥーラは破れ、ガレウス邪教団の脅威は概ね退けられた。しかし安心するのはまだ早い、海岸を襲う魔物の群れは健在なのだ。なおかつ戦局は思わしくない、ザラタンの親玉“ガリオンザラタン”が出現したのである。
 ザラタン十数匹を集めたような巨体、極めて強靭な殻と鋏。騎士団の振るう剣は通用せず、頼りの綱はクリスティーナの魔法のみ。

「第六階梯……炸雷魔法、ダンデライオトルトニス……!」

 迸る閃光、ガリオンザラタンを貫き水平線まで突き抜ける雷。
 空気を引き裂く強烈な雷撃だ、しかしガリオンザラタンは倒れない。膨大な体力と圧倒的な防御力で、第六階梯魔法にすら耐えてしまったのである。

「ふぅ……やっぱり……雷の魔法は苦手……、焦熱魔法で……消し飛ばしたいけど……」

「ガッ……ギガガガッ!」

「第七階梯は……威力過多……、海を……砂浜を壊しちゃうわ……」

 焦熱魔法クランベリーファイアは、かつてタイラントドラゴンを数秒で焼き払った第七階梯魔法である。周囲の環境を一変させるほどの凄まじい威力を誇る、故に美しい砂浜は跡形も残らないであろう。クリスティーナはそのことを気にして、全力を出せずにいるのだ。

「困ったわ……、何かいい方法は……ないかしら……」

「ギガガガガァ!」

「しまった……っ」

 クリスティーナは考えに没頭するあまり、ガリオンザラタンの接近を許してしまう。クリスティーナの身体能力は並以下だ、とてもではないが襲いくる鋏は躱せないだろう。もやは身を屈める程度のことしか出来ない、とその時──。

「おっと、そこまでじゃ!」

 小さな人影が空中より飛来し、ガリオンザラタンを蹴り飛ばしたのである。巨体はグルグルと回転し海に落下、とても蹴りの威力だとは思えない。

「ふむ、危ないところだったのじゃ」

「ウルリカ……どうしてここに……!?」

「窮地のようだったからの、救援にきたのじゃ」

 ニッコリ笑顔のウルリカ様登場、この世で最も頼りになる魔王様の笑顔だ。

「そう……助かったわ……、でも待って……他は大丈夫なの……?」

「各所に分身を向かわせておるのじゃ、妾も分身の一体なのじゃ」

「ふぅ……だったら安心ね……、疲れたわ……」

「クリスティーナもよく頑張ったのじゃ、ここからは妾に任せておくのじゃ!」

 ウルリカ様は空中へ飛びあがり、漆黒の濃霧を展開する。やがて濃霧は無数のコウモリへと変化、人の子供ほども大きいコウモリの大群だ。

「さて、残さず喰らい尽くすのじゃ」

 コウモリの大群は一斉に降下し、ザラタンの群れをバリバリと捕食する。アンデットといえども捕食されては再生出来ない、瞬く間にザラタンの群れは壊滅状態だ。
 やはりウルリカ様の力は規格外、もはや決着はついたも同然であろう。しかし親玉であるガリオンザラタンは健在、海中より飛び出しウルリカ様へと襲い掛かる。その結果ウルリカ様は、宙を舞う大量の海水を真正面から浴びてしまい──。

「まだまだ元気そうじゃなななぁ!?」

 大量の海水を叩きつけられ、ウルリカ様は堪らず悶絶。しかも砂浜に墜落してしまい、ジャリジャリの砂に肌を擦られる始末。

「ぐええぇ……ヒリヒリするのじゃ、耐えられないのじゃ……」

「ギガガガガッ!」

「もう怒ったのじゃ、許さんのじゃ!」

 怒り心頭のウルリカ様は、ヒュッと飛びあがりガリオンザラタンの頭上に着地。そのまま両手でガリオンザラタンの殻を掴み、なんと空中に持ちあげてしまったのである。
 小さな女の子が大きな魔物を持ちあげるという、なんとも異様な光景の出来あがりだ。

「むううぅ……跡形も残さんのじゃ!」

 ウルリカ様を相手にして、まともに戦える魔物などそうはいない。ガリオンザラタンも例外ではなく、抵抗すら許されず上空へ連れ去られるのみ。

「それっ、第七階梯……!」

 ウルリカ様はクルリと前回りしながら、勢いよくガリオンザラタンを上空へ放り投げる。昂る魔力に海は波打ち、大気は慄くかの如く震えあがる。

「煉獄魔法、デモニカ・ゲヘナ!」

「ギガガガッ……ガガ……!?」

 それは天変地異の類か、あるいは超常現象としか思えない光景だった。夜空を覆う暗く深き炎、燃えているのに暗いという異様な光景だ。
 ガリオンザラタンの強靭な殻も、煉獄の炎の前には無力。焼かれる端からボロボロと崩れ、塵も残らず消滅する。一呼吸ほどの僅かな間に、ガリオンザラタンはこの世から姿を消していた。

「ふんっ、ヒリヒリの仕返しなのじゃ」

 ウルリカ様はフワフワと降下し、変わらず美しい砂浜に着地。コウモリによる徹底的な捕食と、遥か上空での煉獄魔法。いずれも海の美しさを損なわない、実に見事な戦い方である。

「うむ、これにてお終いじゃな!」

 こうして海岸を襲った魔物は全滅、南ディナール王国は窮地を脱したのである。
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