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南の国に迫る影

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 元気いっぱいな黄色い声、水着から覗く白い肌、海風に揺れる艶やかな黒髪。炎陽をものともせず、ウルリカ様は全身全霊で海水浴を楽しんでいた。海水浴場を訪れて数時間、まだまだ元気いっぱいである。

「ペロペロなのじゃ……塩辛いのじゃ、不味いのじゃ!」

「不味いって、もっと他に感想はないんすか?」

「ならばアンナも舐めてみるのじゃ、ほれっ」

「むぐぐ……うえっ、不味いっすねー!」

 ウルリカ様とアンナマリアは海水に大喜び、ペロペロと海水を舐めては「おえっ」と舌を出し笑っている。一体何が楽しいのやら、常人には理解不能だ。

「まったく元気すぎるだろ、俺はもう喉カラカラだぜ」

「でしたらベッポ様、こちらのお飲み物をどうぞ」

「お、おう……ありがとな……」

「はい、ご用の際はお申しつけくださいね」

 海にきてもオリヴィアは誰かの世話をしてばかり、水着姿でも行動はメイドそのものだ。
 ベッポは木陰に座り込み、オリヴィアから貰った飲み物をチュウチュウ。走り去るオリヴィアを眺めていると、不意に背後から肩を抱かれる。

「おやおや? どうしたのですかベッポ、顔が真っ赤ですね?」

「ほほう、さてはオリヴィア嬢に見惚れていたな?」

「なっ、違えよっ!」

 いつの間にやらベッポは、シャルルとヘンリーにガッシリ挟まれていた。オリヴィアとベッポのやり取りを見ていたらしく、二人はニヤニヤしっぱなしである。

「いいことを思いつきました、オリヴィアさんと二人で海岸を散歩してきては?」

「それはいい考えだな、おっと向こうに人気のない海岸を発見だ!」

「いいよ、放っといてくれよ!」

「まあそう言わずに、作戦会議をしましょうか」

「ちなみに強制連行する、諦めてついてくるのだな!」

「おいいぃ!?」

 ズルズルと引きずられていくベッポ、そんな彼を助ける者は誰もいない。
 一方女子達はスイカ割りに興じていた。ウルリカ様にアンナマリア、シャルロットにエリッサ、そして目隠しをされたナターシャ、五人集まって大騒ぎしている。

「右っす! もっと右っすよ!」

「違うのじゃ、左なのじゃ!」

「何言ってるっすか、右っすよ!」

「騙されてはならんのじゃ、左なのじゃ!」

「スイカは真正面よ、私の言うことだけを信じて!」

「いいえナターシャ、スイカは真後ろにありますわよ!」

「ひえぇ、スイカはどこにあるのですか!?」

 実はナターシャ、前後左右を四つのスイカに囲まれているのである。しかしナターシャはそのことを知らないため、バラバラな誘導に大混乱。ともあれ楽しそうなことに違いはない、何事も楽しければそれでいいのだ。

「ふぅ……、子供達は……元気ね……」

 元気いっぱいな子供達とは対照的に、クリスティーナは日陰でグッタリ寝そべっていた。だらんと四肢を放り出し、なんとも無防備なものある。すぐ傍にはアルフレッドとフラム王も転がされており、三人揃ってまるで屍のよう。

「「……」」

 そんな課外授業の様子を、遠く高台から眺める男女二人組。

「おいおいマジかよ」

「ここは南ディナール王国でしょ、どうしてあの怪物達と遭遇するのよ……」

 派手な化粧をした若い女と筋肉質な長身の男、ガレウス邪教団の魔人、ザナロワとアブドゥーラである。海辺で遊ぶウルリカ様の姿に、二人は驚きを隠せない。

「どうするザナロワ、このままでは例の作戦が……」

「待ってアブドゥーラ、あの目隠ししている人間を見て。あれってどう見てもヨグソードよね?」

「……どう見てもヨグソードだな、神器を遊び道具にするとは信じられん」

 なんとナターシャはヨグソードでスイカを割ろうとしていたのだ。バラバラの誘導に苦戦しつつ、フラフラとスイカを探し歩いている。

「混乱に乗じてヨグソードも奪えるかもしれないわ」

「しかし相手が悪すぎるだろう」

「前回と違って今回は、かなり入念に仕込んであるわ。間違いなく大規模な混乱を起こせる、ヨグソードを奪う機会もあるはずだわ」

「なるほど……ならば作戦は決行だな」

「そうね、必ず成功させるわよ」

 二人はしばらく言葉を交わし、気づけばどこかへ姿を消していた。
 明るく平和な南の国に、ガレウス邪教団の影が迫る。
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