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発熱

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 タイラントドラゴンが蘇り、ワイバーンが空を舞う。ロアーナ地方全域を、かつてない危機が襲っていた。
 一方そのころロアーナの町には、元気いっぱいなウルリカ様の声が響き渡っていた。

「課外授業なのじゃー! 嬉しいのじゃー!」

「ちょっとウルリカ、あんまり走ると転びますわよ」

 楽しい楽しい課外授業の再開である。
 元気いっぱいすぎるウルリカ様を、必死に追いかけるシャルロット。昨夜はヴィクトリア女王に叱られ落ち込んでいたが、クラスメイトの優しさのおかげで、ずいぶんと立ち直ったようである。
 ワイワイと町を見て回る下級クラスの生徒達。しかしそんな下級クラスを、とある異変が襲っていた。

「次は町の東側へ行ってみましょう、ふぅ……」

 ヴィクトリア女王の様子がおかしいのである。足取りは重く声は小さい、頬はほんのりと赤みを帯びている。

「お母様? なんだか体調が悪そうですわよ?」

「大丈夫よシャルロット、心配してくれてありがとう……」

「あまり大丈夫そうには見えんのじゃ、本当に大丈夫かのう?」

「昨日は動き回ったからね、疲れちゃったのかもしれないわ……」

 生徒達を心配させまいと、ヴィクトリア女王はニッコリ笑顔を浮かべる。しかし顔色はますます悪くなっていく、無理をしていることは明らかだ。

「今日は無理せず休んだ方がいいと思いますの、ワタクシ達は自由に町を見て回りますわ」

「でもせっかくの課外授業なのよ……」

「もうっ、無理をされたらよけいに心配してしまいますわよ! 疲れている時はゆっくり休んでてくださいですの!」

「そう……分かったわ。今日は屋敷で休むことにするわね、心配してくれてありがとう」

 生徒達の心配そうな顔を見て観念したヴィクトリア女王は、フラフラとした足取りで屋敷へ向かおうとする、その時──。

「ヴィクトリア様! ヴィクトリア様ーっ!」

 一人のロアーナ兵が必死の形相で駆け寄ってくる。よほど慌てているのだろう、全身汗だくなうえに足をもつれさせている。

「ぜぇ……ぜぇ……ヴィクトリア様……!」

「どうしたの? なにかあったの?」

「大変です……町の北側に……、インプの群れが現れました!」

「なっ、なんですって!?」

 ロアーナ兵は息を切らせながら、声を振り絞って報告を続ける。

「インプだけではありません! 奴らが……吸血鬼が現れました!」

「「「吸血鬼!?」」」

 オリヴィア、シャルロット、ナターシャの三人は、吸血鬼と聞いて大きな反応を見せる。かつて三人は吸血鬼と戦ったことがある、その恐ろしさを十分に理解しているのだ。

「吸血鬼の数は三体、間もなくロアーナの町に到着すると思われます!」

「三体も……っ」

 報告を受けたヴィクトリア女王は、思わず言葉を失ってしまう。吸血鬼は人類の敵であり、最も邪悪な生き物の一つと言われている。その吸血鬼が三体も現れたというのだ、言葉を失ってしまうのも無理はない。

「このままでは町の人々が犠牲になってしまいます! ヴィクトリア様、どうかお力をお貸しください!」

「くっ……分かったわ、とにかく住人を避難させるわよ。昨日と同じように王家の屋敷を避難場所にするわ」

 動揺はしているものの、やはりヴィクトリア女王の判断は早い。冷静に頭を働かせ、的確に指示を出していく。

「駐屯兵を集めてちょうだい、住人の避難を手伝ってもらうわ」

「かしこまりました、急いで兵を集めます!」

「早急に頼むわよ、私も避難を呼びかける……わ……」

 一歩を踏み出したヴィクトリア女王は、どういうわけかピタリと動きを止めてしまう。

「……お母様? どうしましたの?」

「……」

 シャルロットの問いかけにも答えることなく、そして──。

「うっ……」

「お母様!」

 なんとその場にバッタリと倒れてしまったのだ。シャルロットは大慌てでヴィクトリア女王を抱き起こす。

「う……うぅ……」

「大変ですわ、酷い熱ですの!」

「下がるのじゃロティ、妾が診るのじゃ」

 ウルリカ様はヴィクトリア女王の額に手をあて、静かに魔力を集中させる。魔力を通じてヴィクトリア女王の容体を確認しているのである。

「うむ……これは病によるものではない、疲労によるものじゃな……」

「ほっ……よかったですわ、ただの疲れでしたのね……」

 病気ではないと分かり、シャルロットは安堵の表情を浮かべる。しかし状況を見守っていたロアーナ兵の顔色は真っ青だ。

「吸血鬼が迫っているのに、ヴィクトリア様が倒れてしまわれるなんて……。もうダメだ……ロアーナの町はお終いだ……」

「ウルリカ様や私の回復魔法で、ヴィクトリア様を癒せないのでしょうか?」

「残念ながらそれは難しいのじゃ。ケガや病であれば回復魔法で治せるのじゃ、しかし疲労はどうしようもないのじゃ」

「そんな……」

 危機的状況にもかかわらず、ヴィクトリア女王を頼ることは出来ない。ロアーナ兵だけでなく、下級クラスの生徒達も不安を隠せないでいる。
 誰も動けない状況を見かねて、ウルリカ様が声をあげようとした、その時──。

「仕方ないのじゃ、ここは妾が──」

「まだ……まだですわ!」

「──うむ?」

「まだ終わりではありませんわ!」

 誰もが絶望する中、シャルロットは震える声を必死に振り絞る。そしてゆっくりと立ちあがり──。
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