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魔王と少女達の日常 その二

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 朝の日差しに照らされる、ロームルスの城下町。
 シャルロット、オリヴィア、ナターシャの三人は、町の大通りを歩いていた。
 吸血鬼討伐を終えて、この日は一日休暇をもらっているのである。

 楽しいはずの休日。
 しかしオリヴィアは、申し訳なさそうな表情だ。

「お二人ともスミマセン……せっかくお買い物に誘っていただいたのに、結局ウルリカ様は来られませんでした……」

「いいのよオリヴィア、あれは仕方ないわ」

「そうですね、仕方ないです」

 シャルロットとナターシャは、二人そろってクスクスと笑いだす。

「だって、ワタクシとナターシャとオリヴィア。三人がかりで起こしたのに、まったく起きないんですもの」

「ウルリカさん、本当にぐっすり眠っていましたものね!」

 そう、ウルリカ様不在の理由は、寝坊なのである。

「はぁ……今日から夜は、早めに寝かしつけますね」

「そうね、明日から学校ですもの、遅刻しないようにしなくちゃね」

「そうだ! ウルリカさんにお土産を買って帰りましょう!」

「あら、それはいい考えね!」

「はい、きっとウルリカ様も喜びます」

 ウルリカ様へのお土産を探して、三人は町を見て回る。
 すると──。

「見て! 太陽の天使様だ!」

「本当だ、吸血鬼を倒してくれた英雄様だぞ!」

「ロムルス国民の誇りだわ!」

 シャルロットの存在に気づき、次々と集まってくる人々。
 大通りは、あっという間に人で埋めつくされてしまう。
 さらに──。

「見てみろ、“白銀の乙女”も一緒だ!」

「「「白銀の乙女?」」」

 三人は揃って首をかしげる。
 その間にも、ナターシャの周りにはどんどん人が押し寄せてくる。

「あの子が白銀の乙女、ナターシャ様か!」

「白銀色の美しい剣を持っているらしいわ、きっと聖剣なのよ」

「見事な剣術で吸血鬼を滅ぼしたという噂だ、凄いよな!」

「あぅあぅ……どうしましょう!?」

 いつの間にやら市民から、“白銀の乙女”と呼ばれているナターシャ。
 揉みくちゃにされて大慌てだ。
 更にさらに──。

「おいっ、“癒しの聖女”も一緒にいるじゃないか!」

「「「癒しの聖女?」」」

 シャルロット、ナターシャときて、最後はオリヴィアの番である。

「間違いない、癒しの聖女様だ!」

「強力な癒しの魔法で、天使様の傷を癒したそうよ」

「それだけじゃない。神聖な魔法で、吸血鬼を寄せつけなかったそうだ」

 “癒しの聖女”の呼び名をつけられてしまったオリヴィア。
 吸血鬼の討伐を経て、三人はすっかり町の英雄となっているのだ。

「シャルロット様、サーシャ。どうしましょう!?」

「どう、と言われましても……困りましたわね……」

「ひゃぁ~、身動きとれません~」

 次々と集まってくる市民に、三人は押し潰されそうだ。
 そんな中、どこからともなく可愛らしい声が聞こえてくる。

「てんしさま~」

 声の主は、三歳くらいの幼い女の子だ。
 人々の足の間をぬって、シャルロットの方へと走ってくる。

「てんしさま~、これあげる~! あぅっ」

 シャルロットの元まであと少し。という所で、ステンと転んでしまう女の子。
 一早く気づいたシャルロットとナターシャは、素早く女の子を起こしてあげる。

「大丈夫ですの? さ、ゆっくり起きて」

「うぅ……いたいよぉ……」

「大変っ、ケガをしています! リヴィ!」

「任せてください、すぐに治療します」

 オリヴィアも駆けつけてきて、治癒魔法を発動する。
 周囲は柔らかな治癒魔法の光に包まれ、人々の騒ぎは徐々に収まっていく。

「あぅ……あれ……いたくない?」

「さ、もう大丈夫ですよ」

 すっかりケガは消え去り、女の子は元気に立ちあがる。
 キョロキョロと辺りを見回すと、目の前のシャルロットに気づく。

「あっ、てんしさま!」

「よかった、すっかり元気になったわね」

「あのね、クッキーを……」

 女の子は小さな手で、包みに入ったクッキーを差し出す。
 しかし、転んだ衝撃でバラバラに割れてしまったようだ。

「あ……クッキーが……」

 女の子の目に、うるうると涙がたまっていく。
 シャルロットはしゃがみ込んで、女の子の目元を手でぬぐう。

「ワタクシにクッキーをくれるの?」

「うん……でもわれちゃった……」

「ううん、大丈夫よ!」

 そう言って、クッキーの欠片をポイッと口に放り込む。

「ポリポリ……うん! とっても美味しいわ!」

 ニッコリと微笑むシャルロット。
 女の子の頭を、優しく両手で撫でてあげる。

「あの……私も食べていいですか?」

「ズルいですよサーシャ、私も食べたいです」

「フフッ、二人にもクッキーを分けてあげていいかしら?」

「うん」

 女の子の了承をもらって、ナターシャとオリヴィアもクッキーを口に放り込む。

「ポリポリ……本当に美味しいクッキーですね!」

「ポリポリ……ウルリカ様にも食べさせたいくらいです」

「クッキーをありがとう、とっても美味しかったわ」

「うん!」

 三人の優しさに包まれて、女の子もすっかり笑顔だ。
 太陽の光に照らされて、キラキラと輝く少女達。
 その様子を見ていた市民は、たまらず「はぁ……」と声を漏らす。

「なんて美しい光景なんだ……」

「お優しい王女様……まさしく天使様だわ……」

「ああ……きっとあの少女達は、神様の使いなんだ……」

 市民の間から、歓声と拍手が沸き起こる。
 人々の称賛に包まれて、三人は顔を真っ赤にしてしまうのだった。


 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡


 ポカポカ陽気のお昼過ぎ。
 ここはロームルス学園の学生寮。

 寝ぼけまなこのウルリカ様は、フラフラと廊下を歩いていた。

「ふあぁ~……もうお昼かの……リヴィはどこなのじゃ……」

 どうやらウルリカ様、お昼過ぎになってようやく起きてきたようだ。
 眠そうに目をこすりながら、寮の出口前までやってくる。
 すると、出口前のソファに三人の男子が座っていた。

 三人ともウルリカ様と同じ、紺色の学生服を着ている。

「おや? 妾と同じ制服じゃ!」

 気づいたウルリカ様は、パタパタッと三人の元へ駆け寄っていく。

「お主達、もしや妾と同じクラスかのう?」

 突然現れたウルリカ様に、ビックリしてしまう三人の男子。
 その内の一人が、「あっ」と声をあげる。

「あの時の田舎者!?」

 声をあげたのは、かつてシャルロットの取り巻きをしていた少年だ。
 入学試験の最後、レッサードラゴンの手配を行ったベッポである。

「ほう? お主は見覚えあるのじゃ、一緒のクラスだったのじゃな!」

 嬉しそうに笑うウルリカ様。
 しかしベッポは、不機嫌そうな表情を浮かべている。

「なんだよ? どうせ俺のことをバカにしてるんだろ? 必死でシャルロット様に取り入ろうとして、お前のこともいじめようとして、それなのに結局下級クラスで……」

「ん? バカになどしておらんぞ?」

「嘘だね、俺のことなんて嫌いなくせに……」

「そんなことないのじゃ、同じクラスで嬉しいのじゃ!」

「嬉しい?」

「うむ! クラスメイトというやつじゃな、これからよろしくなのじゃ!」

 ウルリカ様から眩しすぎる笑顔を向けられて、ベッポ思わず顔をそむけてしまう。
 ニコニコ笑顔のウルリカ様へ、今度は野太い声がかけられる。

「おお! なんと美しい笑顔だ!」

 ドンッ! と足を鳴らして立ちあがる少年。
 筋肉質で背の高い、がっしりとした少年だ。

「うむ? お主も同じクラスじゃな?」

「自分の名はシャルル! 父は教会で神父を務めている! 本年よりロームルス学園の下級クラスに入学した! 小さな少女よ、どうぞよろしく!」

 大声量で自己紹介をするシャルル。
 大きな体に大きな声で、もの凄い迫力だ。

「ふぅ、それではボクも自己紹介しておきましょうか」

 三人目の少年もソファから立ちあがる。
 やせ型で背の低い、メガネをかけた少年だ。

「ボクの名はヘンリーです。一応貴族の血を引いています、しかし地方の弱小貴族でして……それにボクは六男なので、まあ一般庶民と大差ない身分ですね。これからよろしくお願いしますね」

 ペコリとお辞儀をするヘンリー。
 シャルルとは対照的に、小さな声で暗い雰囲気だ。

「シャルルとヘンリーじゃな! 妾はウルリカなのじゃ! これから同じクラスじゃな、一緒に楽しく──」

 その時、くぅ~という音が鳴り響く。

「むうぅ……お腹が空いてしまったのじゃ……」

 音の正体はウルリカ様のお腹の音である。
 スリスリとお腹をさするウルリカ様。
 お腹を空かせたウルリカ様に、シャルルは小さな包みを差し出す。

「よければこれを! 教会で作っているクッキーだ!」

 シャルルの持っているのは、包みに入った小さなクッキーだ。
 それを見たウルリカ様は、飛びついて口に放り込む。

「あむ! ポリポリ……ポリポリ……美味しいのじゃ!」

 あっという間にクッキーを食べてしまうウルリカ様。
 そして再び、くぅ~と鳴るお腹。

 どうやらクッキーだけでは足りなかったようだ。
 眉を八の字にして、物欲しそうに三人を見ている。
 ベッポとシャルル、ヘンリーは、ゴソゴソと手荷物をあさる。

「えぇと、俺はドーナツをいくつか持っているけど……」

「自分はクッキーをあと数枚……」

「キャンディでよければ持っていますよ……」

「……妾にくれるのか?」

 コクリと首をかしげるウルリカ様。
 断ることなど出来はしない、凶悪な愛くるしさである。

「「「……どうぞ」」」

「やったーなのじゃ! ありがとうなのじゃ!!」

 ドーナツ、クッキー、キャンディを受け取り、ウルリカ様は大喜びだ。
 ベッポ、シャルル、ヘンリーの手を、順番に握っていく。

「三人とも大好きなのじゃ! 妾達はもうお友達じゃ!!」

「「「えぇ~……」」」

 ウルリカ様の勢いに、たじたじな三人。

 こうして、思わぬところで三人もお友達を作ったウルリカ様なのであった。


 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡


 夕暮れ時。
 シャルロットは一人、ロームルス城の中庭テラスで本を読んでいた。
 そこへ、疲れた顔のゼノン王がやってくる。

「シャルロット、こんな所で読書か?」

「ええ、お父様は……お仕事終わりですわね……」

 ゼノン王の様子から、すぐに仕事終わりだと見抜くシャルロット。
 流石は娘、父親のことをよく分かっている。

 ゼノン王は「ふぅ」と深いため息をついて、ティーテーブルに腰かける。

「最近は仕事に追われていてな……ん? 変わった本を読んでいるな?」

「ええ、ウルリカからの贈り物ですわ」

 ゼノン王は、吸血鬼退治の特訓を思い出す。

「そういえば、訓練が終わったら贈り物をすると言っていたな」

「ナターシャはヨグソードという剣を、オリヴィアは星杖ウラノスという杖を、そしてワタクシはこれを貰いましたの」

 そう言ってシャルロットは、本の表紙をゼノン王に向ける。

「“デモニカ国政帳”ですわ!」

「デモニカ国政帳? なんだそれは?」

「その名の通り、ウルリカが魔界で行ってきた、国政の記録帳ですわ。千年間のあらゆる出来事を記してあるそうですの」

「千年間!? それはまた随分と長い……どんな内容なのだ?」

「ええと……政治体制の組み立て方、魔法資源の活用方法、経済政策の記録、魔法教育の方法、医療の発展の歴史、災害対策、貧困の解消、差別問題、戦争のことも書いていますわね、あとは……」

「ちょっと待ってくれ!」

 頭をおさえながら、片手をあげて話をさえぎるゼノン王。

「思ったより……うむ……想像をはるかに超えていた。ロムルス王国と比べて、魔界はずいぶんと進んだ政策を行っているようだ。これもウルリカの力なのか……」

「ウルリカの思いも記されていますわよ、ほら!」

 シャルロットは、バッと本を開いて見せる。
 開かれたページには、見開きで大きな文字が書かれていた。

 “全ては愛する民達の、豊かな生活の為に”

「ハッハッハッ! やはり俺では、まだまだ足元にも及ばないな」

 文字を見たゼノン王は、お腹を抱えて大笑いする。
 そして、パンッと頬を叩いて立ちあがる。

「休んでいる場合ではない! ウルリカに負けないよう、俺も頑張らなければな!」

 ゼノン王の表情は、やる気に満ち満ちている。
 先ほどまでの疲れた雰囲気は、どこかに吹き飛んでしまったようだ。

「そうだシャルロット、一つ頼みがあるのだが」

「なんですの?」

「その本、読み終わったら俺にも貸してくれないか?」

「ええ、もちろんですわ!」

 そう言うと、両手をグッと握って見せるシャルロット。

「お父様! お仕事頑張ってくださいね!」

「ああ!」

 天使の笑顔に送り出される、ゼノン王なのであった。
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