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38話 襲撃準備 その3
しおりを挟むシルヴィとマークノイヤが危険視した男……イヴァン・ラクジアットは迷彩色のテントには入らずに、獲物を探るように森の奥を凝視していた。
「居る……感じるね。うふふふふふふ」
ラクジアットは凝視する先に、確かな波動を感じていた。レドンド達の気配の一部を確実に捉えているのだ。
ラクジアットは考えている。自らの獲物として申し分ない者達の存在を。
「野営地の者達じゃ物足りない……うふふふ。今回の標的は強者だ。待ち遠しいね!」
テントにまで届く大声を彼は上げながら、大笑いし始めた。ラクジアットは快楽殺人者ではあるが、自らを捕らえに来る者達は全て返り討ちにした強者だ。戦いに対しても非常に快楽を覚える類の生き物であった。
ソウルタワーに挑める程の者達も彼は殺している。自らの強さには絶対的な自信があった。周囲に居る冒険者たちの同行もラクジアットは無意識に観察しているのだ。不意打ちをされたところで、後れを取ることは決してない。
「不気味……森の向こうを凝視しているわ」
「シルバードラゴンの気配でも探知しているのでしょうかね。一見すると無防備ではありますが、隙がほとんどない。死角から攻めたとしても、並の攻撃では意味がないでしょう」
シルヴィとマークノイヤはラクジアットを警戒していた。如何に戦力が欲しい状況とはいえ、100回死刑にしても足りないくらいの犯罪者が近くに居たとなれば、安心はできない。
と、そんな時だった。野営地の中央にネロが現れたのは。
「よく集まってくれたね、感謝するよ。なかなか、強い者達が集まっているみたいで安心したよ」
「あれは……天網評議会序列2位のネロ? このタイミングで現れるなんて」
ランカークスのメンバーであるシルヴィとマークノイヤの二人も、自然と彼の近くまで歩いて来ていた。ネロは黒いローブに身を包んでおり、見た目は怪しい占い師のようだ。だが、周囲で彼の服装をコケにする者などいるわけがない。
野営地のテントからは冒険者が一斉に集まって来ていた。単純に、彼が来たからというのもあるが、今回の依頼の真相を確かめたい者達も居るのだ。
「お、おい。あんた評議会の2位なんだろ?」
「……? そうだけど?」
突然、飛び出す質問は冒険者の一人から発せられた。
「なら、あんたなら知ってるはずだ。ヨルムンガントの森にシルバードラゴンは居るのか!?」
「それを調べてくれるのが、今回の依頼の内容だろう?」
明らかに真偽はわかっているが、ドラゴンの調査依頼に参加した者たちにそれを教えるはずはない。ネロは質問をしてきた冒険者を軽く一蹴してみせた。
「まさか、シルバードラゴンが居ないのを前提で来ているわけじゃないんだろ?」
ネロは余裕の表情で、彼の周りに集まっている者達を見渡した。
「命懸けの仕事なんだろ? 低難易度のダンジョンでお宝にありつける者も居れば、高難度のダンジョンに出かけ、華々しく散って行く者も多いと聞くよ?」
ネロは冒険者たちを挑発しているようだった。相手が評議会2位でなければ、手を出した者も居るかもしれない。
「今回だって、自らの利益になると考えたから、100人以上が集まっているはずだ。調査による報酬、バラクーダたちの素材確保。ドラゴンの存在の有無の確認はむしろ、おまけ程度に考えている者も居るかもしれないね」
ネロはそう言いながら、周囲をさらに見渡した。実力の低い者ほど、その傾向は強いはずだ。彼から図星を突かれた何名かは明らかに動揺していた。
「別に責めているわけじゃないよ? 君らはいつも通り、依頼をこなしてくれればそれでいい。報酬はちゃんと支払うし、僕にとっても良いことしかないからね」
「……」
周囲の冒険者のほとんどが、ネロの言葉に安堵の表情を見せ、奮い立っていた。そんな中、胡散臭い目で見ているのはランカークスの二人だ。
「上手い感じの挑発? 裏の感情が見え透いているけど……」
「それも想定の範囲内でしょう。彼の言葉は、バレることを前提に話していると思われます。その程度すら見極められない雑魚は、必要ないといったところでしょうか」
現在の面子の中で明らかに抜きに出た強さを有しているネロ。自らの言葉を見破り、集めた冒険者を捨て駒程度にしか思っていないと悟られることは、予想済みだったのだ。
ネロが欲しているのは戦力。そんなネロの見え透いた言葉の裏を感じつつも、それでもなおドラゴン調査に向かう者しか必要ないのだ。
巧みな言葉回しで、野営地に居る者達のやる気を向上させている。その点については、マークノイヤは素直に感心していた。
「しかし……とても信用できる人物には見えませんね、彼は」
「……生理的に無理だわ」
マークノイヤとシルヴィの二人は、ネロの姿を眺めながら、顔をしかめていた。彼らの中の本能が、ネロを信用するなと告げている。その本能に従い、決して信用することはないだろうと、二人は心に誓ったのであった。
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ネロの話が終わってから数十分後……圧倒的な強者の演説を聞いた者達は奮い立ったのか、次々と野営地から姿を消していた。シルバードラゴンの調査を本格的に始めたのだ。ネロは思っていた通りに事が運ばれたと感じ取り、怪しく笑っていた。
「しかし、評議会のメンバーとして勧誘したはずの、あーし達まで捨て駒扱いとか酷くない?」
「はは、ごめんよ。そういうつもりじゃなかったんだけどさ」
先ほどまでの挑発的な言葉はネロからは消えている。ミリアムとボグスミートと話している彼は、どこかリラックスしているようだった。
「いや、俺達もある意味では捨て駒だろう。今回の戦いの結果で評議会入りを正式に判断するようだからな」
「あらら、バレてたか。さすがはボグスミート」
一瞬の内に、自らの考えを看破したボグスミートに、ネロは称賛の言葉を贈った。しかし、ネロの表情は変わっておらず、それすらも想定内の印象だ。
「はっ、あーし達がまさか試されるなんてね。流石は天網評議会序列2位様ってところかしら?」
ミリアムはわざとオーバーリアクションで挑発的に演じてみせた。他国からの有事の際の依頼の場合、大抵は殿様待遇だ。むしろ依頼主より、ミリアムやボグスミートの方が立場が上ということまである。
それほど傭兵として戦争に参加する時、彼らは重宝されていたのだ。今回のように試される側になるのは久しぶりのことであった。
「誉め言葉として受け取っておくよ。さて、他の者達は大体が進んで行ったみたいだね」
ネロは野営地を見ながら、多くの者が依頼を行う為に行動したことを確認していた。ラクジアットや、シルヴィとマークノイヤの姿も見えなくなっている。
「君たちも仮とはいえ評議会のメンバーなんだ。これを渡しておくよ」
「クリスタル? ネックレス?」
「首からでもかけておけばいいさ、お守りだよ」
ミリアムとボグスミートの二人がネロから渡されたのは、クリスタルが美しいネックレスであった。強力な魔力が込められているのか、怪しい光が反射している。
「かなりの魔力が凝縮されているみたいね」
「ああ、僕が造った特注品さ。必ず役に立つだろう」
「まさか、このような物を頂けるとは……ありがたく、頂戴しておこう」
ミリアムとボグスミートはどういった性質の物かはわからなかったが、彼の言葉通り、首からぶら下げることにした。
「頼むよ、二人共。僕はこの野営地から偵察機で、敵の戦力把握に専念するから。君たちもすぐに評議会のメンバーになるんだ、ちゃんと自覚を持って行動してくれ」
「あーし達を舐めるなっての。引き受けた仕事は完璧にこなすし」
「そういうことだ。ネロ殿は偵察機で見ておくといい」
「わかったよ」
ほとんどの者たちが、森の奥へと侵入している状態。残っていたミリアムとボグスミートも彼らの後を追うように、奥へと歩いて行った。
「そう……君たちも評議会メンバーだ。きっちり仕事をこなしてもらわないとね」
彼らが去ったのを確認すると、ネロは怪しく瞳孔を光らせる。その目つきはとても仲間に向けられているとは思えないものだった。
「……仕事をね」
ネロは最後にそう口にすると、無言のまま専用の偵察機を飛ばし始めた。
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