上 下
38 / 126

38話 襲撃準備 その3

しおりを挟む


 シルヴィとマークノイヤが危険視した男……イヴァン・ラクジアットは迷彩色のテントには入らずに、獲物を探るように森の奥を凝視していた。

「居る……感じるね。うふふふふふふ」

 ラクジアットは凝視する先に、確かな波動を感じていた。レドンド達の気配の一部を確実に捉えているのだ。

 ラクジアットは考えている。自らの獲物として申し分ない者達の存在を。

「野営地の者達じゃ物足りない……うふふふ。今回の標的は強者だ。待ち遠しいね!」

 テントにまで届く大声を彼は上げながら、大笑いし始めた。ラクジアットは快楽殺人者ではあるが、自らを捕らえに来る者達は全て返り討ちにした強者だ。戦いに対しても非常に快楽を覚える類の生き物であった。

 ソウルタワーに挑める程の者達も彼は殺している。自らの強さには絶対的な自信があった。周囲に居る冒険者たちの同行もラクジアットは無意識に観察しているのだ。不意打ちをされたところで、後れを取ることは決してない。



「不気味……森の向こうを凝視しているわ」

「シルバードラゴンの気配でも探知しているのでしょうかね。一見すると無防備ではありますが、隙がほとんどない。死角から攻めたとしても、並の攻撃では意味がないでしょう」


 シルヴィとマークノイヤはラクジアットを警戒していた。如何に戦力が欲しい状況とはいえ、100回死刑にしても足りないくらいの犯罪者が近くに居たとなれば、安心はできない。




 と、そんな時だった。野営地の中央にネロが現れたのは。


「よく集まってくれたね、感謝するよ。なかなか、強い者達が集まっているみたいで安心したよ」

「あれは……天網評議会序列2位のネロ? このタイミングで現れるなんて」

 ランカークスのメンバーであるシルヴィとマークノイヤの二人も、自然と彼の近くまで歩いて来ていた。ネロは黒いローブに身を包んでおり、見た目は怪しい占い師のようだ。だが、周囲で彼の服装をコケにする者などいるわけがない。

 野営地のテントからは冒険者が一斉に集まって来ていた。単純に、彼が来たからというのもあるが、今回の依頼の真相を確かめたい者達も居るのだ。

「お、おい。あんた評議会の2位なんだろ?」

「……? そうだけど?」


 突然、飛び出す質問は冒険者の一人から発せられた。

「なら、あんたなら知ってるはずだ。ヨルムンガントの森にシルバードラゴンは居るのか!?」

「それを調べてくれるのが、今回の依頼の内容だろう?」

 明らかに真偽はわかっているが、ドラゴンの調査依頼に参加した者たちにそれを教えるはずはない。ネロは質問をしてきた冒険者を軽く一蹴してみせた。

「まさか、シルバードラゴンが居ないのを前提で来ているわけじゃないんだろ?」

 ネロは余裕の表情で、彼の周りに集まっている者達を見渡した。

「命懸けの仕事なんだろ? 低難易度のダンジョンでお宝にありつける者も居れば、高難度のダンジョンに出かけ、華々しく散って行く者も多いと聞くよ?」

 ネロは冒険者たちを挑発しているようだった。相手が評議会2位でなければ、手を出した者も居るかもしれない。

「今回だって、自らの利益になると考えたから、100人以上が集まっているはずだ。調査による報酬、バラクーダたちの素材確保。ドラゴンの存在の有無の確認はむしろ、おまけ程度に考えている者も居るかもしれないね」

 ネロはそう言いながら、周囲をさらに見渡した。実力の低い者ほど、その傾向は強いはずだ。彼から図星を突かれた何名かは明らかに動揺していた。

「別に責めているわけじゃないよ? 君らはいつも通り、依頼をこなしてくれればそれでいい。報酬はちゃんと支払うし、僕にとっても良いことしかないからね」

「……」

 周囲の冒険者のほとんどが、ネロの言葉に安堵の表情を見せ、奮い立っていた。そんな中、胡散臭い目で見ているのはランカークスの二人だ。

「上手い感じの挑発? 裏の感情が見え透いているけど……」

「それも想定の範囲内でしょう。彼の言葉は、バレることを前提に話していると思われます。その程度すら見極められない雑魚は、必要ないといったところでしょうか」


 現在の面子の中で明らかに抜きに出た強さを有しているネロ。自らの言葉を見破り、集めた冒険者を捨て駒程度にしか思っていないと悟られることは、予想済みだったのだ。

 ネロが欲しているのは戦力。そんなネロの見え透いた言葉の裏を感じつつも、それでもなおドラゴン調査に向かう者しか必要ないのだ。

 巧みな言葉回しで、野営地に居る者達のやる気を向上させている。その点については、マークノイヤは素直に感心していた。

「しかし……とても信用できる人物には見えませんね、彼は」

「……生理的に無理だわ」

 マークノイヤとシルヴィの二人は、ネロの姿を眺めながら、顔をしかめていた。彼らの中の本能が、ネロを信用するなと告げている。その本能に従い、決して信用することはないだろうと、二人は心に誓ったのであった。




------------------------------




 ネロの話が終わってから数十分後……圧倒的な強者の演説を聞いた者達は奮い立ったのか、次々と野営地から姿を消していた。シルバードラゴンの調査を本格的に始めたのだ。ネロは思っていた通りに事が運ばれたと感じ取り、怪しく笑っていた。


「しかし、評議会のメンバーとして勧誘したはずの、あーし達まで捨て駒扱いとか酷くない?」

「はは、ごめんよ。そういうつもりじゃなかったんだけどさ」

 先ほどまでの挑発的な言葉はネロからは消えている。ミリアムとボグスミートと話している彼は、どこかリラックスしているようだった。

「いや、俺達もある意味では捨て駒だろう。今回の戦いの結果で評議会入りを正式に判断するようだからな」

「あらら、バレてたか。さすがはボグスミート」

 一瞬の内に、自らの考えを看破したボグスミートに、ネロは称賛の言葉を贈った。しかし、ネロの表情は変わっておらず、それすらも想定内の印象だ。

「はっ、あーし達がまさか試されるなんてね。流石は天網評議会序列2位様ってところかしら?」

 ミリアムはわざとオーバーリアクションで挑発的に演じてみせた。他国からの有事の際の依頼の場合、大抵は殿様待遇だ。むしろ依頼主より、ミリアムやボグスミートの方が立場が上ということまである。

 それほど傭兵として戦争に参加する時、彼らは重宝されていたのだ。今回のように試される側になるのは久しぶりのことであった。


「誉め言葉として受け取っておくよ。さて、他の者達は大体が進んで行ったみたいだね」

 ネロは野営地を見ながら、多くの者が依頼を行う為に行動したことを確認していた。ラクジアットや、シルヴィとマークノイヤの姿も見えなくなっている。


「君たちも仮とはいえ評議会のメンバーなんだ。これを渡しておくよ」

「クリスタル? ネックレス?」

「首からでもかけておけばいいさ、お守りだよ」

 ミリアムとボグスミートの二人がネロから渡されたのは、クリスタルが美しいネックレスであった。強力な魔力が込められているのか、怪しい光が反射している。

「かなりの魔力が凝縮されているみたいね」

「ああ、僕が造った特注品さ。必ず役に立つだろう」

「まさか、このような物を頂けるとは……ありがたく、頂戴しておこう」

 ミリアムとボグスミートはどういった性質の物かはわからなかったが、彼の言葉通り、首からぶら下げることにした。


「頼むよ、二人共。僕はこの野営地から偵察機で、敵の戦力把握に専念するから。君たちもすぐに評議会のメンバーになるんだ、ちゃんと自覚を持って行動してくれ」

「あーし達を舐めるなっての。引き受けた仕事は完璧にこなすし」

「そういうことだ。ネロ殿は偵察機で見ておくといい」

「わかったよ」


 ほとんどの者たちが、森の奥へと侵入している状態。残っていたミリアムとボグスミートも彼らの後を追うように、奥へと歩いて行った。


「そう……君たちも評議会メンバーだ。きっちり仕事をこなしてもらわないとね」

 彼らが去ったのを確認すると、ネロは怪しく瞳孔を光らせる。その目つきはとても仲間に向けられているとは思えないものだった。


「……仕事をね」


 ネロは最後にそう口にすると、無言のまま専用の偵察機を飛ばし始めた。

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

処理中です...