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23話 天網評議会 その2

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「アナスタシア様!」

 先ほどまで沈んだ表情になっていたサラだが、会議室に現れた大男にもひけを取らない体格のアナスタシアを見るなり、たちまち生気が戻り始めた。

 同じ女性であり、非常にお世話になっている彼女が近くに現れたことに対する安心感だ。

「やれやれ、美人が台無しさねサラ。ここは危険地帯ではないんだよ? 大丈夫、落ち着きな」

 黒髪を短く切っているアナスタシアは見事な気配りでサラを安心させていく。

 彼女の心中を完全に読んでいるかのような口ぶりだ。アナスタシアは美人な風貌ではあるのだが、男らし過ぎる体格や顔つきから、どうしても格好良いとう言葉が先行してしまう人物であった。

「すみません、ご心配おかけしました……」
「いいさ。あんたも随分と大変な目にあったみたいだからね」

 ニッグとエルメス、ランパードが1体の魔物に成す術なく葬られた。その事態に直面していたサラだ。その時の恐怖は想像を絶することはアナスタシアにも理解できていた。それだけに彼女を労い、落ち着かせることに神経を集中させたのだ。

 そして、サラの顔色が戻って来たことからも、彼女は落ち着きを取り戻したと判断した。

「それにしてもダンダイラム。話はある程度聞いていたけど、相当に不味い事態さね」
「うむ……なにせ、相手は伝説のドラゴン族だからな。私も以前に、亜種に該当するワイバーンを見たことはあるが……真の竜族の存在など、現代では聞いたことがない」

 現在の評議会で最年長のダンダイラムは過去の実績を考えていた。竜族という枠組みには当てはまらないが、竜の派生であるワイバーンは見たことがあった。

 ワイバーンも希少種に該当しており、竜族には及ばないが、かなり危険な魔物として、評議会でも認知されている。

 そして、真の竜族はアルビオン王国が建国される以前に滅び去った存在として認識されている。だからこそ、伝説上の魔物と言われていたのだ。


「王国建国以前の存在である竜族。私でも勝てない存在かい、サラ?」
「……申し訳ありません、アナスタシア様」

 サラは、アナスタシアから目線を逸らして言った。彼女としても信じたくはないことであるが、あのレドンドと名乗る銀竜に、アナスタシアが一人で勝てるなどとは全く想像ができなかった。

 ニッグ、エルメス、ランパードの3人ですら、ほぼダメージを与えられずに殺されたのだから。

「あり得ない」

 そんな時、アナスタシアの後方より男の声が聞こえて来た。アナスタシアはすぐに後ろを振り返る。そこには眼鏡を掛けた、黒髪をオールバックにした男が立っていたのだ。

「なんだ、ネロじゃないのさ。そんなところに立ってないで入ってきな」
「言われなくてもね」

 アナスタシアは線の細い印象を受けるネロに話しかける。ネロは無表情ながらも、そのまま部屋の中へと入って来た。

「なにがあり得ないんだい?」
「僕が負ける可能性が。サラは僕はもちろん、アナスタシアの強さも知らない。実際に、ニッグとの実力差も相当に離れているよ。伝説のドラゴンだなんて肩書きを前に、相手を過大に評価をし過ぎているな」

 ネロは真っすぐにサラを見据えていた。その瞳には一片の曇りすら感じられない。竜族の話を聞いても、ネロは自分の力を全く疑ってはいないのだ。神経質な外見とは正反対の闘志が彼の中には燃え上がっている。

 そして、決して過信ではないほどの気配が彼の肉体からは溢れ出ていた。

「も、申し訳ありません……ネロ様。謝罪いたします」
「サラが謝ることじゃないさね。しかし、ネロは相変わらず自信家だね。もちろん過信じゃないのは分かってるけどさ」
「評議会序列2位。それは、ほぼ最強を意味している。僕が敗れる程の存在が領土内に居るなら、アルビオン王国は崖っぷちに立たされていることを意味しているよ。アナスタシアもそれは理解しているだろ?」

 ネロは軽く眼鏡の位置調整を行いながら、アナスタシアに質問していた。彼の言葉は間違っていない。それはアナスタシアにも理解できている。

「もちろんそうさね。ただし、遠隔監視に長け、敵の戦力把握も得意なサラの言葉だよ? 完全に的外れということもないさね。あんただってそれはわかっているだろ?」

 アナスタシアのネロを諭すような言葉。年齢22歳のネロに対して、32歳のアナスタシア。年長者からの説得力のある言葉でもあった。ネロとしても、サラの能力は認めていたが、彼は敢えて首を横に振った。

「いや、サラの能力を踏まえても、僕が銀竜に敗れることはあり得ない。僕の実力であればワイバーンも討伐可能だからね」

 ネロは以前に翼竜ワイバーンを倒した時のことを思い出していた。大きな枠組みではワイバーンとレドンドは同系統だ。彼はそのように考え、自らが負けることはあり得ないという結論を出した。序列2位の圧倒的な自負と言えるだろうか。

 アナスタシアはこれ以上の言葉は意味がないと考え、話題を変えた。

「とにかく、目下の脅威であるシルバードラゴンの討伐について話し合おうじゃないのさ」
「うむ、そうだな」

 ダンダイラムも頷き、ネロやアナスタシアも会議室の椅子に腰を下ろした。会議は本格的に進められた。

「では、改めてドラゴン討伐に関する会議を開始いたしましょう」

 アトモスが場の空気を変えるように話し出した。とりあえずはネロやアナスタシアがシルバードラゴンに勝てるかどうかというのは保留になった印象だ。

「さっきのダンライラムの提案だけどさ。ヨルムンガントの森のバラクーダたちですら、通常の騎士団員からすれば厳しい相手なんだから、まず徒労に終わるさね」


 アナスタシアは豪快に笑いながら言ってのける。突然変異で生まれ、現在は固有種として認識されているバラクーダやサイコゴーレム。評議会の者達からすれば倒すのに大した苦労はないが、騎士団員からすれば話は別なのだ。

 最新鋭の火器を揃えたとして、バラクーダたちが大量に出て来た場合、どれだけの被害が出るかの予想は容易かった。


「では、どのように対処するのが最善か? 北の公国も控えている状態で、領土内の事象にいきなり最終手段を使うのも不味いだろう。それとも、貴公が説得をするのか?」

「……あいつは気まぐれだからね。いきなり最終手段の投入は控えた方がいいね。アルビオン王国の常勝のための教えは「相手に自らの上限は決して悟られないこと」だからね。その教えがあったからこそ、1000年以上も国家を存続させられたんだろうさ」

 アナスタシアは笑いながら話している。アルビオン王国の教えは現在でも生きているのだ。実際の戦力も非常に高い王国だが、決して底を見せないことで、より敵国を牽制出来る。この教えにより、アルビオン王国は現在の発展を遂げたと言えるのだった。

「他の方法として、アルビオン王国が誇る最強兵器であるナパーム弾。あれを投下して森を全て焼き払うという手段もあるけど……やはり現実味はないさね」

 アナスタシアは冗談半分に言ってみただけではあったが、改めて考えると、そんなことを実現するのは無理があった。

 ヨルムンガントの森は相当に広大であり、全体的な広さは数万平方キロメートルにもなる。その全てをナパーム弾で焼き尽くすことは物理的には可能であっても、現実的ではなかった。

 敵からの反撃や、周辺国家の反応もある為だ。さらに、それを行ったからといって、魔神を倒せる根拠など、どこにもないのだから。

「難しい、けど、建設的な提案がある」
「ホアキン? 言ってみてくれるさね?」
「ああ。他国と協力して討伐、する」

 独特なイントネーションのホアキンは自らの考えを述べた。アナスタシアを始め、他のメンバーも成程、と頷いている。

「なかなか良い提案だ。こちらの戦力の底は見せずに、他国の戦力を削れ、さらにドラゴン討伐の可能性を上げられる。一石三鳥の考えかもしれんな」

 ダンダイラムもその提案には賛成の意志を示していた。アトモスも同じ気持ちだ。


「実現が可能かという不安はありますが、他の国にとってもドラゴンの存在は脅威にしかならないでしょう。試す価値はありそうですな」

 アトモスも賛成とばかりに口を開いた。サラやネロも考えには賛同している。

「しかし、もう一つ、早急に解決しなければならない問題があります」


 アトモスはそこで、咳払いをして話題を変えた。

「弔いをしていない状況ではニッグ達にとっても失礼ではなりますが、評議会のメンバーに欠員が出ているのは不味い状態です。早急な補充が必要になりますね」

 アトモスの言葉に皆が頷いた。ある意味では最優先で解決しなければならない事柄だ。アルビオン王国の教えである「強さの上限を見せない」ということにも抵触してしまう恐れがある。

 彼らの議題は評議会メンバーの補充の件へと移った。
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