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5話 カラオケ その2

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「ありがとうございました」


 唄い終わった智司は、なんとなく気まずい感じがしたので、深々と挨拶をした。ハズキ以外は拍手をしていないが、見たところ美由紀が手招きしている。

「智司、こっち座りなよ。そっちはハズキさんと隆也が座ってるから」


 スマホを弄りながらではあるが、美由紀の声は最初よりも友好的だった。智司としても意外だ。ハズキのことを「さん」付けで呼んでいる辺り、最低限の礼儀は持っているようだ。


「う、うん……」

 あまりにも自然に呼ばれた為、智司はそのまま美由紀の隣に腰掛けた。


「あんたって、カラオケとか苦手なん?」

「え、なんでそんなこと聞くの? 下手だった……?」

 自分なりにはそれなりに気持ちよく唄えていたという自覚のある智司。しかし、美由紀の評価は違った。

「へたくそ。録音してあるから、あとで聞いてみな」

「え……勝手にそんなこと……」

「なんか文句あるん?」

「いや……別に」


 美由紀は智司の魅力を見る為か、彼の言葉に対する言動をチェックしていた。彼女の言葉にたじたじの智司ではあるが、それほど焦っている様子は感じられない。美由紀の好感度は少しだけ上がっていたという。



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「……」


 ハズキはフリードリンクのウーロン茶を飲みながら、智司と美由紀のやり取りを見ている。

「な、なあハズキちゃん? 唄わないのか? 君の番だぜ?」

 隣で話す隆也は完全に蚊帳の外だ。ハズキの中から抹消されていた。智司は何処となく楽しそうに見える……美由紀はそれなりの美人だ。

 10人中10人の男がハズキの方が美人と答えるくらいの差はあるが、一人で街中を歩いていれば、ナンパをされるであろうレベル。智司が美人の女性に弱いことはわかっている。ハズキなりの分析では、彼の周囲に美由紀のような性格の女性は居ない。

 自分やアリス、レジナとはもちろん違うし、話で聞く限りではサラやリリー達ともタイプが違うと考えている。

「……」

 自然とハズキは口を尖らせていた。彼女なりの嫉妬だが、隣に座る隆也はおもしろくない。前に座っている智司と美由紀も仲良さげだからだ。孤立しているのが自分だという事実が許せないのだった。


「ドリンクが無くなりましたね。新しく入れて参ります」

 智司と美由紀のやり取りを邪魔するように、ハズキは智司のグラスを手にした。


「ハズキ、ごめん、ありがとう」

「いえ、気になさらないでください」

 ハズキは嫉妬はしているようだが、できるだけ顔に出さずにしている。


「美由紀のドリンクは俺が入れて来てやるぜ」

「え、別にいいんだけど……」

 特に美由紀は感謝している様子はないが、半ば強引に隆也はグラスを奪った。無理やりにでもハズキと行きたいようだ。ハズキは隆也など無視するかのように部屋を出て行く。隆也もそれについて行くように部屋を後にした。


「……」


「大丈夫かな、ハズキさん」

 相変わらずもやもやする気持ちが消えない智司は二人が出て行った扉を眺めていた。そんな時に聞こえてきた意外な言葉。智司は思わず美由紀を見る。


「意外にも心配してくれてるんだね」

「いやだって……隆也ってあれで空手とかやってるしさ」

「ああ、そういうことか」

 そういう意味ではむしろ心配なのは隆也の方だ。ハズキは相手を殺すことに躊躇いもない。腕がへし折れる程度ならば、幸運な方と言えるだろう。カラオケ店でそんな血生臭いことが起きては色々と面倒だ。


「ふ~ん……」

「な、なに?」

 色々と考えを巡らせている智司の顔をマジマジと見ながら、熱い視線を向けていた。決して悪いものではない。


「あんたって前は寂しい奴とか思ってたけど。なんか余裕そうじゃん。そっちの方が断然良いと思うよ」

「そ、そうかな?」

「うん」

 魔神として転生を果たし、異世界にて色々な出会いや戦闘を経験した。その中で上昇した肝っ玉の強さを美由紀は看破していた。

「ハズキさんも、あんたのそういうところ好きになってるのかもね」

「あははは、どうだろうね」


 実際には違うが智司としては嬉しい言葉だ。虐めを受けていた相手ではあるが、こうして好意的に接してくれるのも嬉しい。何よりも美由紀は美人だった。

 その後、美由紀はカラオケを披露した。とても上手い彼女に智司は思わず合いの手を添え、二人は仲の良いカップルに見えていたという。

 智司としては楽しい状況になって来たが、それと並行して危険な事態も忍び寄るのだった……智司くんの運命や如何に?
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