愛され少女は愛されない

藤丸セブン

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12話 少年は食い止めたい

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「夏野先輩!?どうしてここに?」
「まあ、色々あってな」
 蝉丸は花梨の質問に朧げに答えながら周りを見る。部室の椅子に腰を下ろし顔色が悪くなっている蓮と蓮に近づこうとする八乙女。そして八乙女と蓮の間に花梨がいる。
「花梨、蓮を連れてここから出ろ」
「でも」
「大丈夫だ。ここは俺に任せろ」
 花梨は蝉丸を心配そうに少しだけ見たが即座に蓮に肩を貸しながら歩き出した。
「ちょっとぉ。なんか私が凄い悪者みたいじゃない?」
「悪者なんだよ。少なくとも俺たちにとってはな」
 蝉丸と八乙女が睨み合う。どちらも譲るつもりはない様だ。
「私はれんに用があるの」
「蓮はお前に用なんかねえ」
 花梨を止めようとする八乙女の腕を蝉丸が更に止める。その間に花梨と蓮は部室の出口から外へと出た。
「ちっ!想定外だったわぁ。まさかあんたがここに居たとはね」
「当たり前だろうが、俺と蓮は大親友だぜ?」
「言うてあんたらが絡み始めたのって中学の後半でしょうがぁ」
 蓮、蝉丸、八乙女は同じ中学に通っていた。そして、並々ならぬ因縁がある。もしかしたら因縁だと思っているのは蓮と蝉丸だけかも知れないが。
「で、あんたのその口調からして私が何しにここに来たのかも知ってるって感じぃ?」
「ああ。分かってて止めにきたんだよ」
「なんであんたが私の目的を知ってんのよぉ」
 八乙女の疑問に蝉丸はスマホの画面を見せて答えた。
「この子が廊下だってのに大声で話しててな。注意しようと思って近づいたらビックリ。八乙女菜乃とかいう女と電話してやがった」
「あいつ、使えない女だとは思ってたけど」
 蝉丸のスマホには笑顔を見せる色黒の女が写っていた。映画の動画を撮りSNSにあげ、蓮の存在を八乙女に教えた本人だ。
「問いただしたら親切に教えてくれたぜ?お前との関係とかお前の最近の過ごし方、お前が蓮に何するつもりでここに来たのかって事をな」
「はぁ。あいつ馬鹿みたいにブサイクだからわざわざ私の隣に立たせてやってたけど、こんなに無能だったとは思わなかったわぁ。切り捨てよ」
 八乙女が何故可愛くない少女を隣に立たせていたのか、蝉丸には何となく見当がついた。可愛くない人が近くにいれば自分が目立つという最低な理由だ。
「てめぇ、友達を何だと思ってんだ!友達は何よりも大切な存在だろうが!!」
「あっそぉ」
 八乙女は蝉丸に掴まれている腕を振り解くと部室を出ようとする。
「待ちやがれってんだ!」
「しつこぉい。私とれんがどうなろうがあんたには関係ないでしょうがぁ」
 八乙女の声と威圧感に蝉丸は言葉を失う。その声を聞き、その目線を見てしまうと過去を思い出してしまう。だが。
「関係ならある」
 そんなものに怯えている場合ではない。今は、親友を守らねばならない。
「蓮は今、前に向かって歩き始めてんだ!お前の呪縛を振り解こうと藻搔いてんだ!!未来に進もうとするダチの手助けをするのは!当然だろうが!!!」
「はっ!」
 蝉丸の言葉を一笑して八乙女は一言発する。
「退けよ、セミ野郎」
 その一言は呪いだ。セミ。こんな短くてどこにでもあるような一言は蝉丸にトラウマを思い返させる。
「はっ!はっぁ!」
 中学でのイジメ。無視、嫌がらせ、そして暴行。蝉丸のトラウマが次々に脳内へとフラッシュバックする。
「じゃ」
 手の拘束が緩くなった所を素早く振り解き、八乙女は出口のドアノブに手をかける。
「・・・しつこいって言ってんだよ」
 それでも尚、蝉丸は八乙女の腕を掴んだ。
「本当にキモい、今すぐその尿塗れの腕退けろよ!!」
「がっ!」
 怒りに任せて八乙女は蝉丸の顔面に鋭い蹴りを入れる。力の抜け切った蝉丸はそのまま部室の壁に体を強打した。
「ったく。ん?」
「あ、ど、どうもこんにちは」
 八乙女が扉を開けると部室の目の前で冷や汗を掻いた冬三と目があった。
「・・・」
 ほんの少しだけ冬三を睨んだ八乙女はそのまま歩いて去っていった。
「マルミー!大丈夫!?ごめんね何も出来なくて!」
「冬三か。別に構わねえさ。でも、カッコ悪りぃとこ見せちまったな」
 冬三は蝉丸に駆け寄り体をぶつけた場所を見始める。ひとまず外傷は無さそうだ。
「そんな事ないよ。レンレンの為に怒るマルミー、カッコよかったよ」
「っ!ははっ、お世辞はいいっての。あんなにカッコつけたのによ」
「お世辞じゃないよ」
 泣き言を言う蝉丸の目には涙が浮かんでいた。そんな蝉丸を冬三は優しく抱きしめる。
「折角!折角蓮が前を向き始めたんだ。あのクソ女のしがらみから解き放たれて、花梨と幸せになる道へ歩き始めたんだよ」
「うん」
「だって言うのによ、急に現れやがって何なんだよ!クソッ!」
 蝉丸が怒りに任せて地面に殴りつける。しかし地面にぶつけた拳はほとんど音もしない程威力がない。
「情けねえ!たった一人の親友すら!俺は救えなかった!」
「そんな事ないよ。マルミーは頑張った。出来ることを精一杯やった。それだけで私には凄くかっこよく見えたよ」
 堪えきれずに涙を流す蝉丸を冬三はずっと抱き続ける。
「そっか、そうかな。俺、あいつの為に、蓮の力になれたかな?」
「勿論。二人が逃げる時間は稼いだ。後は、二人が立ち向かっていくよ」
 今回の八乙女の来訪は逆に考えればチャンスともなる。蓮が八乙女に立ち向かい、トラウマを乗り越える事が出来れば、蓮を縛っていた鎖は消滅する。
「そうと決まれば私達もレンレンを探しに行こう!多分そう遠くには行けてないだろうしサポートしなきゃ!」
「ああ、冬三は行ってやってくれ」
「え?マルミーも一緒に」
 冬三はそこまで言った口を閉じた。蝉丸の足が震えていたのだ。
「さっきはあんな事言ってくれたけど、やっぱ情けねえ。あいつの声や目線だけで、怖くてこんなに震えてやがる。あいつ昔空手やってたせいで殴られるとめちゃくちゃ痛えんだよな」
 足だけでなく声からも震えが伝わる。蝉丸にとって八乙女菜乃という女はそれ程までに脅威なのだ。
「でもよ、さっきの言葉は嬉しかったぜ!お世辞だってのは分かってるけど、うん。嬉しかった」
「お世辞じゃないってば」
 蝉丸は冬三を心配させまいと元気な声と笑顔を作ろうとするが全然出来ていない。いつもの明るくて笑顔な蝉丸が今は見る影もない。
「ははっ。ありがとな。俺に惚れちまったか!?もし俺に惚れちまったんなら俺にキスしてくれてもいいんだぜ!?はは、なんちゃって、なっ!?」
 蝉丸の唇が発する笑えないジョークは冬三の唇に遮られて最後まで声に出せなかった。
  ◇
「はぁ。はぁ。先生!居ませんかー!?」
 顔色が一向に良くならない蓮に肩を貸しながら花梨は何とか保健室に辿り着く。しかし生憎と保険の先生は留守にしているようだ。
「大丈夫だ花梨。少し休めば良くなる」
「蓮くん」
 心配そうに蓮を見る花梨に片手をあげて心配しないように促しながら蓮はベットに寝転がる。
「ねぇ蓮くん。あの女の人って」
「ああ、八乙女菜乃。同じ中学の同級生で、俺の最初で最後の彼女だった女だ」
 最初で最後。その言葉に花梨の胸は少し苦しくなる。
「もし、もし良かったら何だけど。あの人の事、教えてくれない?あの人と何があったのか、何で女の子を信じられなくなっちゃったのか」
 そこまで言って花梨はハッとして口を両手で塞ぐ。蓮に八乙女の事を話させるなどトラウマをわざわざ思い出させる事と同義だ。
「ごめんなさい!私つい」
「いや、いいんだ。こんな事になってりゃ気にならない方が変だよな」
 寝転がっていたベットから体を起こし、軽く腰をかける体勢へと変える。
「俺も、この事はいつか花梨に聞いてもらおうと思ってたんだ」
 蓮の過去、蓮のトラウマ。何故蓮は女性不信になったのか。何故女性を愛する事が出来なくなったのか。
「嫌な気分になるかも知れないけど、聞いてくれるか?」
 話は三年前。蓮が中学二年生だった頃に遡る。
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