愛され少女は愛されない

藤丸セブン

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8話 少女は力になりたい

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「やっぱりやきそばだろ!」
「はぁ!?リンゴ飴に決まってんでしょ!!」
 男女の怒号が飛び交う部屋の中、蓮は眠気と戦っていた。
「ふざけんな!」
「あんたの方こそ!」
 教室で声を荒げているのは一人や二人の生徒ではない。ほとんどクラス全員が声を荒げている。
「おーい落ち着け。たかが文化祭の出し物決めるだけでこんなに騒ぐんじゃないよ」
 現在行われているのは文化祭のクラスの出し物決定会議。その出し物の案として今は二九個ものアイデアが出ていた。
「君達ねぇ。もうちょっと妥協とか絞るとか出来ない訳?」
「「「「出来ません」」」」
 このクラスの担任教師である小松の一言にクラスは一丸となって不可能を訴える。その後小松は面倒そうにため息を吐いた。
「お前ら学級委員の俺に従え!文化祭の出し物は焼きそばだ!!」
「夏野てめえ!文化祭っていったらたこ焼きだろうが!」
「射的やりたい!」
「私はかき氷が食べたいの!」
 蝉丸の一言からまたクラス一同が各々のアイデアをただただ叫ぶ。恐らくここが地獄だ。
「メイド喫茶!メイド喫茶!」
「なあ、そんなに文化祭の出し物って重要か?」
 蓮の近くでメイド喫茶とただただ叫び続ける冬三に蓮は疑問を問いかける。その問いに冬三は目を丸くして答えた。
「うん。当然じゃん?」
 最も簡単に答えられて蓮は少し動揺する。
「あーもううるさい!こうなったらくじで決める!」
「ふざけんな沙織ちゃん!そんなん納得できるかよ!」
「沙織ちゃん言うな」
 小松沙織のくじ発言に蝉丸が反発。またしても蝉丸を筆頭にクラスが一丸となって反逆をしだす。まさに負の連鎖である。
「ちなみに小松先生は何がいいと思います?」
「え?考えた事もなかったな」
 蓮はその地獄を終わらせる為小松に聞く。根本的な解決にはならないかも知れないが一方的に意見を言い合うよりはよほどいいだろう。
「うーん。休憩所とか?」
「休憩所?」
「そう。教室はそのままにして疲れたら休める為の部屋にするの」
 小松の一言にまたまた蝉丸が声を荒げる。
「ふざけんな!準備したくないだけだろ!」
「バレたか」
「この貧乳が!」
「地味メガネ!」
「おい!それ悪口だろ!!」
 遂に生徒達は小松の外見の悪口を言い出した。もう本当に嫌だこのホームルーム。
「ん、二九?このクラスって三十人だよな」
 小松が黒板に小さく書かれた二九個のアイデアを見て少し考え込む。
「お前らー。出し物のアイデアがあるやつ挙手ー」
 声が聞こえると同時に一同は一斉に手を上げる。早く、そして綺麗に。そんな事は一切関係ないのだが。
「よし、奥田の意見で採用」
「はい?俺手挙げてませんけど?」
 クラスメイトの中で唯一手を挙げていなかった蓮を小松は指名した。
「「「はっ!?」」」
「はーい時間になったのでホームルーム終わりまーす。奥田は適当に出し物決めといて。あ、奥田の決定は絶対だからな。反抗したら反省文」
 小松は笑いながらそう言い残すと教室の扉を閉める。
「あの人、逃げやがった!」
 面倒な事を全部蓮に押しつけて逃げた。これが大人のする事か?あまりにも酷すぎる。
「れーん」
「レンレーン?」
 小松のあまりの行動に唖然としていた蓮は目が狂っている蝉丸と冬三の存在に気が付かなかった。
「蓮!親友の意見を選ぶよな!?焼きそばだよな!?」
「レンレン!メイド喫茶だよ!もしメイド喫茶にしてくれたら体でお礼するから!どんなお願いでも聞くから!レンレンの犬になるから!」
「ちょっ!」
 蝉丸と冬三が動いたことによってクラスメイトの一同も蓮の方へ向かってくるのが分かる。
「うわぁぁ!」
 蓮は必死に教室から逃げ出した。
  ◇
「それで、出し物は決まったの?」
「いや、まだ」
 その日の放課後。部室でぐったりしている蓮は今日の経緯を花梨に話していた。
「そっちはみんな個性が強くて大変だね」
「花梨のクラスはどうなったんだ?争いとかにならなかったのか?」
「うん!」
 花梨のクラスも蓮のクラス程ではないにしろ幾つかのアイデアで揉めていた。しかしその争いは即座に終わることとなる。アイドルの桜沢花梨が意見を出したからである。
「うちの出し物は擬似スターバレットだよ!当日は蓮くんも飲みに来てね!」
 どうやら花梨のクラスでは人気チェーン店の商品を自分達なりに作るらしい。大変そうだが少し気になる。
「あそこ美味いけど高いんだよな」
「蓮くんが好きなの知ってたからさ。せっかくだからこの機会にやってみようと思ったんだ」
 花梨は蓮の為に出し物を考えてくれたのか。そう言われると少し照れるが悪い気はしない。
「なあ、花梨は何がいい?」
「え、何が?」
 蓮は小さく花梨に聞くが声が小さすぎて花梨の耳には届かない。
「だから、花梨は出し物何がいいかって聞いたんだよ」
「え!?蓮くんそれって!私の為に出し物を決めてくれるって事!?」
 花梨が嬉しそうに頬を染めて今にも飛び上がりそうになっている。
「いや自分で考えてるのもめんどくさいし、だからといってクラスの誰かの案にするとまた暴動起きそう。だけどアイドルの花梨の決定なら反抗するやつは多分いないだろ」
「照れちゃってー!このこのー!」
「照れてない!事実を言ってるだけだ」
 花梨の決定なら暴動が起こらないというのは恐らく事実だ。しかし問題はどうやって花梨が決めたと伝えるかだ。蓮と花梨が知り合い、更に幼なじみであったことなどどう伝えればいいのか。誰も信じてくれなさそうである。
「あ、でも蝉丸と冬三は同意するかな」
 花梨が決めた事を二人に伝えれば二人は同意してくれるだろう。そうすれば票数は三。たった三票でクラスの出し物が決まるというのはなかなか酷いが致しかたない。
「そういう事なら任せて!全力で蓮くんの力になるよ!」
 花梨は張り切って出し物を考え出す。
「うーん。ちなみに他にどんな出し物があるのかな?」
「それは分からんな。しゃーない。聞きに行くか、どうせ暇だし」
 今部室には蓮と花梨のみしかいない。蝉丸はバスケ部の練習に行っているし、冬三は映画の制作で忙しい。どうせ暇なのならたまにはこう言う事をもいいだろう。
「で、私の所まで来たと」
「元はと言えば先生が丸投げしてきたんですから協力くらいはして貰いますよ」
 小松は少し嫌そうな顔をしたが渋々了承した。
「えーっと今決まっている出し物は射的、輪投げ、焼きそば、喫茶店、家系ラーメン?」
 クラスで騒いでいた奴らの案が何個かある。つまりそこは除外していいだろう。ん?家系ラーメン?
「リンゴ飴にお化け屋敷に占い、フルーツバスケット?校庭にあった珍しい石展?忍者屋敷?合コン喫茶ぁ!?」
 後半からツッコミどころが強い。よくそんな出し物を了承したものだ。この学校大丈夫なのか?
「なんか、思ったより濃いのがいっぱいあるね」
「皆まで言うな」
 この様な濃い出し物があるなら蓮のクラスは普通なものでいいか。
「ちなみにクラス出し物ランキング一位目指してるらしいよ。私はどうでもいいけどさ」
「え?それ今言うんすか?」
 適当に考えればいいかと考えていた蓮に追い討ちをかける様に小松が呟く。つまりこの濃い出し物の中の頂点を狙えと。
「よし!決めた!」
「え、決まったのか?」
 蓮には想像もつかなかったがどうやら花梨には思い付いた様だ。その出し物とは。
「チョコバナナ」
「チョコバナナ?」
 もっと凄いものが来ると思っていた。
「確かに凄い出し物があったけど別に大人気になるかどうかは分からなくない?それなら王道でいて味に変化なんてほとんどないチョコバナナがいいと思うんだけど」
 花梨の意見にも一理ある。確かに家系ラーメンなどは好みも偏るし生徒が作るより店で食べた方が確実に美味い。しかしチョコバナナはバナナにチョコを塗るだけなのだから味など変わらないし簡単に作れる。
「「採用!」」
 簡単に作れる、と言う点が蓮と小松に刺さり文化祭の出し物はチョコバナナとなった。
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