愛され少女は愛されない

藤丸セブン

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7話 少年は考えたい

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「愛、だと?」
 夏野蝉丸は驚愕した。季節は秋。秋に入ったという割にはまだ暑さが残る九月の中旬の時期だ。
「だから、愛ってやつを知りたいんだよ」
 蝉丸が驚愕した理由は簡単。絶対に色恋沙汰には興味を示さない友人が愛を知りたいだの抜かしてきたからだ。
「な、何があったんだ!!俺でよければなんでも力になってやる!部活は休む!部室行くぞ!!」
 幸い蓮が蝉丸に意味不明な問いかけをしてきたのは放課後。事情を知らない人が聞いたらびっくりする矛盾発言をしながら蝉丸は蓮の手をとり腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「待った。部室じゃあ冬三が編集してるだろ。その、花梨も来るだろうし」
「それもそうか。じゃあカラオケだ!あそこなら誰にも邪魔されねえ」
 蝉丸は思い立ったら即行動するタイプ。すぐさま残っていた荷物を鞄に詰め込み教室を出る。
「待った」
「今度は何だよ」
「お前、課題提出してないからこの時間まで教室にいるんだろ?それに部活を休む連絡はしなくてもいいのか?」
 今すぐにでも出発したい蝉丸に比べて相談をしてきた張本人は随分と落ち着いている。
「そんなのどうでもいい!俺はお前の心境が一刻も早く知りたい!」
「あ、おい!」
 蝉丸は少しだけ抵抗する蓮の腕を掴み教室を出た。
「で、どういう流れからその悩みが出た訳よ?」
 場所は変わってカラオケ店。場所が空いていなかった為大人数で使うパーティ用の一部屋に二人で腰をかけた。席についた途端蓮に蝉丸は即座に切り込んだ。
「ああ、それはだな」
  ◇
話は少し遡る。
「蓮くん!もうすぐ文化祭だね!」
「ああ、そうだな」
「むー。蓮くんってばなんか冷めてない?」
 別に文化祭だからといってはしゃぐこともないだろう。確かにクラスの出し物や部活の展示(上映)の誘導やらの雑用などやる事は多いが、それほど楽しみにはしていない。
「蓮くんは去年の文化祭どう過ごしたの?」
「そうだな。クラスの出し物に適当に参加して、後は映画の準備、暇な時間は蝉丸と冬三に連れられて色々な催しを回ったな」
「なんだ、思ったより楽しんでたみたいだね」
 去年の事を思い出して少し楽しそうな表情を見せる蓮に花梨は安堵の息を漏らす。
「ねぇ知ってる?この学校の文化祭の最終日に告白したカップルには永遠の幸せが訪れるんだって!」
「知ってる。俺が去年散々催しを回ったのは蝉丸が告白される為だったからな」
「何それ?」
 内容を理解出来ていない花梨に蓮は分かりやすく伝える。
「会場中を隈なく探せば誰かが告白してきてくれる!らしい」
「はー。馬鹿みたい」
 蓮もそれは同意見だが、蝉丸には黙っておこう。恐らく泣く。
「告白してきてくれる人なんて、探す必要ないじゃん」
「・・・そうだな」
 その会話を最後に二人は家まで何も話さなかった。
「それじゃあ、また明日」
「うん」
 いつもの分かれ道で挨拶をして別れる。そんないつもの日常だった。
「蓮くん!」
 しかしその日は違った。花梨が走ってきて蓮の手を握ったのだ。
「花梨?」
「ねぇ、文化祭の最後にさ、もう一回告白してもいい?」
「へ?」
 花梨の言葉に蓮は目を丸くした。告白。そういえば春に突然花梨から熱烈な告白を受けた。しかしその答えは未だに出していない。
「そろそろ答えを知りたいの。私と付き合うか、付き合わないか」
 花梨の言葉に蓮は黙る事しか出来ない。花梨と、女子と付き合う。それは絶対にない事だ。花梨だからじゃない、花梨が女だから。
「花梨」
 言葉に詰まる。返事は決まっている。決まっているのに、声には出せない。
「大丈夫だよ。蓮くんが出した答えがどんな答えでも、私は変わらない。付き合っても付き合わなくても今まで通り。だけど、文化祭までにしっかり考えてほしいな」
「・・・」
「なんて、えへへ。ごめんね急に、また明日!!」
 蓮の手を離した花梨は笑いながら手を振って帰り道を走っていく。しかしその目は少し湿っている様に見えた。
  ◇
「なんだよその青春はよ」
 回想話を終えた蓮に蝉丸は少しイライラしながら呟く。
「そういうわけで、愛とか恋とかを知りたい」
「なるほどね、事情は分かった!けどよ」
 蝉丸は少し声のトーンを下げて蓮に話しかける。
「悩む必要はあるのか?お前の中で、答えは決まってるんじゃねえの?」
「そう、だな」
 蝉丸の言う通り、答えはでている。蓮が女の子と付き合うことなどない。
「と、以前の俺なら言ってたと思う」
 蓮の話に蝉丸は無言を貫く。
「でも、花梨と半年過ごして思った。楽しいって」
 一緒にいると楽しい。それは一種の恋人の条件になるらしい。しかしそれはあくまでも一例。更にいえば蓮は冬三と二人の時でも楽しいとは感じる。
「虫のいい話なのかも知れないけど、俺は花梨を振りたくない、そう思ってるのかも知れない」
 矛盾しているのは分かっている。花梨と付き合う未来など想像出来ない。しかし、花梨を悲しませたくもない。
「それなら、それならせめて」
 そんな矛盾を抱えたままでは、勇気を出してくれた少女に申し訳ない。
「恋を知って、その恋を俺が花梨にしてるのか、恋なんてものは一生出来ないものなのか、それを知りたい」
 勇気を出して二度目の告白をする少女に出来ること。それは精一杯の返事だ。目一杯悩んで、不可能かもしれない二人の未来を想像して、少女を恋愛対象となるのかどうかを見極める。
「それが、俺が愛について知りたい理由だ」
 蓮の言葉を静かに聞いていた蝉丸が口を開いた。
「お前、成長したんだな」
「成長、っていうのか?」
「成長だろ。女と付き合うなんて絶対に有り得ないとか言ってた奴が愛について知りたいなんて、なぁ」
 蝉丸は豪快にしかし少し悲しそうに笑う。
「愛について知りたいだって?任せとけ!この夏野蝉丸様がお前に恋愛を叩き込んでやる!」
 蝉丸は椅子から豪快に立ち上がり天井に向かって一本指を突き立てる。
「あ、ああ」
「なんでちょっと引いてんだよ。頼んできたのはそっちだろ!?」
「いや、すまない。分かってる。分かってるが、ちょっと」
 絶対に視線を合わせない蓮に蝉丸は叫ぶ。
「俺じゃ頼りねえってか!?」
「いやそんな事はない。だが、そんなに燃え上がるとは思ってなくて」
「っったりめぇだろ!ダチが相談してきたんだ!全身全霊で相談に乗るのが男ってもんだろ!」
 蝉丸は豪快に拳と拳をぶつけ合わせて言う。まるで喧嘩にでも行くかの様なポージングに蓮は相談する相手を間違えたかと少し後悔する。
「そうと決まれば早速行こうぜ!幸いここはカラオケだ!恋愛ソングを嫌って程歌いまくるぞ!」
「恋愛ソング?それを歌ったところで」
「口答えすんじゃねぇ!いいから歌うぞ!」
 それから蝉丸は歌った。今流行りの曲から古き良き歌や英語の歌詞のラブソング、失恋ソングに歌詞すら分からない様な歌まで。
「どうだ、ぁはぁ、恋愛について何か分かったかぁ!?」
「いや何も」
 試合を終えた後ですら感じない程の疲労を堪えた蝉丸の問いは瞬時に切り裂かれた。
「おまっ、俺が、なんのため、にっ!」
「いや、収穫がなかった訳じゃないさ」
 君が好き、やあなたに恋してるだの様々な歌詞の曲を聴いた。しかし分からない。恋の楽しさ、辛さ、喜びに悲しみ。それらを一切理解することが出来ない。
「ちょうど時間だ、次行くぞ」
「次?」
 蝉丸が声を枯らしながらコップにあるジュースを飲み干す。それを強く机に叩きつけると、
「次は漫画喫茶だ!今夜は俺が選んだ恋愛漫画を全部読み切るまで寝かせねえぞ!」
「いや、そこまでしなくても。それにもう夕飯の時間だ、今から漫喫なんて行っても」
「うるせェ!!!いこう!!!」
 とある有名漫画の仲間の勧誘セリフをガラガラの喉で叫んだ蝉丸は蓮の首根っこを掴む。これは逃げられそうにない。
「おおおお!!!」
「なんでお前まで声枯らしてんだ?お前歌ってないだろ?」
「乗ってやったのにお前ってやつは!!」
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