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黒瀬翔、過去

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「いつまでも子供だと思うなよ!俺だって成長してるんだ!」
 翔に一撃お見舞いして悠馬が翔に叫んだ。その雄叫びは昔の悠馬からは全く連想できない姿で、翔の怒りを焚き付けた。
「いつまでも子供じゃない?成長している?何を言っている」
 怒りに身を任せながら少しふらつきながらも立ち上がる。そして真っ黒な剣を大量に作り出した。
「お前はいつまでも落ちこぼれだ!」
「土塊の壁!」
 翔の真っ黒な剣は悠馬の作り出した土の壁に突き刺さる。悠馬はこの壁では即座に破壊されてしまうと思っていたが、壁は壊れなかった。
「おお!この壁いつもよりでかいし硬い。これが俺と大地の能力を掛け合わせて倍増してるって事か!」
「と、喜んでいるだろうな。しかし」
 翔が一歩踏み出して土塊の壁にデュランダルで一閃する。この剣撃は先程よりも威力がかなり上で壁が最も容易く壊れ果てた。
「く!そう簡単にはいかないよな」
「当然だ、お前は弱いのだから」
「紅蓮球!」
 悠馬は翔に向けてできる限り多くの火球を投げつける。その火球を作り出す速度も、火球一個一個の大きさも威力も倍増されており今までとは全く状況が変わっている。
「で、それがどうした?」
 悠馬の放つ火球は全て翔が指を鳴らした際に現れた闇に吸収された。
「なっ!反則だろその能力!」
「いいや、闇で吸収出来るのは能力のみ。だから、剣で決着をつければいい!」
 目を殺意で輝かせて翔は悠馬にデュランダルを振る。悠馬もすかさず魔王剣でデュランダルを受け止めるが。
「重い!なんだよこの馬鹿力!?」
「これが俺の本気の剣撃だっ!」
 翔が目を見開いて腕を高速で操作する。翔の一撃一撃が悠馬の剣より早く、魔王剣より重い。
「がっ!ぐはぁ!そうか、剣撃は能力じゃはいから倍増出来ない。これは完全に俺と兄ちゃんの実力の差、なのか」
「そうだ。お前は!俺には一生勝てないんだよぉ!!」
 翔のデュランダルが悠馬の右肩から腰に向けて斜めに切り裂かれる。悠馬の体からは多くの鮮血が噴き出し、翔の体にへばりつく。
「がっ!ゴフッ」
「終わりだ。死ね」
「待った、最後に。質問に答えて、くれない?」
 翔は死にかけの悠馬の目を見るとデュランダルの血を拭き取りながら王座に座った。どうやら勝手に質問しろと言うことなのだろう。
「じゃあ質問、兄ちゃんはどうして、地球を侵略しようとしてるの?」
「・・・あの世界が憎いからだ。お前も含めてな」
「俺も、か。でも、なんで憎いんだよ。兄ちゃんは、凄い人だったじゃないか」
 悠馬がそう言うと翔は殺意を放ち悠馬の体を蹴り飛ばす。
「がっ!ぐぅぅ!」
「調子に乗るなよ。お前が回復するまでの時間稼ぎをしていることなどお見通しだ。仲間が来るまでの時間を稼いでいることもな。それでも貴様を生かしているのは絶望して欲しいからだ。増援に来た仲間が全てなす術もなく殺されたお前はどんな顔をするのだろうな、少なくとも。あの時の様な顔は出来まい!!」
 翔の表情は今まで見た中で一番怒りに満ちており本当に世界を憎んでいる事が分かる。
「一体、何があったの?」
「・・・冥土の土産に教えてやろう。俺が地球を侵略し、破壊する動機をな」
  ◇
 黒瀬翔は優秀だった。小学生の頃から成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗ときたものだ。そのお陰で常に多くの友に囲まれて充実して、楽しい毎日を送っていた。しかし、その平穏は崩れ去る。
「八十八点。百点じゃない」
 翔が中学生になった時、人生で初の百点以外の点数を取った。科目は英語。
「どうしたんだよ翔。調子でも悪かったか?」
 友である斎藤槍悟が笑いながら声をかけてくる。ちなみに彼の点数は平均より少し下の四十六点なのだがいつも笑顔で笑っている。
「いや、大丈夫だ。中学生を舐めてたみたいだな」
「なら良かった。また勉強教えてくれよ!」
 その出来事から、翔が出来る事は少しずつ減っていった。体育の授業では翔よりも上手い人が何人も存在しており翔よりもかっこいいと噂される生徒も現れる。勿論翔よりも成績優秀な人も。そしていつも多くの友に囲まれていた翔は、一人になった。
「翔ー!一緒に帰ろうぜー!」
「ーーーー」
「あん?どうしたよ?」
「完璧じゃないと、みんなから必要とされない。完璧でいないと、俺の存在価値はない」
 幼い頃から多くの友に囲まれて生きてきた翔にとって、孤独というものは初めての体験だった。更に言うと、いつも向こうから話しかけてくれたり、話題を出してくれていたので翔は友達の作り方も分からなかった。
「お兄ちゃん!遊ぼ!」
「悪い悠馬、兄ちゃん勉強しないといけないんだ」
 その日から翔は努力を積み重ねた。常に完璧である為授業の予習復習、応用問題を何度でも解き直し出来なかった問題は出来るまで。当然の事と思う人もいるかもしれないが今まではなんとなくで満点だった翔にとって努力とは辛いものだった。
「翔君」
「黒瀬ー!」
「翔!補修になりそうなんだ!勉強教えてくれよ!」
 翔の努力の甲斐もあり翔の周りには少し少なくなってはいるがまた友に囲まれた。運動などは努力でどうにかなるものではなかったが勉強は努力次第でなんとでもなる。皆に囲まれる生活は翔に平穏をもたらした。
「うっ、なんか、気持ち悪い」
 しかし、その平穏は短い時間しかなかった。寝る間も惜しんで勉強していた翔は教室で皆に囲まれている途中で嘔吐をしてしまったのだ。
「おはよう、皆んな」
「おう翔!大丈夫だったかよ!」
 その日は病院に行く為に早退した。そして次の日には笑顔で登校したが。
「あ、うん。おはよう」
 友の対応がまるで違った。勿論皆がそうではない。心配してくれる人もいた。しかしその人も翔の元から離れていった。寝ずに勉強をしていた事で目に隈が出来て人を近寄らせなくしていたのだ。
「また勉強か?最近寝てないだろ!次の英語の授業は小テストだから寝れるぜ!」
 槍悟はそう言うがそんな訳にはいかない。友がいない。翔の存在意義が消えている。だから、完璧にならないと。せめて勉強だけでも。そして。遂に翔の体は限界を迎えた。
「黒瀬、今回はテスト悪いぞ?何かあったのか?」
「いえ、少し調子が悪かっただけですよ」
 その様な会話を何回かしても先生は翔の隈に気づかない。
「黒瀬君。勉強教えてくれない?」
 クラスメイトの女の子も翔の心境など全く気がつかない。
 辛いんだ。苦しいんだ。誰か気づいてくれ。救ってくれ。
「兄ちゃんは凄いよな。なんでも出来る完璧ってやつでさ」
 三つ違いの弟は今でも翔が完璧だと思い話しかけてくる。その目は子供の頃の様な輝きは薄れていたが、弟の目を見ていると昔のキラキラと輝いていた目を思い出す。もう、完璧な翔などいないのに。
「なあ、サボっちまおうぜ!学校サボって遊びに行くの、夢だったんだよ!」
 悪友の槍悟の誘いに、翔は乗った。今までなら笑って断れた。これまでなら少し真面目に注意出来た。だが、今はそんな事出来なかった。
「ハハハハハ!」
「ふっ、フハハ」
 槍悟との初めてのサボりは、本当に楽しかった。
「学校サボってなにやってたんだ!最近成績も落ちてきているし、真面目に勉強しろ!」
 先生が翔に怒鳴り散らす。真面目に勉強しろ?翔が真面目に勉強しても何もしてくれないのに?翔が勉強し過ぎて苦しんでいても何もしてくれなかったお前が、真面目に勉強しろと言うのか?
「翔、学校サボったんですって?あなたは悠馬の憧れなんだから、あまり悠馬を悲しませたり失望させる様な真似はしないで頂戴」
 弟第一な母は翔を叱るでもなく注意喚起の様なものをして仕事に行った。怒らないのか?
「どうして、怒らないんだよ」
 先生に怒られた時には凄く腹が立ったのに、母に怒られなかった時はそれ以上の怒りが込み上げた。誠に勝手だが、叱って欲しかった。何をやっているんだと、怒鳴って欲しかった。そうすれば、翔は自分が愛されていると感じられそうだったのに。
「中学生の自殺が流行っている。お前達も辛くなったら抱え込まずに先生や友達、親御さんに相談するんだぞ」
 先生に相談しても相手にされない。親もそうだ。弟の事しか頭にない。友達など、いない。一人頭に浮かんだが、あいつに相談したところで何も解決などしない。ならいっそ、自殺してやろうか。そうすればあいつらも反省する。先生に死ねと言われたと遺言を書けばもしかしたら逮捕させられるかも。
「なんでだ、どうして出来ない!」
 自殺しようとした。しかし、出来なかった。家で死ねば弟が翔の死骸を見る事になる。他の場所でもダメだ。優等生だった翔がちらつき、優等生は、完璧な人間は自殺なんかしないと囁いてくる。そんな翔の前に現れたのは。
「ぶーぶー!」
 一人の子供だった。
「ははっ!そうか」
 その子供を使えば簡単に死ねる。その子供を突き飛ばし、その子を庇ってトラックに撥ねられた。
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