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イザヨイと恭平

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 魔王軍がウォーリスの元で鍛錬を始めてから三ヶ月が経過した。
「恭平様!どうぞお茶です!」
「おお。サンキューなイザヨイ」
「イザヨイよ!ワタシの分はないのかー!?」
 鍛錬も順調に進み、恭平は持ち前の防御力に加えてカリギリから学んだ戦闘技術を身につけていた。その技は日本の空手や柔道などを思わせる技も多く存在していた。
「あら、イザヨイがお茶持ってきたってことはそろそろ休憩時間かしら。これでようやく一息つけるわー」
「鍛錬つけてくれてありがとうございますムラサキさん」
「お陰で私も悠馬さんも格闘技術が上がりました」
「メイも肉体改造なしで戦えるよー!」
 ムラサキに鍛錬を受けていた悠馬、桜、メイも能力に頼り切りになる戦い方を修繕し、より強く無駄のない動きを出来る様になっていた。始めのうちは駄々を捏ねていたツクヨミも少しずつだが鍛錬に参加する様になり、少しは強くなった様に思える。だが悪魔でも少ししか参加しない為勇者との戦闘には出さない方がいいだろう。
「妾は後方支援が役割じゃ。汗と血を垂らしながら勇者と戦うのはお主らの仕事、妾はごめんじゃ」
 そして一番目覚ましい進化を遂げたのは遥香だ。
「神威解放!あげていくっスよっー!」
「ぬっ!まだ甘い!もっと無駄を無く、ん?無駄が無くなっとるの」
「はぁぁぁ!」
 ウメとの鍛錬を常に全力でほとんど休む事なくおこなってきた遥香はウメの指導を丸ごと取り込んでかなり上達した。その力は勇者と戦っても確実に渡り合えるだろう。
「遥香、ちゃん。きびしーいよ」
 一方遥香と同じように鍛錬に打ち込んでいたが緑はまだまだだった。緑は元々体力があった訳ではないし遥香やメイの様に神のサポートもない。よって緑にも成長と言うものがみられても少しのものだった。
「まあ、仕方ないっスよ。緑は自分達の支援をお願いするっス」
「う、うん!支援なら任せて」
 緑はウメの鍛錬を受けながら桜による能力訓練も受けていた。どちらかと言うと能力訓練の方がメインで。その甲斐あってか美樹が使っていた攻撃用の風も使える様になったし、慈愛の風も以前よりも範囲や威力が上がっている。魔王軍は確実に強くなっていた。
 そしてウォーリスの集落から旅立つ二日前の夜へと突入した。
「桜。周囲の警戒お疲れ様。勇者の動きはどうだ?」
「王都には目立った動きはありません。地球に移動する装置というものもまだ完成していないのでしょう。私達を追っている勇者は少しずつではありますが接近してきています」
「つまり、そろそろ見つかるってことっスか?」
 見張り台の上で様子を見ていた桜に下から悠馬と遥香が声をかける。その二人を見て桜も下に降りてきてそう言った。
「そろそろお暇の準備をしないとな」
「はい。ムラサキさんに伝えに行きましょう」
 桜は悠馬の言葉に同意するとムラサキのいるテントへと向かった。
  ◇
「えー。本日で皆様がまた勇者を討伐しに行くと言うことでご馳走を用意させていただきました。遠慮なく食べていきなされ」
「いやったー!メイ食べます!」
 そろそろ出ていくとムラサキに伝えるとその隣にいたウメが「それなら盛大に祝わねば」と言い出したので本日は宴。悠馬達の成長を祝い、勇者を打ち取り世界を救う事を願っての宴だ。
「よーし!今日は飲むぜー!アタシより酒の強い奴は出てこーい!」
「自分が相手っス!飲んだことないけど!」
「遥香ちゃん、やめた、方が」
 ウォーリスの伝統料理の様々がどんどん口に運ばれ消えていく。初めて目にした時は衝撃で食べられなかった蛇肉も今は美味しく頂いている。
「妾は、よっぱらっーて、おにゃーん!」
「ふっハッハッハ!神でも酒には勝てねぇのか!こりゃいいもん見れたぜ!」
「ヨミ!おにゃんって!ニャハハハ!」
「おい待て!誰だメイに酒飲ませたのは!?」
「悠馬さん、これは、子供ビールで」
 ウォーリスとの最後の夕食は酷く騒がしいものだった。その空気に少しだけ酔った恭平は空気を壊さぬ様に静かに席を立った。
「恭平様。お肉をお持ちしましたよ」
「イザヨイか。別に食ってていいんだぞ?」
 テントから出て夜空を眺めていた恭平に大きな肉を持ったイザヨイが寄り添う様に隣に座った。
「こんな楽しい時間も、もう終わりなんだな。だが、寂しがってる場合じゃねえ」
「はい」
「俺達は勇者を倒して、悠馬の世界を救って、俺達の世界を救ってみせる。その為なら、なんだってやってやるぜ」
「はい。でも、無茶はしないで下さいね」
 拳を空に突き上げる恭平の横顔を見ながらイザヨイはふと自分の気持ちに気がついた。
(嗚呼。イザヨイは悲しんでいるんだ。恭平様がいなくなることもだけれど、恭平様が死んでしまうかもしれない戦いに身を投じることを)
 ウォーリスとは戦闘民族。敵と闘い、朽ち果てるのが生き様。実際にウォーリスを滅ぼそうとする勇者と闘いその命を落としたイザヨイの父も、悲しみなどは見せなかった。
「私が行って欲しくないと言ったら、恭平様はどうしますか?」
 自分で言った言葉に目を見開き口を手で覆い隠す。ウォーリスの長であるイザヨイが言ってはいけない言葉だった。
「ウォーリスは戦いに行く戦士に行くなって言っちゃいけないんだったっけ?」
「はい。すみません。今のは忘れて下さい」
「そうか」
 夜空の下、緩やかな沈黙が流れる。その沈黙の時間は本当はとても短いものなのに、凄く長く感じる。その沈黙を破ったのは恭平だった。
「行かないでって言われても、俺は行くよ」
 イザヨイはその言葉を聞いて安堵すると同時に胸に痛みが走るのを感じた。ウォーリスとしては戦いに行く戦士に余計な気持ちにならせなかったことを安堵し。女としては愛する男を戦場に出したくないという痛みが胸に走る。
「だが、絶対に死なない」
「え?」
「俺には家族がいる。友人も少ないがいる。俺の帰りを待ってくれる人や、俺を好きでいてくれる人も、いる」
 恭平は最後のセリフに少しだけ頬を染めながら言葉を口にした。
「俺は死なない。お前の元に必ず戻る。だから、心配すんな」
 恭平の顔を見て、声を聞いて、イザヨイの目からは涙が溢れた。始めは強い男だと聞いていたから心がときめいた。イザヨイやカリギリの技を受けてもなお戦う男気が好きだった。だが、恭平の溢れるばかりの優しさも、イザヨイは愛していたのだろう。
「なんだかズルいですね。男の人というのは」
「ズルいのは女の子だろ。初対面でいきなり告白されて、照れない男なんていないぜ?」
 二人で見つめあって笑い合う。この時間がずっと続けばいいとそう思う。しかし、永遠とは存在しない。恭平は明日には命を賭けた闘いに出て、イザヨイもウォーリスの長としての役割を果たす。その為の一夜だ。
「恭平様は、イザヨイの事をどう思っていらっしゃいますか?」
「なっ?」
「だから、どう思っていらっしゃいますか?」
 イザヨイの質問に恭平は顔を赤くして目を逸らす。
「あ、逃げてはいけません。男たるものどんな相手からも目を逸らしてはなりませんよ」
「それは、あれだ。というかイザヨイ酔ってるだろ。酔いは覚まさないとだろ、な?」
 答えようとしない恭平にイザヨイは頬を膨らませて拗ねる。そして強引に恭平をイザヨイの方へと振り向かせた。
「うおっ」
「あっ」
 力ずくだった事もあり勢いが強く、二人の顔は思っていたよりもずっと近くにあった。お互いの息が掛かる程近くにあった二人の顔は即座に遠ざかった。これはお互いが顔を遠ざけた為であった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ」
 またしても沈黙。お互いの顔は苺などより赤く恭平に至っては耳や腕なども赤くなっている。
「イザヨイは、、き、よ?」
「へ?ごめん、なんだって?」
 二度目の沈黙を破ったのはイザヨイ。イザヨイの小さな言の葉を聞こうと恭平が聞き返すとイザヨイは先程よりも大きな声ではっきりと呟いた。
「イザヨイは、好きですよ?恭平様の事」
「お、おおう」
「言っておきますが!お慕いしているのですよ!?愛しているのですよ!?ライクではなくラブですよ!?」
「おおおお!わ、分かってるよ!ちゃんと分かってる!」
 以前桜から聞いていた勇気を出して女の子がした告白を友情などと勘違いする話にならない様に手を振り回しながらしっかりと愛を伝える。お互いその事でパニックになってしまったので逆効果かもしれないがそれはそれだ。
「では、信じていますからね。イザヨイは!貴方様を信じていますからね!」
 イザヨイは慌てながら恭平にズカズカと近づくとそのままの勢いのまま強引に唇を押し付けた。
「ででで!では!」
 どんな赤いものよりも体を真っ赤に染めたイザヨイはそのまま寝室のあるテントへと立ち去った。恭平の唇に柔らかな感触だけを残したまま。
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