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4章 最終編
エピローグ
しおりを挟む「六継紀ー!早く起きないと遅刻するぞー!」
「んー、分かってるぅー。今行くー」
部屋の扉をノックして六継紀の部屋に入るとそこにはまだ寝巻き姿のままベットの中にいる六継紀が見えた。七尾矢はそんな六継紀に呆れながら優しく起こす。
「今日は父さんのお見舞いがてら服とか届けに行くけど、六継紀は何か伝言とかある?」
「ん、いいよ。私も学校終わったらお父さんの所行こうと思ってたし、その時伝える」
戦いは終わった。しかしこれまで自分には適性のない異界武具を薬でドーピングして無理やり戦っていた賢五の体は限界を迎え、近くの病院に入院している。デメテルの加護のお陰で命に別状はないそうだが、やはり心配なので様子を見に行く。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
元気いっぱい高校に出かけた六継紀を見送って七尾矢も準備をして病院へ行く。
「父さん、体調はどう?」
「七尾矢か。体調はいい。だが、体が殆ど動かない。医者によればリハビリをすれば普通に歩くなどの日常生活を送れはするそうだが、今まで通り戦う事は出来ないそうだ」
「そりゃそうだ。というかもうそんな必要無いよ」
嬉しそうに笑う七尾矢に釣られて賢五も笑う。そう、もう戦いは終わっている。長く続いた賢五の戦いは既に終戦を迎えているのだ。
「そういえば、特異課の他の奴らはどうなった?」
「ああ、父さんは帰ってきてから直ぐに入院しちゃったから知らないのか」
特別異界対策課は解散した。理由は簡単。もう必要無いからだ。正確に言うのならば解散すると言うのが正しいが。まだ事後処理などが残っているから。
「アレグリアは消防士に熱烈なオファーを受けて消防官になるらしい」
「天職だな」
これから先異界武具をどの様に扱うのかはまだ未定だが、アレグリアならばいざと言うときに武具なしで水を放出できる。これ程まで消防官に向いている人はいないだろう。
「ヨゾラと焔さんは警察になるらしい。最初は二人は別の部署に配属になる予定だったらしいけど、焔さんが駄々こねた結果同じ配属先になったらしい」
「焔らしいな。あいつは立場や地域など関係なく言いたいことを言う奴だ」
「ナウラさんは暫く休みたいって言ってたな。生きていく為には働かなきゃいけないって悲しそうに言ってたけど」
当然全員が全員特異課が無くなった後の働き口が決まっている訳ではない。ナウラは後処理が終わったら正真正銘の無職となる。
「あいつは基本怠け者だからな。最近は人手が足りなさすぎて彼女には多くの迷惑をかけた。暫くゆっくりしてもバチは当たらないだろう」
賢五の言葉に七尾矢は深く頷く。ナウラの後方支援には非常にお世話になった。ナウラがいなかったらきっと七尾矢はここに立っていることは無かっただろう。それは賢五も同じ様だ。
「でもナウラさんなら何でもやれそうだよね」
「何でも、は言い過ぎだがな。情報収集能力から見てIT関係の仕事は出来るだろうし、医療系も適任だ」
七尾矢の話を楽しそうに聴く賢五。そんな賢五には悪いがそろそろ大学へ向かわなければ講義に間に合わない時間だ。
「じゃあ俺は行くよ。学校が終わったら六継紀も来るらしいから」
「そうか。把握した」
持って来たものを賢五に渡して病院を去った。
◇
今更だが六継紀と七尾矢も特異課が解散した事で今まで通りの学校生活へと戻り、七尾矢も一度は休学していた大学に復学した。そう、今まで通りの。
「あなた様!本日は拙は愛妻弁当を作って来ました!あーんで食べさせて差し上げますね!」
「何が愛妻弁当よ!七尾矢とあんたは別に結婚もして無ければ付き合ってもないじゃない!」
騒がしい教師の中七尾矢は頭を抱えていた。教室の中央辺りに位置する椅子に座る七尾矢。その左隣に座るのは七尾矢の事を旦那様と呼ぶ異世界の女の子。右隣にはその女の子に張り合う様に七尾矢の腕を強く掴む少し年上の女性。
「何でこんな事に」
大学に復学した日に何故か同じ大学、同じ学年に編入して来ていたレインと茜の対応に七尾矢はお手上げ状態だった。
「というか何でレインはこの大学に?幾ら寝返ったからって、レインにも罪を償う様に言った筈だけど?」
「勿論罪を償います。拙が今まで殺した人々の百倍の人間を救う為に努力します。しかし!拙自身も幸せにはなりたいので!」
「こいつ、こう言って聞かないのよ。だから私もお目付け役としてここに入ったって訳。べ、別に七尾矢と一緒に学生がやりたかった訳じゃないわよ!?」
典型的なツンデレを目の当たりにしながら苦笑いしか出来ない七尾矢。逆に茜が来たせいで凄く目立つし人々からの視線が痛いし、男友達も女友達も話しかけてこなくなったのだが。
「席につけ。講義を始める」
講義の時刻になり強面の教授が教室に入ってくると流石に二人も七尾矢から離れるが、講義が終わるとまたくっついてくる。美女二人に抱きつかれれば悪い気はしない。悪い気はしないが。
「胃が痛い」
やはり荷が重すぎる。出来る事ならこの二人とは離れて大学生活を送りたい。送らせては貰えないが。
「お昼にしましょうかあなた様。今日は旦那様の好きな卵焼きを作って来たんですよ」
「わ、私も作って来たんだけど」
大学に備え付けられた小さなテーブルと椅子に座る七尾矢の両隣にそれぞれお弁当が置かれる。一つは凄く美しく、栄養なども考えて野菜なども入っている普段から料理をする人が作ったお弁当。もう一つは所々焦げていたり茶色い食べ物が多めの少し不格好なお弁当。
「俺もあるんだけど」
そしてその中央にプロ顔負けの栄養、調理法全て完璧なお弁当が置かれる。
「あら、では拙のお弁当はあなた様にあーんで食べさせてあげるので、あなた様は拙にあーんして下さい」
「いい加減にしなさいよ!七尾矢!こんなやつにあーんする必要なんてないわ!やって欲しいなら、私がしてあげなくも、ないし」
嬉しそうに笑うレインと自分で言った言葉に顔を赤面させる茜に挟まれた七尾矢は大きなため息を吐いた。
「すみません茜さん。レインを俺から引き離す為にわざわざ俺が好きみたいな演技させちゃって」
「え!?」
想像外の言葉に茜が素っ頓狂な声をあげる。
「レインも。あのプロポーズは六継紀を助ける為の嘘で、俺は本当にレインを愛して無い。だから俺への熱が冷めたら直ぐ別の道を探していいんだからね」
自分に向けられた好意を演技と一時の暴走と思い込んでいる七尾矢の言葉にレインと茜は黙り込んだ。そう、神谷七尾矢という男は。絶対的鈍感男なのである。自分に好意を寄せる女性などいないと本気で思い込んでいるのである。
「これは、めっちゃ苦労しそうね」
「しかし拙達は旦那様を諦めきれない。なぜなら好きになってしまったから。これが惚れた弱みというやつですね」
「ん?」
茜とレインは話についていけない七尾矢を置いて二人で顔を合わせ、笑った。
「構いませんよあなた様。拙は未来永劫あなた様を愛しています。そしてあなた様にも拙を愛していただける様全力でアピールしますから」
「私もよ。この際だからハッキリ言っておくわ!私はあなたが好き!愛しているの!だから全力で私に惚れさせるわ!覚悟しておきなさい!!」
二人が覚悟を決めて七尾矢に向かい合う。
「「あーん」」
そしてお互いのおかずを箸で掴んで七尾矢の口元へ持っていった。
「なっ!?」
全体的に甘く味付けされているであろう綺麗な卵焼きと少し焦げている生姜焼きの肉が七尾矢の口元にある。これをどちらから食べても、きっと後々遺恨が残る。だが、そんな心配は直ぐに消えた。
「あーん」
「ん!?」
第三のおかずが七尾矢の口に運び込まれたのだ。運ばれたおかずは餃子。その餃子は実に美味だ。美味だが、凄くどこかで食べた事のある味だ。具体的に言うのならば昨日の晩御飯に。七尾矢自身が作った餃子。
「ちょっとー。何お兄ちゃんに色目使ってる訳そこのメス二人」
「な、六継紀!?何でここにいるのよ!?」
「あら六継紀ちゃん。幾ら旦那様が好きと言っても夫婦の憩いの時間を邪魔するのはちょっとお義姉ちゃん怒っちゃいますよ?」
「何がお義姉ちゃんだ!!!お兄ちゃんと結婚するのは私だもんね!!!私が小さい頃から結婚の約束してるんだから!!!」
突然割り込んできた六継紀に二人が講義しようとすると六継紀が大学中に響き渡る程大きな声で問題発言をする。
「ちょっ!!!何言ってるだ六継紀!後高校はどうした!?」
「お昼休みだからお兄ちゃんに会いに来た」
「早く戻りなさい」
「いーやーだー!!!ギリギリまでお兄ちゃんと一緒にいるー!!何なら授業サボってお兄ちゃんの側にいるー!!!」
異世界人との世界を巡る戦いは幕を閉じた。だが。
「六継紀は無視するわよ!ほら七尾矢!まだまだ全然食べてないんだから食べなさい!」
「あなた様。あーん」
「あ!ふざけんな!!お兄ちゃんあーん!ほら口開けて!あーん!!!」
「もうやめてくれーーーー!!!!」
戦う場所と相手が変わっただけで、神谷七尾矢の戦いはこれからも続きそうだ。
豊穣の剣 完
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