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4章 最終編
53話 幸せになってね
しおりを挟む「はぁはぁ!ただいまー!」
「お邪魔します」
何とか狂ってしまった人々から逃げ切った焔と蘭は灯室家へと辿り着き玄関を開けた。
「焔?おかえり。いやおかえりじゃないわ!学校はどうしたのよ!?」
「それどころじゃ無いんだよ!!」
焔と蘭を出迎えてくれたのは焔の母だ。焔の母は学校に行く時間だというのに帰ってきている焔に驚く。
「忘れ物かい?でも蘭ちゃんまで連れてくる事ないだろ?」
「違うんだよ父さん!ひとまず話を聞いてくれ!」
今日は偶然会社が休みだった焔の父親が笑いながら言ってるから焔が少し怒った様に事情を話す。
「えぇ?何よそれ」
「うん。信じがたい話だな。それは本当に本当の話なのかい?」
「本当です。焔は嘘は付いてませんよ」
日頃の行いのせいで両親に信用されない焔に蘭が救いの手を差し伸べる。
「蘭ちゃんが言うなら、本当なの?」
「蘭ちゃんが言うなら間違いじゃ無いだろうね。大変だったね二人とも」
「なんだ、この蘭への絶対的な信頼は」
自分は一切信頼されなかったというのに蘭は絶対的に信頼されている。この事実に焔はショックを受けるが、日頃の行いがあれなので致しかない。
「とにかく、警察に通報しないと」
「いいえおじさん。通報するのは警察ではなく特異課へ。あの言動は異界武具の仕業に違いありません」
「特異課?それって特別異界対策課かい?」
焔の父が蘭にそう聞き返すので蘭は真剣に頷く。その表情を見て焔の父もごくりと喉を鳴らして電話を手に他の部屋へ入って行った。
「とにかく流石に家の中までは入ってこないでしょう。ここは一服したら?」
「それはそうだ。はぁぁぁ。つっかれたぁぁ」
「ありがとうございます」
母親にそう言われてソファに全力で倒れ込む焔と静かに椅子に座る蘭。静と動の化身と言われて納得してしまうレベルの正反対さだ。
「あ、そうだ。昨日買ってきたケーキがあるの。蘭ちゃんと焔で食べなさいな」
「やった!私チーズケーキで!」
「ありがとうございます。お手伝いしますよ」
「ありがとう。ならこれ運んで頂戴。私はフォーク持ってくるから」
母親は笑って蘭にケーキを渡す。お皿に乗ったケーキを蘭は動く気のない焔の目の前の机に置く。置いたのは焔の希望したチーズケーキ。自分はチョコレートケーキを取った。
「はい。蘭ちゃんフォーク」
「ありがとうございま」
蘭のお礼の言葉が突然途切れる。その理由は簡単。焔の母親が手に持っているフォークを蘭の首に突き刺したのだ。
「「え?」」
母親と蘭の言葉が被る。蘭の言葉ならともかく、自分の腕で蘭にフォークを突き刺した母まで驚きの声をあげるのは異常だ。
「ご!ごめんなさい蘭ちゃん!直ぐ治療しなくっちゃ!」
「待っ!」
その言葉とは裏腹に蘭の首に突き刺さったフォークを思い切り引き抜き、もう一度強く差し込む。これはまるで突然おかしくなってしまった街の人々と同じだ。
「っ!疾風の鞭!」
予想もしていなかった攻撃に反応がかなり遅れてしまったが母親を引き離す為に腰に下げた疾風の鞭を起動。突風を巻き起こして母親を吹き飛ばした。
「何だ!?何があったんだ!」
「焔!?蘭ちゃん!母さん!無事!?」
そのあまりに大きな音に反応して焔が起き上がり、父は近場にあった愛用のゴルフクラブを握って部屋から出てくる。
「お、おばさんがおかしくっ!!」
先程起こった事を説明しようと前を見た蘭はまたしても驚愕する事になる。焔の父が手にしたゴルフクラブを両手で握り焔に振り下ろそうとしているのだから。
「焔!」
「なっ!」
咄嗟に焔を庇って蘭がゴルフクラブの強烈な一撃を受ける。
「蘭!?父さん!?急に何を!?」
「分からない!体が勝手に!?これが二人が言っていたおかしな動きという奴か!?」
「くっ!」
痛みに耐えながら風の刃を作り出し父が握っていたゴルフクラブを粉々に砕く。これで武器は無くなった。が。
「くっ!か、らだが!勝手に!」
「父さん!?しっかりしてくれ!」
武器が無くなった所で父の行動は変わらない。更に吹き飛ばした焔の母親も起き上がっている。
「焔、落ち着いて聞いて。この状況をどうにかしないと、私達はみんな死ぬ」
「う、うん!それは不味い!?でも、蘭なら何か解決方法があるんだろ!?」
今両親から逃げる事は可能だろう。だが、この家から逃げて何処へ向かえばいいのか。外には既に多くのおかしくなってしまっている人々がいる。
「だから、あなたの両親を殺すわ」
「・・・は?」
聞こえた言葉があまりにもおかしくて焔は乾いた笑いを浮かべる。両親を殺す?何を言っているのか。
「二人は何者かに操られてる。けど、死んでしまえば操る事は出来ないはず。ここから逃げる事は出来るけど、私の体は上手く動かないし、外にも操られてる人達がいる。だからここで二人を殺害してこの家の中で特異課の助けを待つのが一番安全なの」
「そんなの、ダメだ!」
「いいえ、そうして頂戴蘭ちゃん」
蘭の言葉に全力で首を横に振る焔。その焔とは対照的に母は驚く程素直に蘭の提案を受け入れた。
「そうだな。今の僕達はおかしい。この手で娘を殺してしまうくらいなら、僕は自分から死を選ぶよ」
「父さん、母さん。な、何言ってんだよ、ふざけてる場合じゃ」
焔がそう言いながら二人を見て、言葉を止める。二人の瞳は真剣そのものだ。
「ごめんなさい」
蘭は心の底から二人に謝り、風の刃で二人の命を断とうと疾風の鞭を起動した。
「だ、ダメだ。やめてくれぇぇぇぇ!!」
衝撃。風の刃を焔の父に放とうとしていた蘭が焔に突き飛ばされる。それにより、蘭が放った風の刃が、蘭の下腹部を切り裂いた。
「ほ、むら」
「あ、ぁぁぁぁ」
蘭が小さく呟いて床へ倒れ込む。出血が酷い直ぐ様治療しなくては死んでしまう。だが、今蘭を治療出来るのは焔のみ。そしてその焔は自らの手で親友を殺してしまいそうになっているという現状に立ち尽くす事しか出来ない。
「焔」
母の優しい声に救いを求めて母の方を向くと母は鋭い包丁を焔に投げた。
「な、か、かぁさん」
「それで、私達を殺して」
無理だ。普段はズボラな焔を叱ってばかりいるが、誰よりも焔を愛してくれる母を。普段から優しいが門限を破ってしまった時は凄く怒ってくれた、誰よりも焔を心配してくれている父を。殺すなど。
「焔、お願いだ」
「焔、お願い」
「む、無理だ。出来ない。できる訳ない!」
その場で泣き尽くす焔。そんな焔に両親は声をかけ続ける。自分の体を制御できない。時間が経てば両親はきっと焔を自らの手で殺してしまうだろう。それだけは絶対にあってはならない。
「焔!!!」
「焔!!!」
そんな両親の想いに。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
焔は答えた。母親に、父親に。鋭い包丁を胸に突き刺す。
「すまない、お前にこんな事をさせて」
「本当にごめんなさい。でも後追いだなんて事は絶対にしないで」
「うっ。ぐすっ。父さん、母さん」
「焔、」
「お前は」
「「幸せになってね」」
子供の様に泣き喚く焔を両親は力一杯抱きしめて、耳元で二人の宝物の幸せを願った。
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