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1章 特別異界対策課編
7話 初陣
しおりを挟む「茜さんって他の人から代理隊長って呼ばれてますけど。なんで代理なんですか?」
とある日の昼休憩中。七尾矢は数日前から思っていた質問を茜に尋ねた。
「・・・結構ズバッと聞いてくるのね。我ながら結構デリケートな話だと思うんだけど?」
「はい。だから今日まで聞けなかったんですよ」
七尾矢なりに聞くべきかどうか悩んではいた。茜はアレグリアやヨゾラに代理と呼ばれるのを嫌がっている様に見えたから。しかし。
「悩みがあるなら相談に乗ってあげたいと思いまして。まだまだ新人で頼りにならないかも知れませんけど、愚痴ぐらいならいつでも聞けるので」
悩み、思い詰めてしまっては元も子もない。故にその悩みを解決、もし解決できなくても共に解決方法を探してあげたいと思ったのだ。
「ふふっ。ありがとう、優しいのね」
「これくらいしかできる事が出来ませんけど」
「まあ正直言って悩んではいないんだけど。これは貴方も知っておいた方がいい事かも知れないから、話しておくわ」
茜は七尾矢の特製弁当を食べ終わり両手を合わせるとその後口を開く。
「あなたは二年前に大規模な戦争があったのは知ってる?って、知らないわけないわよね」
「はい。俺も六継紀も指示に従って避難しましたからね」
二年生の大規模戦争。組織が多くの隊員を連れてこの世界に攻めて来た。苦戦を強いられはしたが特異課の人々が組織を追い返した戦争として七尾矢は記憶している。
「その戦争で、特異課総員百九十八名中一九二名が殉職したの」
「へ?」
思いもよらない言葉に七尾矢は目を丸くする。確か当時のニュースでは特異課の勝利と。
「政府は勝ちと発表したけどね。本当は私たちの負け。それも完敗よ」
あの地獄を茜は忘れる事は無いだろう。尊敬していた先輩は切り裂かれ、お世話になった恩師は粉々に潰され、共に生き残ろうと誓った友は灰へ変わった。あの光景に名前を付けるならば、地獄以外に適切な言葉は無いだろう。
「じゃあ、どうして組織は撤退を?」
「組織の目的はこの世界。だから無意味な殺生はしない。早めの降伏をオススメする。なんて言い残して去って行ったわ」
少し気持ち悪そうに顔を青ざめながら茜が言う。
「でも政府がそれで降伏する訳がない。直ぐに戦争の生き残りと新しく見つけた適合者とで新たな特異課を作ったわ。それが私達よ」
「なるほど」
今になってこの特異課の人数が少な過ぎる理由を知った。元々は多く居た特異課の人々が殉職してしまっていたから人数が六人しかいないのだ。
「ん?でもそれだと代理って言葉は合わなくないですか?だって隊長は茜さんでしょ?」
「よく気がついたわね。実はもう一人隊員がいて、その人こそが本当の特別異界対策課の隊長よ」
「じゃあ茜さんが代理をやる必要ないんじゃ?」
「それが隊長は団体行動が大の苦手でね。今も単独行動して一人で組織と闘ってるの。でも部隊で動く以上統率する人が必要って事で」
茜が代理の隊長に選ばれたと。話は理解したが、隊長に選ばれた癖に単独行動をしている隊長という存在が妙に腹立たしく感じる。大人だと言うのに責任感が無さ過ぎる。
「でもアレグリアは俺の方が強いとか言ってたし、年もアレグリアの方が上に見えるから。茜さんよりアレグリアの方が代理隊長に向いていたのでは?」
「そこは政府の見栄よ。この世界を守る為の部隊の隊長が異世界人なんて、上は絶対に認めないわよ」
命を賭けた戦いを前にしても見栄を気にするとは。どうやら七尾矢は上とやらの人物達とは仲良くなれなさそうだ。
「そうだ、大切な事を教えてあげるわ」
そう言うと茜は真剣な顔をして七尾矢へ言い放つ。
「戦争中、自分が危ないと思ったら逃げなさい。仲間を見捨ててでも、敵に背を向けようと。自分が生き残る事だけを考えなさい」
茜からの言葉に、七尾矢は何も言い返す事はしなかった。否、その言葉が七尾矢には重すぎて、言い返す事ができなかったのだ。
「さ、話はこれくらいにして。午後の鍛錬を始めるわよ」
茜が話を終えて立ち上がった瞬間。
<ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ>
これまでで一番と言って良いほど大きな警報音が鳴り響いた。襲撃警報は音が大きければ大きい程この世界と異世界を繋ぐ扉が大きい事を表す。
「茜!」
「分かってるわ!ナウラ!?扉の大きさはどれくらい!?どの程度の地域を守ればいい!?」
<今やってます!分かり次第通信で知らせるので早く行ってください!!!>
急いで駆け出して来たアレグリアと通信越しから乱暴な物言いをするナウラに言われるがまま茜は異界武具を握って外へ駆け出す。
「何してるの!?早く行くわよ七尾矢!」
「え!?あっ、そっか!」
七尾矢が特異課に入ってからも異世界からの襲撃は二回程あったが、そのどちらも七尾矢はお留守番だった。しかし今の七尾矢はもう立派な特異課の一員。故に襲撃警報が鳴ったら市民を護り、異世界人や異界の獣と戦わなければならない。
「各員散会して戦うわよ!七尾矢はまだ新人だし私と一緒!異論はないわね!?」
「ああ!」
「勿論!」
「好きにするといいさ」
個人個人の返事を通信で聞くと七尾矢は茜の後に付いて行く。
「ここからはこのインカム付けなさい。これで他の人と連絡取れるから」
茜から投げられたインカムを何とか掴み、耳元に装着する。異様な程七尾矢の耳にフィットして激しく走っても落ちたりしない。これも異世界の技術なのだろうか。
「テレポートするわよ!しっかり歯を食いしばってなさい!」
茜の言葉で前を向くとそこには緑色の丸い装置の様な物が見えた。茜と共にその装置に足を踏み入れたら。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
装置の天井が開き物凄い勢いで空中へと放り出された。
「着地するわよ!」
空中で身を捻って茜が弓矢を地面に放つ。すると矢からクッションが出現して空へと投げつけられた茜と七尾矢を優しく包み込んだ。
「ぶわぁっ!!な、何ですかこれぇ」
「ウチのテレポート装置よ。って何処触ってんのよ」
「へ?」
少し怒っている茜に言われてから七尾矢の手があってはいけない場所にある事に気がつく。そして気が付いた瞬間に見事な土下座を披露する。
「すみませぇん!あまり感触がなくて気がつきませんでしたぁぁ!!」
「貧乳で悪かったわね!!!帰ったら覚えておきなさいよ!!?」
しっかり謝ったと言うのに茜からの平手打ちをもらってしまった。完全に事故だしそれをしっかり謝ったのにも関わらず攻撃されるとは、女心は分からない。
「さて、市民達はみんなシェルターに避難した様ね。さて七尾矢、戦う準備は出来ているかしら?」
「はい!」
その問いかけへの返答は決まっている。七尾矢本人が生き残る為に、妹を、父を、大切な人を護る為に。戦う覚悟は出来ている。
「良い返事ね。さぁ!扉が開くわよ!!」
何も無い空に突如亀裂が走り、空に世界と世界を繋ぐ扉が形成される。その扉から、異形の怪物や見た事はあるけれど一部分や大きさが異なる獣。
「ひゃっはー!侵略の時間だぜ!!」
そして、七尾矢達と同じ姿をした人間が次々に飛び出してくる。
「あれが異世界人。アレグリア達を見てるから知ってましたけど、普通に俺達と同じに見えますね」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いわよ。あいつらも異界武具を持ってる。少しでも気を抜いたら死んでも可笑しくないからね!!」
茜が素早く雷鳴の弓を構え、獣に向かって放つ。放たれた雷撃を纏った弓矢が獣に突き刺さると獣が呻き声をあげて血を吹き出し倒れる。
「おお!」
「見惚れてないで撃ち漏らした奴殺して来なさい!」
茜の弓は早く威力も高い。故に撃ち抜かれた獣達は一撃か、運良く生き残っても次の弓矢に貫かれて絶命する。が、茜が放てる弓矢には当然限界があり、全ての獣は撃ち抜けない。更にそれが異世界人ともなると向こうも異界武具で茜の狙撃を防いでくる。その人や獣達を倒すのが七尾矢の今回の仕事だ。
「簡単に言いますけど、結構いませんか!?」
「運が無いわね!初陣からなかなかの大所帯相手の殺し合いよ!」
茜が弓を撃ってきているのに気がついたのか世界を繋げる扉が閉められる。これで新たな敵は増えない。
<こちらナウラ。聞こえますか?全四箇所の扉が閉まりました。こちらに来た組織の人間は約三十。獣達は約百五十です。直ちに迎撃して下さい>
「三十人に百五十頭!?」
「文句言わない!ほら来るわよ!」
臨戦態勢の武装した異世界人が獣を引き連れて七尾矢と茜の方へ接近して来る。覚悟を決める時だ。
「行きます、援護は頼んでも良いんですよね!?」
「ええ!思う存分暴れて来なさい!!」
茜の声と同時に七尾矢は自然の剣を抜刀。
「うおおおおお!」
七尾矢の初陣が、幕を開けた。
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