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前編
しおりを挟む「官能小説が書きてぇですわ」
「・・・・・・・・・ふぇぇ?」
普段通りの活動が行われていた文芸部の部室内で、金髪で髪の毛を巻いている少女がそう呟いた。
「え、えっと。さ、澤ちゃん?き、聞き間違いだよね?」
「官能小説が書きてぇですわ」
文芸部部長の菅野翔子(かんのしょうこ)が頬を染めながらした質問に真顔で答える少女の名は市谷澤(いちがやさわ)。とてもお嬢様の様な話し方をするが、普通の高校生である。何故こんな話し方をしているのかと翔子が聞いた時、彼女は「橘恵梨香に憧れておりますの!」と言ったそうだ。蛇足ではあるが橘恵梨香は学校のマドンナで本物のお嬢様だ。まあ、当の橘恵梨香は普通の話し方なのだが。
「翔子さんがそう聞き返してくるのは予測済みですわ。だって翔子さんは性知識なんてありませんって顔でめちゃくちゃエッチな事大好きなムッツリですものね」
「な、何を言っているの!?そ、そんな事ありませんが!?あ、ありませんが!?」
突然予想外の発言をされて更に赤面して狼狽える翔子。翔子は長い黒髪を三つ編みに纏めて眼鏡をかけた大人しい少女だ。そんな少女が、まさかムッツリとは。作者、ショックです。
「ち、ちなみに!官能小説が何かは分かっているの!?」
「官能小説(かんのうしょうせつ)とは、官能に訴える、つまり男女間もしくは同性間での交流と性交を主題とした小説の一ジャンル[1]。ポルノ小説とも。ウィキペディアより参照(1月1日)」
「わ、分かってるんだ。と、というか新年早々何を調べているの!!」
「ワタクシ!官能小説が素晴らしいと思ったのですの!官能小説に恋をしたのですわ!!!」
澤は覚悟の決まった目で迫力のある声を出す。
「ワタクシは官能小説が書きてぇのですわ!でも一人で書くのは怖いですわ!だから翔子さんにもワタクシと一緒に官能小説を書いてもらいたいのですわぁぁ!!!」
「そ、そんな覚悟の決まった顔で怖いとか言うんだ」
「怖ぇぇもんは怖ぇぇですわ!!!ワタクシ小説を書くというのもハジメテですのに官能小説とか心の臓が飛び出そうですわ!」
「そ、そうね。で、でも初めてをカタカナで書くのはなんか、え、えっちだから、やめようね?」
部室の机の上に仁王立ちで腕を組んで立つ澤の足は生まれたての子鹿の様にプルプル、プルプルと震えていた。顔だけは実に凛々しいが。
「そうと決まれば早速資料集めですわ!!書店にレッツゴーですの!!!」
震える足でよろよろと机から降りた澤はそのままの足で部室を出ようとする。
「ま、待って!未成年の私達が書店で、そ、そういう本を買うのは。だ、だめだよ」
「本気(マジ)ですの!?」
恐る恐る澤を止める翔子に大声を出しながら絶望して泣き出す澤。資料がないというのは物書きにとって死に等しい。実際ウィキペディアが無かったら数行前に官能小説の説明が載ることもなかっただろう。どうだい?資料の大切さが分かってきただろう?
「あ。わ、私の友達にそういうのを持ってそうな子がいるけど」
「おねげぇしますわ!!!その人に官能小説を持ってくる様にお願いしてくださいまし!!!神様仏様翔子様ぁぁぁ!!!」
「わ、分かったから鼻水をスカートに付けないでぇ!」
<二章に入りますわ>
「か、官能小説?」
「う、うん。も、持ってたりしない?」
翌日。文芸部に翔子の友人を招待して官能小説を持っていないかを聞いてみた。その友人の名は坂本冬三(さかもとふゆみ)。映画研究会の部長で数ヶ月前に翔子と友人になった人物である。
「ふ、冬三ちゃんとは偶然映画館で会って。お、同じ作品が好きで意気投合したの」
「まぁ私は映画そのものが好きで、ショコリンは原作小説が好きっていう違いはあるけどね」
ショコリンとは翔子の事である。冬三は仲のいい友人にはあだ名を付けたがる。翔子はその一例だ。
「初めましてですわ!ワタクシ市谷澤と申します!」
「あ、えっと。ど、どうも。よろしくお願いします。市谷さん」
「ご、ごめんね。ふ、冬三ちゃんは人見知りなの」
もう一度言う、仲のいい人にだけあだ名を付けたがる。
「しかし驚いたねぇ。ショコリンにそう言う趣味があったとは」
「ち、ちちちち違うの!こ、これには理由が!!」
ニヤニヤと笑って翔子を揶揄ってくる冬三に翔子は頬を染めながら昨日の事を説明する。
「ほほーぉなるほどぉー。つまり二人で官能小説を書くと」
「う、うん。ふ、冬三ちゃんは色んな映画の資料を集めてるから。も、もしかしたらと思って」
「すまないが紙媒体は持ってない。が、レンレンとマルミーが紹介してくれた小説投稿サイトに傑作を見つけたんだ。これを君達に授けよう」
冬三はニシシと笑いながらスマホを操作して一つの官能小説を画面に写す。少し見てみるとどうやら中々の長編の様だ。現実に長編の官能小説があるかどうかは知らない。が、この世界にはあるって事で把握してほしい。
「中々長いだろ。だからLINEにリンク送っとくよ。あ」
「大丈夫ですわ!!今交換すればモーマンタイですのよ!!!」
「そ、そうだね。よろしくお願いします」
「かってぇぇですわねぇぇ!?」
<三章が始まりますわよー!>
「ふ、ふわぁぁぁぁ」
その日の夜。翔子は自室の布団の中で冬三に送られた官能小説を読んでいた。翔子のスマホの画面には濃厚で濃密な文章の数々が並んでおり、翔子の頬を熱する。恐ろしい文章だ。だが。そんな恐ろしい文章から目が離せない。読んでは次へ。読んでは次へと画面をスワイプしていく。そして。
「全然眠れなかった」
「まさか徹夜で更新分全てを読んでくるとは思わなかったなぁ。お姉さんびっくりだよ」
「流石ムッツリスケベですわね」
翌日の部活の時間。翔子は眠そうな目を擦りながら微笑を浮かべる。
「それで、エッチだっただろう?」
「え、エッチだった。こんなのいけないと思ったのに。スワイプが止まらなくってぇ」
「やはりムッツリスケベ」
「澤ちゃん」
澤の軽口が翔子の一言で止まる。無言の圧だ。これ以上喋ったらヤられる。
「字が違うでしょ?殺られるだよ?」
「承知致しましたわ!!」
穏やかな顔から放たれる明確な殺意。これ以上は本当に命に関わると、澤は本能で理解した。故にお口チャックだ。
「それで、官能小説は書けそうかね?」
「へぇぇ!?い、いや。よ、読む分には読んだけど。か、かくとなると難しい、かも」
「なに恥ずかしがってるんですの!?ワタクシ達は官能小説を書くって誓い合ったではないですか!?」
「ち、誓ってはないよ!?誓ってはないってば!」
分かりきっていた事だが、読むのと書くのとでは全く違う。一度官能小説を読んだからと言って官能小説が書けるわけがない。それでも、それでも彼女達
は書かなければならないのだ。
「ふふ、あはははははは!!面白い!私は見る専のつもりだったけど。面白そうだし参加してもいい?」
「え?ふ、冬三ちゃんも書いてくれるなら百人力だよ!これで私は書かなくてもいいね」
「なぁにをぉ抜かしやがってんですのぉ!?三人で書くのですわ!!抜け駆けなんてゼェェッタイに許しませんわ!!!」
抜け駆けの意味が違う気がするが、指摘はしない。一緒に描く仲間がいなくて怖いという話なら冬三が参加した今、翔子まで官能小説を書く必要は無いと思うが。こういうのは理屈ではない。仲間は多ければ多い程いいのだ。
「そうだ。市谷さんはどこまで読んだ?面白かったぁ?」
「昨日は帰って速攻爆睡かましましたわ」
澤は翔子と違ってツヤツヤのお肌で、更にキメ顔でそう言い放つ。
「お、おおう。極端だな君達は」
片方は全話一気読み。そして片方は一才読んでいないとは。冬三の予想を軽々超えてくるこの二人は非常に面白い。冬三は楽しい友と出会うことが出来たと笑う。
「う、ううう。書けないよぉ。官能小説なんて書けないよお」
「書けないと思うから書けないのですわ!!書けるとお思いなさい!!!」
「む、無理だよぉ」
書けないと嘆きながら頭を抱える翔子にスパルタ発言をする澤。それを見つめる冬三は思いついた様に手を叩く。
「そうだ。じゃあ自信をつけに行こう」
こうして彼女達の官能小説作成作戦は進んでいく。
「一話完結の作品にしようと考えてたんですけれど、長くなりそうだから二話完結に致しますわ」
「へ?何言ってるの?」
続く!?
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