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二一話 防国戦
しおりを挟む「マジか」
最速で準備を整えて西門に辿り着いたアヴィオール隊が目にしたものは、前回のエラス帝国との戦いとは比べ物にならない程の魔剣士の数だった。だがそれだけではない。
「何あれ?狼?」
アースラ帝国の魔剣士の傍らには狼や豹の様な動物、らしき生き物がいた。らしきというのはその生き物達は妙に大きかったり尻尾が蛇になっていたりしていたからだ。
「現れた様ね」
その魔剣士の軍の中で一際目立つ人物が一人。三メートルはありそうな巨大なライオンの様な生き物に跨っている女性が口を開いた。
「アタイはアースラ帝国魔剣士長、アスラエル!優しいアタイがあんた達に降伏を勧めてあげる!」
突然の降伏勧告にアヴィオール隊の一同に騒めきが起こる。しかしアヴィオールがそれを一瞬で沈めた。
「スタレイス帝国S級魔剣士、アヴィオールだ。何故我々が降伏する必要がある?」
「は?そりゃあんたらだって死にたくないだろ?今降伏すればアンタらを生かしてうちの魔剣士にしてあげるよ。そうすれば世界を取れる。こんな所で死ぬより断然そっちの方がいいだろ?」
アスラエルと名乗った女の言葉にアヴィオールは呆れた様にため息を吐く。
「断る。なぜなら、我々は負けないからだ」
アヴィオールの強気な発言にアスラエルは驚きの表情を浮かべながらも落ち着いていた。
「一つ聞いていいか?今我々に攻め込んでいる君達はアースラ帝国の魔剣士全員と聞いた。何故その様な事を?自分達の国を守る人手はいないのか?」
「そんな事言ってる場合じゃなくなっちまったのさ」
アヴィオールの言葉に大きなため息を吐いてアスラエルは答える。
「エラス壊滅。これはアタイたちにとってもあんた達にとっても大きな出来事だ。ただでさえ脅威のワールスアが一国落とした。こうなったらアタイ達も動かざる終えないだろ?」
アースラ帝国の領地を捨ててでもスタレイスを落とす。そうすればアースラ帝国とワールスア帝国の一騎打ちの形となる。あわよくばスタレイス帝国の魔剣士も仲間に引き入れる。これがアスラエルの、アースラ帝国の作戦だ。
「待て、エラス帝国が壊滅した?」
だが、その作戦結構の最も大切な部分をアヴィオールは知らなかった。より正確に言うのならばアヴィオールだけでなくスタレイス帝国の全員が。
「何だい知らなかったのかい?エラス帝国は数日前に壊滅した。最も領地の多い国、ワールスア帝国にね」
アスラエルの言葉にまたしてもスタレイス軍に動揺が生じるが今度はアヴィオールでも直ぐに収められない。何故ならアヴィオール自身も動揺してしまっていたからだ。
「なるほど。事情は分かった。だが俺たちの意見は変わらないな。俺達は君達には従わない」
「まあそうだろうね。そうでなきゃ面白くないよ」
アヴィオールとアスラエルが魔剣を鞘から抜き、叫ぶ。
「「総員!突撃!」」
「「「うおおおおおおー!!!」」」
二人の指揮官による号令に従いスタレイス帝国の魔剣士とアースラ帝国の魔剣士が一斉に魔剣を抜き、走り出す。狙うは大将首、この戦争の勝利である。
「焼き尽くせ!フレアフレイム!!」
アースラの魔剣士達の群れにアルタイルが火炎を放つ。戦争開始と共に広範囲に炎を放つ。アルタイルの十八番である。
「舐めるなぁ!」
アルタイルの放った火炎をそれぞれの魔剣士がそれぞれの対応をしながら防ぐ。防御手段のない狼の様な獣は容易く焼けるが、魔剣士を削ることは出来ない。だが基本その炎でトドメを刺すことは出来ないが、開幕の一撃としては上場だ。
「行くぞベガ!俺達二人で全滅させてやろうぜ!」
「ノリノリだね。乗った」
アルタイルからの無茶な提案にベガは不敵に笑って了承。二人で前線へ突っ込んでいった。
「あいつら!スピカ!シリウス!アルタイルとベガを止めろ!この戦争は纏って戦わなければ勝てない!」
「はい!任せて下さいボス!」
「はっ!?それってあの二人に追いつく為に前線に行けって事!?無理無理無理無理無理無理!死ねって言ってるようなもんじゃん!」
文句を言うシリウスの手を掴んでスピカが転送剣を振る。するとスピカとシリウスの姿が一瞬にして消えた。
「ふぅ。あいつらにも困ったものだな」
戦闘狂、と言う訳ではないがあの二人は自由が過ぎる。それ故に一軍隊の一兵隊としては実に扱いづらい。それでも二人の自由を許してしまうのはアヴィオールが二人に甘いからだけでなくしっかりと爪痕を残して帰ってくるからだろう。
「やれやれ。心配していても仕方がない、こちらもこちらの仕事をしなければな」
「その通り。あんたはここで殺されるっていう仕事を果たして貰わないと」
突然背後に聞きなれない声が響く。それに驚きながらも咄嗟に魔剣を抜き背後の空間を切り裂いた。
「おっと危ない。三人しかいないS級っていうからどんなもんかと思ったけど、そんなにだね」
声の主は少年だった。少年と言っても実年齢はわからないが小柄な男だ。
「・・・いつの間にここに?この周囲にはスタレイスの魔剣士達が多くいた筈だが?」
敵が目の前にいる。その事自体は何も珍しいことではない。ここは戦場で、今は戦争だ。目の前に敵がいるのは普通。ここがスタレイス帝国の本拠地だということを除けば。
「安心していい。別に君の兵隊達には何もしていない。俺が通るのを許して貰っただけだ」
「・・・俺の名はアヴィオール・ヴィヴィクテス。君は?」
「騎士らしく名乗りをあげて殺しあろうって?ハハっ!暗殺者に騎士の風格を求めるのは筋違いだろ!」
小柄な少年は笑いながら手にしたナイフをクルクルと回す。
「いいよ。乗ってやる。俺の名はククルス。ただの暗殺者だよ」
「暗殺者か、そう言っている割に、あの絶好の機会で俺を殺さなかったんだな。暗殺者というのは一撃必殺なんじゃないのか?」
アヴィオールは油断なく魔剣を構え気になったことを問いかける。
「確かに殺っても良かったんだけど、あんた、不死身なんでしょ?なら無意味っしょ」
「なるほど、しっかりとこちらの情報は把握している訳か。なら何故俺の元へ来た?」
「簡単さ、足止めだよ!」
ククルスと名乗った少年は遊ばせていたナイフを握りアヴィオールへ迫る。そのナイフによる一撃をアヴィオールは魔剣で受け止めるが。
「っ!」
「ビビったっしょ。こんなガキにこれまでの力があるなんてさぁ!!」
ククルスの振るったナイフにはこの体には似合わない程強力な力が込められていた。だが。
「フッ!」
魔剣を振り回してククルスの一撃を凌ぎ切る。驚きはしたが、そうと分かればそう対処するまでだ。
「クッソ、普通なら気づかれないうちに首を刎ねて終わりなのに、馬鹿みたいに面倒くさいなあんた」
「では首を狙ってみたらどうだ?もしかしたら死ぬかも知れないぞ?」
「そんな見え見えの罠に嵌るかよ。首を刎ねてる間に動いた腕なんかに殺されたら堪んないよ」
ククルスの言葉にアヴィオールは口元を綻ばせる。
(どうやら、そこまでは把握されていないようだ)
アヴィオール・ヴィヴィクテスは不死身である。心臓を貫こうが首を切り裂かれようが死なない。これは嘘である。アヴィオールの魔力は自然治癒。この魔力の能力はいわば光速治癒なのだ。普通の人間では致命傷となる怪我も数秒あれば完治する。しかし、即死はダメだ。首を刎ねられるとその首を再生する機能はないし、心臓を切り抜かれれば心臓の代わりを作ることは出来ない。あくまでも臓器があればこその不死身。否、ここまで弱点があれば不死身など語れない。故にアヴィオールは自分の事を不死身と語ったことは少ない。自分から不死身を語る時、それは敵を欺く時だ。
「足止めと言ったな。つまり君の任務は俺の暗殺ではなく俺の足止めという訳だ」
「そんな事わざわざ確認しなくていいよ面倒くさい。お望み通り殺せる機会があったら殺してやるよ」
「殺す?俺は不死身だぞ?普通の人間を相手にしているとは思わない事だ」
実際この少年は脅威だ。アヴィオール以外が全く対処出来ない訳ではないが、気配を感じさせない動きと強力な力。これを対処するのはアヴィオールが相応しいだろう。
「そういう事だ。ここは俺が引き受ける!」
アヴィオールの叫びにスタレイスの魔剣士は直ぐに了承し他の魔剣士と戦い始める。
「不死身のアヴィオール、参る」
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