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十六話 妹
しおりを挟む「あなた、私の妹に何をしているの?」
電撃を魔剣だけでなく体にまで帯電しているプロキオンはシリウスの命を奪おうとしたユナを睨みつける。その溢れ出る殺意は並の魔剣士では恐れを抱いてしまう程の迫力があった。
「その電撃、気迫。あなたがスタレイスのS級魔剣士ね!面白いじゃない!!」
「面白い?私はそんな事を聞いたんじゃないの」
プロキオンは強敵相手に目を輝かせるユナに更に殺意を溢れ出させてユナに魔剣を構える。
「私の妹を殺そうとしたのはあなたかって聞いてるの!!!」
プロキオンは怒りに任せて魔剣から電撃を放つ。その一撃をユナは光の速度で回避するが先程までユナのいた場所は巨大なクレーターが出来上がっていた。
「言葉は不要って事ね。いいわ!殺し合いましょう!!」
ユナは笑ってプロキオンへ鎌を振るう。プロキオンもそれを受け止めた。そして、その戦場から少し離れた場所。
「間に合った!レグルスくん、大丈夫!?」
「スピカか。プロキオン殿を呼んでくれたのは、お前か」
「うん。シリウスちゃんが三人が戦ってるのを私に教えてくれて、急いでプロキオンさんを転送してきたの!本当に、間に合って良かったよ」
スピカがそう言うと同時に救急班が到着してレグルスの傷の治療にあたる。
「俺は後でいい。それよりアルタイルとベガを」
「お二人の傷も軽く見ましたが、あなたが一番重症です。故にあなたを助けます。異論は認めません」
レグルスの意見を全く聞かない救急班の隊員にレグルスはそれ以上何も言わない。これ以上抵抗すると意識を刈り取られかねないと経験で理解している為だ。
「救急班の癖に優しくない奴だ」
「救護に優しさは必要ありません。僕はただ傷ついた人間を救護するだけです」
「そうか」
救急班長のパンドラという青年は無表情でレグルスに持ち歩いていた注射を打ち込む。するとレグルスの傷がゆっくりとではあるが少しずつ癒えていく。
「では安静にしていて下さい。死んだら祟りますので。次!」
「は、はい!」
パンドラのハキハキとした声にスピカが畏って返事をして気絶しているアルタイルを連れてきた。
「よし。ではプロキオン殿の援護に」
「レグルス様」
治療が終わったレグルスはすぐに立ち上がり魔剣を握ろうとするがその腕をパンドラが止めた。
「安静にしていて下さい」
「しかし!」
「あ!ん!せ!い!に、していて下さい。死にたいんですか?死んだら祟りますが?死んだら!祟りますが?」
パンドラのあまりの迫力にレグルスは素直に頷く。するとパンドラは「よろしい」と静かに呟くとアルタイルの治療へ入った。
「はぁぁぁぁ!」
「ふっ!」
ユナとプロキオンの魔剣が激しくぶつかり合い、その度に衝撃が周囲へ飛んでいく。その衝撃がパンドラ達の元へ届く事はないが、少し危険な位置で治療をしている。
「邪魔な風ですね。移動します。怪我人は着いてきなさい」
「だがプロキオン殿を一人にする訳には」
「何度も言わせないで下さい。怪我人は絶対安静。それに」
パンドラが少しだけ、ほんの少しだけ治療を止めてプロキオンとユナの戦いを見る。
「あそこにあなた方が入った所で、足手纏いにしかなりません」
パンドラの言葉は正しい。悔しいがプロキオンとユナの戦闘に今のレグルスが加入しても足手纏いにしかならない。嫌、万全のレグルスでもプロキオンの足を引っ張るだろう。
「行きますよ。そこの怪我人を背負いなさい」
「分かった」
「ベガちゃんは私が!」
プロキオンを残して一同が去っていく。それを横目で見る。より正確に言うならレグルス達と共にこの場から離れていくシリウスを。
「よそ見とは、随分と余裕ね!!」
「ええ。あなたなんかよりよっぽど大切な子がいたもの」
「舐めてんじゃ、ないわよ!!」
これまでユナの光速の攻撃は見事にプロキオンに避けられ、魔剣で受け止められている。魔剣の力で光速で動いたとしてもプロキオンの方が早いのだ。
「どうして!?私は光速で攻撃しているのに!」
「簡単な仕組みよ。あなたが光の速さで動いているのと同じ様に、私も電気の速さで動いているの」
光の速度は主に秒速三十万キロメートルと言われているが、電気の速度も秒速三十万キロメートルなのだ。
「まあ、あなたがいう光の速さってやつは本物の光と比べたら足元にも及ばない速度なのだけれど。それはあなたのプライドに配慮して言わないであげる」
「口にしてんだから一緒よ!!」
ユナが全力で鎌を振るうがその一撃がプロキオンに当たる事はない。
「あなたは無駄な動きが多いのよ。速度を上げた所でその動きのせいで私を斬れない。対して私は最低限の動きしかしていないからあなたより早く動ける」
「くっ!閃光弾!!!」
「雷刃!!!」
剣術ではプロキオンに勝てない。そう判断したユナは光の弾を作り出して打ち出そうとするが、その行動をしようとしたタイミングが隙だらけだった。その少しの隙をプロキオンは見逃さず雷の剣でユナの腕を切り落とした。
「がっぁぁぁぁぁぁ!!!」
「チェックメイト」
腕を切り裂かれた痛みに悶え、悲鳴をあげるユナ。そのユナの首をプロキオンは容赦なく切り落とした。
「あなたの敗因はその無駄な時間よ。もしあなたが時間を重要に戦っていたら、もう少し苦戦したでしょうし、あの子を守れなかったかも知れない。そう考えると、あなたの無駄な動きに感謝しないといけないわね」
プロキオンは自らの魔剣についたユナの血を綺麗に拭き取ると剣を鞘に収めた。
「姉様!」
その直後、戦場には似合わない可愛らしい声が聞こえた。
「シリウス」
プロキオンは声の主であるシリウスを見つめて、
「シリウスちゃん!!!」
愛しの妹を力いっぱい抱きしめた。
「大丈夫!?怪我はない!?大丈夫ね!あいつに変な事言われなかった!?体は大丈夫そうだけど精神的には大丈夫!?もう大丈夫よ!お姉ちゃんがついてるからね!辛かったね!よしよし大丈夫!心配したんだから!!!」
「・・・?」
怒涛の心配の言葉と苦しい程に締め付けてくるプロキオンの腕によりシリウスは宇宙の広さを知った猫の様な表情を作るしかなかった。
「姉、様?姉様って、そんなに私の事好きだったっけ?」
「はっ!」
シリウスにそう言われてプロキオンは驚きを口に出す。そしてそっとシリウスを抱きしめる腕を戻し軽く咳払いをする。
「無事ね。無事ならいいの」
「今更無理だから!今更カッコいいプロキオン・シバルバーを演じるのは無理だから!!」
シリウスの叫びにプロキオンが機械の様に震える。どうすれば良いのか分かっていない様だ。
「えっと、正直に答えて。姉様は私の事好きなの?」
「大好きよ。あなたの為なら世界すら敵に回してもいいと思う程に大好き。あなた一人か世界全員の命を天秤にかけられてもあなたを選ぶ程にあなたを愛してるわ」
「そんなに!?てっきり私は姉様に何とも思われてないのかと」
「だって、母さんがシリウスちゃんはカッコいい私が好きだって言ってたから」
要約するとこうだ。プロキオンはシリウスが大好きだった。シスコンという言葉では言い表せない程にシリウスを愛していた。しかし学校や仕事が忙しかった故にシリウスと交流する機会が少なかった。そんな時プロキオンは母に聞いたのだ。「シリウスはカッコいいプロキオンが大好きなんだって」と。プロキオンはシリウスと関われる少ない時間には抱きしめて、ほっぺにキスして、ほっぺどころか唇にまでキスして、匂いを嗅いで、ハスハスして。とてもカッコいい姉ではなかった。故にプロキオンは決めたのだ。シリウスの前ではカッコいい姉でいようと。
「それで私に冷たくしてたの?」
「冷たくしてたつもりはないのよ?ただ、今すぐ抱きしめたい気持ちと威厳を保たなきゃいけない気持ちで限界になってて。テントでは心配が天元突破してシリウスちゃんのことを考えずに魔剣士をやめろとか言っちゃった。ダメなお姉ちゃんでごめんなさい」
まるで親に叱られた子供の様にしゅんとするプロキオン。そんなプロキオンを見てシリウスは大きなため息を吐いた。
「別に、これからは我慢しなくてもいいんじゃない?こうして知っちゃった訳だし。それに、私を助けてくれた時、凄くカッコよかったし」
顔を真っ赤にしながらそう言ってチラリとプロキオンを見る。するとプロキオンは大粒の涙を滝の様に流していた。
「シリウスちゃーーーーん!!!好き好き大好きー!!!一生お姉ちゃんのそばにいてー!!!!」
「のあー!!!!ちょっ、我慢しなくてもいいとは言ったけど、何もここまで。あ、ちょっと頭わしわししないで!髪型が、ちょっ!この年で頬にチューは恥ずかし、ん!んんんんん!!?ちょ!やめて!口に来ないで!!しかも舌入れて!!!?もういい!お姉ちゃんなんか嫌い!!!」
「そんな!まってシリウスちゃん!!シリウスー!!!!」
国にたった三人しかいないS級魔剣士の悲痛な叫びが両軍の耳に響き渡った。
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