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二章 雷鳴の姉妹
十三話 憧れ
しおりを挟む「平和の代償、前回までは!プロキオン部隊の手伝いにやって来た俺はトランプに弱そうなシリウスを俺の代わりに生贄に差し出しに来た。しかし何処にもいないシリウスをやっと見つけたと思ったらシリウスの姉、プロキオンと公論になっているのを目撃した。と、思ったらシリウスが外へ走り去ってしまった!!」
「誰に向かって話しているの?」
一人で大きな声で前回までのあらすじを口にしたアルタイルにプロキオンは大きなため息を吐きながら呟いた。
「お気になさらず。では俺はこれで」
「待って」
プロキオンに片手を上げてその場を去ろうとしたアルタイルをプロキオンが制止する。その声に従う必要は無かったが、ここでその言葉に逆らうと面倒な事になりそうなので言う通りにアルタイルは足を止めた。
「あなたは、シリウスの何?」
「こいび、いいえ嘘ですごめんなさい。友達です友達。マジで。本当に、神に誓って」
普段通りにふざけた回答をしようとしたアルタイルだが、プロキオンに睨まれて口を閉ざした。その様子はまるで蛇に睨まれた蛙であった。
「そう、嘘ではないようね」
「ああ、シリウスに恋愛感情を抱くのは無理だ」
「私のシリウスに魅力がないと?」
「俺はどうすればいい?」
恋人と言おうと思ったら殺意の籠った視線で睨まれ、異性としては見られないと伝えれば殺意の籠った視線で睨まれる。普段は人を振り回すアルタイルが全力で困惑していた。
「こほん。ごめんなさい、あなたをシリウスの友人と見込んで頼みがあります」
「・・・」
いつもはこのタイミングでちょっとしたユーモアを織り交ぜた回答をするのだが、アルタイルは黙って次の言葉を待った。これ以上ふざけると今後の活動に支障が出る様な気がしたのだ。
「シリウスを後衛に下げて欲しいの」
「後衛に?」
「ええ。シリウスは弱い。戦場に出たら直ぐにでも死んでしまう。だから、後衛に下げて欲しいの」
一括りに魔剣士と言っても攻撃特化の魔剣士からサポートや回復系の魔剣士も存在する。シリウスはどちらかというと攻撃型だが、後衛に下げるということは不可能ではないかもしれない。
「でも、俺はシリウスと同じ新米だ。悪いけど誰かの配置を変えられる程の権力はないし、変えてくれそうな知り合いもいない」
もしこの部隊を指揮するのがアヴィオールならダメ元で配置変更を要求できたかも知れないが、今回作戦指揮をするのはプルートだ。彼とアルタイルは一切面識がないのでいきなり配置換えを頼むのは無理がある。
「そうよね。無理を言ってごめんなさい。それなら、戦場でシリウスの事を気にしておいてくれない?シリウスが暴走しない様に」
「暴走って。シリウスはそんなに怒りっぽい性格じゃ」
そう言いかけてアルタイルは言葉を止める。アルタイルが煽った時シリウスは問答無用で殴りかかってきた事がある。それを暴走というのかは分からないし、流石に戦場でそんな事はしないだろうが、言葉に詰まってしまう。
「・・・約束は出来ないけど、善処はするよ」
「ありがとう、あなた名前は?」
今度こそプロキオンのテントから離れようとするアルタイルにプロキオンは名前を尋ねる。出来る事なら名乗りたく無いのだが、ここでボケるのは危険だと本能が言っている。
「アルタイル。アルタイル・ヴェルガスだ」
「アルタイル。覚えておくわ」
「忘れてくれて構わないよ」
ため息混じりに小さく呟くとアルタイルはテントを出た。
◇
今夜は美しい夜空が広がっていた。普段の家からは見えない星々がよく見えて夜風が心地よい。これで頬を濡らす温かい水が無ければ最高なのだが、きっとこの水温が無かったらシリウスはこの夜の素晴らしさに気づく事はなかっただろう。
「見つけた」
そんな一人の夜に突然の乱入者が現れた。シリウスと同じ部隊の友人、アルタイルだ。
「何の用?」
「トランプしよう」
「・・・は?」
冷たい視線でアルタイルの来訪を拒むつもりだったがアルタイルはシリウスの気持ちなどお構いなしにシリウスが腰を下ろしている草の上に腰を下ろした。
「トランプしよう」
「聞こえた。その上で「は?」って言ったの」
「ベガが凄く強くてさ。スピカもなかなか強い。レグルスは見ての通り最強で、勝てないんだよ。だから呼びにきた」
物凄く情けなく恐ろしく平凡な理由でアルタイルはシリウスを呼びにきた。そのタイミングが最悪だっただけで。
「私が泣いてる事には一切触れないわけ?」
「触れて欲しいなら触れるけど?」
「触れないで」
「分かった」
そう言ったきりシリウスは膝を抱えて座り込み膝に顔を埋める。アルタイルはその隣で両手を地面に突き黙って夜空を見上げた。
「・・・触れないの?」
「それって逆セクハラってやつか?」
「違う。私が泣いてる理由を聞いたりしないのって言ってる」
先程その事には触れないでと言っておきながら同じ質問をしてくるシリウスにアルタイルは苦笑いを浮かべる。
「何よその顔」
「いや、姉妹だなと思って」
その理不尽な言葉はつい先程も聞いた。そういう所はシリウスとプロキオンは同じだった。兄弟とは似ている所が多々ある。シリウスとプロキオンにとっては妙に理不尽な所が似ている所なのだろう。
「・・・私と姉様は少し歳が離れてるの。だから私が幼い頃から姉様は魔剣士として活躍していて、私の憧れだった」
プロキオンの様になりたい。初めはそう思った。実際にプロキオンが戦っている姿を見た事はなかったがプロキオンやプロキオンの同期の人達から聞くプロキオンの活躍の話がシリウスは大好きだった。御伽話の騎士、ゲームの世界の勇者、シリウスにとってのプロキオンはまさにその様な存在だった。
「だから私も魔剣士を目指した。姉様の様になりたくて。でも、現実は無情でさ。私は直ぐに自分の実力を判断できた」
魔剣士学校に入った時に自分の実力が嫌でも分かった。力もなく、魔力も低く、特別な力もなく、頭の良くなかった。それでも、諦めきれなかった。
「喰らい付いたの。もう姉様の様になりたいなんて思ってなかったけど、姉様の存在はどうしても忘れられなかった。だから目的を変えたの、姉様の助けになる。姉様と一緒に戦いたいって」
シリウスにはプロキオンと共に過ごした経験が世の兄弟姉妹よりずっと少ない。プロキオンは魔剣士として忙しくしており家にいる事がかなり少なかったからだ。だからこそプロキオンに憧れた。共にいたかった。認められたかった。
「その為に、その為だけに、魔剣士になったのに」
静かに涙を流すシリウスの言葉をアルタイルは黙って聞く。ぶつけたい思いを全て吐き出すまで、アルタイルは聞くに徹する。
「アルタイルは、何の為に魔剣士になったの?」
「カッコ良さそうだから」
弱々しく問いかけられた質問にアルタイルはいつもの様に答える。アルタイルが魔剣士をやる理由は戦争を終わらせる為。これ以上大切な人を失わない為。これ以上悲しむ人をつくらない為。だが、それは魔剣士になった後に出来た目標にして覚悟だ。だが、魔剣士になった理由はカッコ良さそうだったからだ。
「ぷっ!何それ」
「かっこいいだろ?職業は何ですか?って聞かれて、魔剣士やってますって言えたら」
「確かに、かっこいいかもね」
シリウスは涙を拭いながら少しだけ口角を上げる。自分よりも不純な動機で魔剣士を志したアルタイルを前にシリウスは少し気持ちが楽になった様な気がした。
「人の意見なんて知るか。これは俺たちの人生だ!俺たちが好きな事をして何が悪い!」
誰かに言われた職業をする人生なんて楽しくない。自分の人生は自分で楽しくしなければ。
「その通り!私の人生は私が決める!姉様が何で言おうが私は姉様と戦う!姉様が嫌がろうが全力で姉様を支えてやる!」
「その意気だ!」
シリウスが強く自分の頬を叩き立ち上がる。今こそが好機。
「じゃあトランプしに行こう!」
「あんたはそれしか頭にないのか!全く、私は強いよ?」
「上等だ」
アルタイルが差し出した手をシリウスが取ってアヴィオール隊のテントへ走り出す。その夜は「負けたぁぁー!?」と叫ぶアルタイルの声に苦情が入ったという。
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