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八話 不死身のアヴィオール
しおりを挟む「どうして撤退させたんだ?あそこで軍を突撃させてたら多くの敵を殺せたんじゃないか?」
戦場の一角。魔剣を鞘にしまったアルタイルは組み立て式の椅子に腰を掛けて優雅にコーヒーを飲んでいるアヴィオールに質問をした。その場にはアヴィオール隊が勢揃いしておりスタレイスとワールスアの戦いは一旦制止されている。
「確かにあそこで攻めれば多くの敵兵を殺せたかも知れないな。では、もしそうした場合こちらの被害はどうなると思う?」
「こっちの被害?」
アヴィオールの質問返しにアルタイルは首を捻り頭を悩ませる。頭が良く無いアルタイルでも流石に質問の趣向くらいは分かっている。しかし。
「わからない」
あの状況でのこちらの被害など見当もつかなかった。
「答えは約二千五百人。あの場でどちらかが全滅するまで殺し合った場合のこちらの被害はこの程度だと俺は考えた」
「たった二千五百人!?私はもっと死ぬと思うんだけど?」
「シリウスの考えも分からなくもない。だが、彼らにそんなに殺される程俺の部下達は弱くない」
アヴィオールは実に冷静に答える。希望的観測でそう言っているのでは無い。本気でそうなると考えているのだ。
「でもさ、一万の軍勢を二千五百人の犠牲で殺せるなら充分じゃない?勿論アヴィオールのこっちの死者を出したく無いって気持ちも分かるけど」
「ベガはスタレイスの魔剣士とワールスアの魔剣士の数の差が分かるか?」
「わからない」
アルタイルと違って自分の脳で考えようともしない。そんなベガが少し呆れながらアヴィオールが言葉を続ける。
「これは今も変わり続けているから明確ではないが、スタレイスの魔剣士が約一万五千人。対するワールスアの魔剣士は十万人程いるそうだ」
「全然違うじゃん!」
「その通り。故に俺達が今すべき事はワールスアと全面的な殺し合いをする事じゃ無い。ワールスアの軍勢をこちらに攻め込ませない様にする事なんだ」
攻撃ではなく防御。今のスタレイスに必要なのは守備だ。
「俺達は二つの国で戦争をしている訳じゃ無い。四っつの国それぞれが敵対して戦争をしているんだ。そしてスタレイスだけではワールスアは倒せない。ならばやる事は?」
「スタレイスの魔剣士を生かしつつ強化させる。そしてその間に他国にワールスアの戦力を削ってもらう。そういう事ですか?」
「その通りだ。流石レグルスだな。勿論こんなに上手くは行かないだろう。だが、だからといってお前達を今失うつもりは一切ない」
アヴィオールはワールスアが攻めてきたという情報を得た状況で既に戦いを防衛戦に傾けていた。故に全員を攻め込ませる前に死ぬなと言っていたのだ。
「じゃあ何で俺達を出撃させたんだ?最初からアヴィオールが出てたら良かったのに」
「最初の定石は様子見、だろ?最初の戦闘で死者が出るという想定は俺には無かったからな。あとは一度行ってみたかったんだ。総員出撃と」
アヴィオールの言葉に納得するもの。少し呆れるもの。尊敬の眼差しを送るもの。アヴィオール隊の反応は十人十色だった。しかしその中で多くの考えは統一されていた。
(((こいつら、よくこんなフランクにアヴィオールさんに質問できるな)))
アヴィオールに質問をしていたアルタイル、ベガ、シリウスへの賛同、もしくは奇怪な目である。その三人と一緒にしっかりアヴィオールの問いに答えているレグルスは敬語を使っていたし前々からアヴィオールの元にいたのでそれ程注目されてはいなかったが新入り三人は注目の的だった。
「あ。アヴィオールさん!敵が軍勢連れてまたやってきました!その最前線には大柄でギラギラした飾りをつけた男が馬に乗ってます!」
「そいつがこの大軍の大将という訳だな。了解した、俺も準備をするとしよう」
一人の隊員の声を聞きアヴィオールは椅子から立ち上がり準備運動を始める。
「今時の戦争で馬って。敵の大将、変わったやつなんだな」
「そうだね。今時馬で戦争に赴こうなんて思わないよ」
「その敵の大将もあんたら二人には言われたくないっていうと思うけどね」
変人兄弟に変わった奴と言われている敵大将にシリウスはほんの少しだけ同情して地面から立ち上がった。
◇
「よく大将戦を引き受けてくれた。改めて名乗ろう。俺はアヴィオール・ヴィヴィクテス。スタレイス帝国のS級魔剣士の一人だ」
「うむ。我が名はキング。そう、キングである!」
顎が大きく金色の目立ちすぎる鎧を身に纏った敵軍大将キング(本名かどうかは不明)は巨大な剣を力強く握ってアヴィオールに突きつけた。
「この剣でお主の体を切り裂いてくれよう」
「それは楽しみだ。是非とも部下達の成長に繋がる殺し合いにしたいものだな」
二人は会話を終えると同じタイミングで踏み込んだ。
「はぁぁ!」
「ぬんっ!!」
アヴィオールの剣とキングの大剣がぶつかり合い、弾ける。キングの大剣は大きい分威力は充分。しかしアヴィオールはキングの剣を上手く受け流した。
「なぬ!?」
「この様に、力では勝てない様な相手にも戦い方を変えれば幾らでも勝ち方が見えてくる。これは魔剣士として生きていく為には避けては通れない道だ」
「舐めるな!」
アヴィオールは自分の部隊の新人達に向かって話しかける。その事に腹を立てたキングが大剣を振り回すがアヴィオールは全て受け流してみせた。
「凄い。あれがS級」
「その通り。アヴィオール殿は凄いんだ。だが、あれは強さの一部でしかない」
シリウスの独り言にレグルスが乱入してくる。普段であればそんな事をして来ないレグルスだが、アヴィオールの事となれば話は別だ。
「ふっ!ならばこれならどうだ!」
先程と同じく大振りの一撃をアヴィオールは受け流す。しかし直後に大剣が光を発して、大爆発を起こした。
「うわっ!」
爆風から身を守る為にアルタイルが防御姿勢を取る。爆風は凄まじく体が吹き飛んでしまう程では無いにしろ爆発の大きさを教えてくれた。
「アヴィオール!」
「心配無用だ」
心配そうに声を荒げるベガをレグルスは勝ち誇った様な表情で宥める。
「情緒どうなってるの?」
「こいつ、アヴィオールさんが絡むと途端に厄介オタクになるよね」
「なっ!こほん。失礼な、俺はそんなものではない」
三人の会話を耳に入れながら爆心地を見つめるアルタイル。その視界にはキングが映った。
「ふふん。幾らS級と言えど所詮はこの程度。このキングの爆発に耐えられるものなど」
「油断か。油断は最も行ってはいけない行為だ。その代償は、こいつを見れば分かるだろう」
「何っ!?」
キングが驚愕の顔を作り声のした方に大剣を振ろうとするが、遅い。アヴィオールの剣は既にキングの両腕を切り落としていた。
「ぐぁぁぁ!」
「戦場では何が起こるか分からない。常に周囲を警戒しろ。そして、確実に敵を殺し切れたかを確認する事も大切な事だ」
「な、何故!何故生きている!!」
キングから見ればアヴィオールは間違いなく爆発に巻き込まれていた筈。そして体に大きな穴が空いていた筈だ。
「言っただろう。戦場では何が起こるか分からないと」
アヴィオールが油断なくキングから視線を逸らす事なく自らの傷口を見せる。その傷は深いものだった。だが、それが段々と修復されていっている。
「これがアヴィオール殿の力。自然治癒だ。傷を負わなければ発動しないこの力は戦場には不向きと言われていたが、アヴィオール殿はこれを剣撃で完全にカバーした」
「攻撃はただ剣で切り裂くだけ。そんで敵の魔剣による攻撃は躱すことなくその体で受け止めるって?反則が過ぎるでしょ」
レグルスの解説にシリウスは冷や汗を流して苦笑いを浮かべる。チート。そう呼ぶのに相応しい力だ。
「お、おのれぇぇ!」
「両腕を失っても尚向かってくるその度胸、見事!」
全身を使って体当たりをしようとしてきたキングに敬意を表して、アヴィオールはキングの首を落とした。
「さて。君達の大将は討ち取られた!それでも尚向かってくる者は来るがいい!俺が、俺たちが正々堂々迎え打とう!」
「てっ!撤退ー!!」
キングの首を掲げたアヴィオールの姿を見た敵軍の魔剣士達は、一目散に逃げ出した。
「あれこそがスタレイスに三人しかいないS級魔剣士、不死身のアヴィオール!!!」
アヴィオールが敵の首を掲げるその姿はワールスアの敗走の理由に。そしてスタレイスの勝鬨となった。
「なんか嬉しそうな顔してるね、レグルス」
「言いたかったんでしょ。二つ名とか異名とか名乗るのって燃えるしなんかいいじゃん」
「・・・分かっているならもう少し雰囲気を大切にして欲しいのだが」
レグルスが少し恥ずかしそうにする姿を見てここぞとばかりにベガとシリウスが揶揄いに走る。しかしアルタイルは違った。
「あれが、S級。アヴィオールの力か」
S級魔剣士。それはアルタイルの目標でもなければ夢でもない。だが、戦争を終わらせて、平和な世の中を作る為には必要となる力だ。
「俺も、頑張らないとな」
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