original ring

藤丸セブン

文字の大きさ
上 下
60 / 81
3章 血液城

60話 とある妖精の話

しおりを挟む

「う、そ」
 短い悲鳴をあげてミクリの首が床に転がる。一同は油断なくミクリと生命の指輪を見つめるが、傷が治っていく様子はない。
「再生しない?ってことは」
「やりました!お姉様が勝ったんですよ!」
「へへっ!オイラの力あってこそだがな!」
 ナズナがキョウカに抱きつき、カゼジロウはドヤ顔をして両腕を組む。戦いは終わった。キョウカ達の完全勝利
「シル!!」
 突然の言葉にキョウカは声の方向へ振り向く。
「シル?」
 そこには姿が消えかかっているシルと涙を流すフィンの姿があった。
「なんで?どうして!?」
「俺の、歪曲の指輪の反動を肩代わりしやがったんだ」
 その言葉でシルの全員が生きて帰れる確率は低いと言う言葉を思い出す。何故生きて帰れる確率が低いのか。ミクリの攻撃に当たって誰かが死んでしまう。それも確かに要因の一つ。しかし、一番の要因は歪曲の指輪の反動だ。
「あんなボロボロのフィンさんが歪曲の指輪を使ったら、反動でフィンさんが死んでしまうかも知れない」
「そう、だから。ボクが受けたんだ」
「幾ら契約関係があると言っても、そんな事加納なんですか?」
 ナズナの疑問は最もだ。フィンとシルは契約関係にある。しかしフィンが受けるべき代償をシルが代わりに受けるなど聞いた事がない。
「まあ、裏技ってやつ。ボクにしか出来ないだろうけどね」
 シルが苦しそうに笑ってボイスとキュアを見る。準妖精の二人はその言葉を聞いて悲しそうな顔を見せた。
「何でだ」
「フィン?」
「何で俺を庇ったんだ!?俺なら反動に耐えられたかも知れねえだろうが!!」
 フィンが普段は見せない涙を流しながらシルに叫ぶ。
「無理だよ。あの傷で反動を受けたら君は確実に死ぬ。今生きてるだけでも奇跡なんだから」
「だとしても!俺の代わりにお前が死ぬ必要はないだろ!!」
「あるさ」
  ◇
 シルという名前の知識の妖精は人間の事も何とも思っていなかった。
「私の契約してる人間は優しいの!困ってる人を助ける紳士的な男よ!」
「俺の人間はすげぇぞ!剣士でもありながら妖精術師でもある!剣術では向かうところ敵なしだぜ!」
 周りの妖精はよくシルに自分の契約している人間の話をする。シルは知識の妖精だから。他の妖精とどちらの人間が凄いのか、という議論に決着をつける事が出来るのだ。妖精の話を聞くだけで契約者の能力がどれくらいのものなのか、嘘はついていないか、それらを見抜く事が出来る。
「そうだね、話を聞く限りでは筋肉の妖精の契約者の方が優秀そうだ」
「だろ!?」
「何ですって!?」
 そんな醜い争いを見せつけられていたから、シルは人間に興味がなかった。いや、持っていた興味を失わざる終えなかった。
「オレの契約者はな!」
「あたいの人間は!」
「右」
 一つ。
「僕の契約してる男はね!」
「あたくしの奴隷は」
「左かな」
 二つ。
「おいどんのパートナーは」
「あちきの兄貴は」
「どっちもどっちだなぁ。強いて言うなら左?いや、どっちもどっちだなぁ」
 三つ。
「オイラの」
「わたくしの」
「おれっちの」
「ウチの」
「拙者の」
「拙僧の」
「某の」
 幾度となく人間の自慢話を聞かされた。優しい?助けた人間から多額の金を巻き上げる人間は優しい人間なのか。
強い?自分より強い相手からは逃げ続ける人間は強いのか。
カッコいい?食べ物を食べるときにくちゃくちゃ音を立てる人間はカッコいいのか。
かわいい?眠るときに大きな寝言を言う人間は可愛いのか。
背が高い?それがなんのメリットになるのか。目がいい?確かに悪いよりは良いだろうが、それは自慢する程のことだろうか。
よく食べる?それは、本当にメリットか?
「はぁ。人間って欠点だらけだなぁ」
 そんな毎日の中、一匹の妖精が自分の人間が負けた腹いせにこんなことを叫んだ。
「シルに何が分かるのよ!私の契約者は最強よ!?」
「いや、結構弱点あるじゃんか。冒険者としても中の下。最強には程遠いよ」
「ふん!シルには分からないでしょうね!一度も人間と契約した事がない世間知らずだもの!」
 その妖精の言葉に、シルは衝撃を受けた。
「ボクが、知識の妖精が世間知らずだって?」
 その言葉は知識の妖精にとって最大の侮辱だった。勿論それが思わず口から出た言葉であることは分かっていた。本心でない事も、それが事実でない事も当然知っている。だが。
「分かった。なら、ボクも契約してきてやるよ」
その言葉だけは全霊を持って否定しなくてはならなかった。そうしてシルは契約者を探す旅に出た。少し意地になっていたのは認めるが、これもいい経験になると考えた故だ。
「どうしたものかな。あいつらみたいに一番の契約者に興味はないけど、ある程度力がないとボクと契約なんて出来ないよな」
 シルの契約者探しは実に十年にも及んだ。別にどんな契約者でも良かったのだが、シルと契約出来る人間が全くいなかったのだ。
「嘘だろ。人間ってこんな力がないのか」
 知識は力だ。冒険者にとってあらゆる状況を乗り越えられる為の知識を直ぐに手に入れられるシルの力は非常に強力。故に契約者としての能力が足りない場合が多かった。
「もういいや、ボクの能力を制限して適当に探そう」
 シルの目的は強い契約者を探すことではない。人間と契約する事、ただそれだけだ。故に、誰でも良かった。
「次会った妖精術師と契約しよ」
 そして、シルはまだ子供のフィンに出会った。
  ◇
「始めは最悪だと思ったよ。ガキだし、ボクの言うこと全然聞かないし、すぐ死にそうになるしさ」
 フィンと契約してからの日々は驚きの連続だった。今まで感じたことのない疲労感だったし、何度も契約解除してやろうかと考えた。
「でも楽しかったんだ、ボクは。君と過ごす毎日が凄く楽しかった」
 会ったことのない人間の自慢話に勝者敗者をつける退屈な毎日より、フィンに振り回される毎日の方がシルには楽しかったのだ。そして、フィンが。人間という存在が好きになった。
「この子が、この子の大切な存在が。ピンチになったら力になろう。どんなことをしてでも生かしてやろう。そう思ったんだ。この世界は、こんなに楽しいんだから」
「シル」
 フィンの流す大粒の涙を小さな手で拭う。
「泣くなよ。ボクは君のお陰で楽しい人生だった。君がいなかったら、世界がこんなに素晴らしいものなんだって気が付かなかったんだ」
 シルは涙を流しながら笑う。
「だから、笑ってくれ。君の、君達の旅路を最後まで見守れないのは残念だけど。ボクは、君達に笑っていて欲しいんだ」
「ああ、分かった。後の事は任せてくれ。絶対オリジナルリングを揃えてやるから。魔族の好きにはさせねえから。大好きな、俺が望んだ冒険をしてみせるから!」
 フィンが泣きながら満面の笑顔を見せるとシルも口角をあげて楽しそうに笑う。
「キョウカ。あんまり食べ過ぎない様にね。太ると動けなくなるぜ」
「余計なお世話だ。っっ。ありがとう、シル」
 涙を必死に拭いて笑うキョウカにシルも笑いかける。
「ナズナ。知識は武器だ。これからもどんどん知識を身につけて、フィンを、みんなを助けてやってくれ」
「はい、勿論です。私は、その為に生きていくのです」
 ナズナも同じく、真っ赤な目で笑う。
「カゼジロウ。今回はありがとう。君がこれからどの様な選択をしようと、ボクはその選択を祝福しよう」
「何言ってんのかよく分からねえが。ありがとな、妖精さんよ」
「・・・ライヤ。これから、多くの苦労が待っているかも知れない。それでも、冒険を続けて欲しい。君と、君達の望む冒険を」
 知識の妖精の最後の言葉を、確かに伝えきった。いや、まだ一言足りていなかった。
「フィン。今までありがとう。ボクの、最高の相棒」
 シルの体は美しい塵となり、空へと舞っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...