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邪悪な魔女であるが故に
しおりを挟む帰宅後。
両親と共に夕食を食べた涼子は自室で学校の宿題を済ませると、夜の狩りの舞台となる京都府某所の禁足地である山を偵察する3体の大鴉達から送られ続ける情報を元に分析していた。
「山は双子山。大きな方の頂上付近には神性があって、その反対の小さい方の頂上付近には大きな妖力。それを踏まえれば小さい方に標的が居ると判断するべきよね?」
大鴉を模したドローン達が標的と思わしき最も強い妖力を探知し、その具体的な位置座標を送られた事から標的の位置を特定した涼子は少しばかり警戒心と共に疑い、確定せずに居た。
「正樹の報告通りなら九尾とやらの封印は既に解けていると判断せざる得ない。そうなると疑問が浮上する」
正樹からの報告で永年の間、毎年退魔師達が生贄を捧げている事は既に解っている。
その点を踏まえれば、九尾は何時でも己を封印した退魔師の子孫とも言える歴代の退魔師達へ復讐出来る状態にもある。
そうも考えていた涼子は九尾が永年の間ずっと復讐の機会を一向に行使しなかった事に疑問を覚えていた。
だが、同時に飼い主から送られた情報から理由も特定しても居た。
「奴は何故、永年の間ずっと己を封印した者達への復讐を実行せずに居た?その答えはただ1つ。奴は永い年月を当日まで利用して己。または配下である妖怪達も含めて強化ないし戦力の維持に充てていた。そう判断するのが最も筋が通る可能性と言っても良い」
標的たる九尾が永年の間。
己が持つ復讐の権利を行使せずに生贄を毎年獲るだけで大人しくして居たのか?
それは己自身。
または己と配下達とも言える妖怪達を強化ないし戦力の維持の為に甘んじて復讐心を抑えていた。
そう涼子は判断していた。
しかし、何故今になって復讐の権利を行使しようと思い至ったのか?と言う疑問も同時に存在した。
「だけど、何で今になって百鬼夜行を実行に移す気になった?それに永い間ずっと生贄を獲るだけで復讐心を抑え続けられるのか?と言う疑問もある」
その2つの疑問に首を傾げる涼子は自分が九尾と同じ立場になったら?と言う前提で思考を巡らせ、思い付いた事を口にし始める。
「私が遠い過去の退魔師達の先代が殺す事が出来なかった九尾を未だに恐れ続けると共に生贄を捧げる事で大人しくする取引を成功させ、その取引を何時でも御破算に出来る状態として……取引に成功して退魔師達が最も気が抜けているだろう時に復讐を実行に移そうとしない理由が有るかしら?」
自分なら取引を成立させた事で最も気が抜けているだろう時に取引を御破算にして報復する。
そう邪悪な魔女であった自分が取るだろう行動を取らない九尾にまた首を傾げる涼子は自分の立てた仮説を敢えて口に出して考えていく。
「毎年生贄を得る事で己だけ。または配下達を強化ないし維持出来るだけの補給が確保出来た。同時に退魔師達は九尾と戦う心配をしなくても良くなっても居ると見て良い。そして、永い年月と共に毎年生贄を捧げれば厄介な問題は根本的じゃないとは言え、実質的には解決したも同然となってい……」
其処で何かに気付いたかの様に言葉を止めた涼子は突如愉快そうに笑い始めた。
一頻り愉快に笑った涼子は己が気付い九尾が狙っていたであろう思惑を口にする。
「そう言う事か。ハッハハハハ……永い年月の間ずっと生贄を獲て大人しくする事で退魔師連中に思い込みを根深く植え付けるのが目的なんだ。なるほどなるほど。寿命が実質無い長命種ならではの策謀ね」
そう思い込みだ。
何百年。下手をすれば千年以上も前。
果てしなく遠い過去に祖先達が生命を賭しても封印する事しか出来なかった結果に終わった大妖怪と言う強大な脅威は、己の持つ不老不死も同然の長命すらも退魔師達を油断させる為の手札として利用した。
そして、それは永い年月と共に実を結んで連綿と続く退魔師達に生贄さえ捧げれば自分は大人しくなって被害を産まない。
そんな思い込みを根深く植え付ける為に敢えて大人しく復讐したい欲望を抑え続けて居た。
そう判断した涼子は愉快そうにしながら更に言う。
「生贄を捧げれば何も起きない。そんな思い込みは同時に大きな油断も産む。なるほど。長命種らしい気長な遣り口ね」
永い年月を大人しく毎年捧げられる生贄だけで済ませる事で九尾を退魔師達には毎年欠かさずに生贄さえ捧げれば無害化を図れる。
そう退魔師達に思い込ませる事で大きな油断を誘う。
そんな九尾の思惑に涼子は愉快そうにしながらも九尾に対しての脅威度を一段階上げると、更に己の考えを口にする。
「九尾にすれば己を封印した復讐相手達が油断してる所を仕掛ける方が復讐は成功しやすくなるって訳ね。生贄さえ捧げれば無害化を図れると永い年月で思い込むと共に己の恐怖を忘れて軽んじている連中が、自分達と人々にとって一番良い結果を出してくれると思ってる因習が一番最も被害を出す結果になる事を知らずに繰り返し続けている愚かさと間抜けぶりは良い酒の肴になるんでしょうね……私が同じ立場でも愉快なあまり愉悦を肴に酒を飲みたくなるわ」
九尾が此処に居れば、間違いなく涼子へ満点を与えてくれるだろう。
そう九尾は己または配下達も含めて永い間欠かす事無く続けられた毎年の生贄を強化と戦力維持に充てると同時。退魔師達に思い込みを根深く植え付けると共に致命的な油断を誘う為に永い年月の間ずっと大人しくしていたのだ。
そんな九尾が悲願成就とも言える復讐を今年になって実行に移そうとした理由に涼子はもう1つの要素を加味する。
「そして遠い過去の時代と比べると、科学全盛のこの時代では退魔師達は恐らく九尾から見れば雑魚に等しくもなっているとも判断したと見て良いわね」
恐らくであるが、自分や正樹の様なこの時代のこの世界の日本人では得る事が不可能とも言える強大な力を利用せんと大神達は思ったのだろう。
そう感じた涼子は小さな溜息を漏らしてしまう。
「ハァァ……神様からすれば、現世で自分達の悩みの種を解消出来る実力者が欲しかった思惑がこの件に限らずあり続けたんでしょうね……私の身売りをアッサリ認めた理由もここら辺にありそうだけど、私にすれば都合が良いのも事実」
キマイラ達を殺した時点で舞い戻ってしまった暴力の円環から抜け出せなくなったと察していた涼子にすれば、自分の聖域たる両親が住む自宅。
それにプラスして自分にとって日常と言う聖域を象徴するイコンたる両親の安全を確保出来る状況は喉から手が出る程に欲する物であった。
だからこそ、涼子は邪悪な魔女であった頃では絶対にやらぬ身売りを敢えてしたのだ。
「私にとっても、神々にとっても都合の良い取引が出来たんならまさにWin-Winの関係って奴ね。そうなると……私のお願いも聴いてくれそうね」
涼子のお願い。
それは悪魔の王たるルシファーから直々に依頼された面倒の処理。これに尽きた。
運が最高に良ければ面倒の処理に関して神々からバックアップを得られるかもしれない。
バックアップが得られないにしても、黙認と言う形で行動を認められるかもしれなかった。
この点は面倒の処理に於いてとても大きかった。
「上とは無関係の仕事をバイト代わりにするにしても、流石に上からの赦しが無い状態で勝手にやるのは不味い。そうなると、この点を利用して許可を引き出す方が良い」
少しばかり邪悪な魔女であった頃の片鱗を見せながらも、1年の平和な生活で取り戻した常識と共に自分の思惑を口にした涼子はほくそ笑んで言う。
「神様達には悪いけど、私は私の為に動くと共に利用するわよ。だから、神様達も私を存分に利用すれば良い。それが相互利益に繋がるわ」
天に座す大神達が聴いてる。
そんな確信と共に涼子は宣言すれば、それを証明する様にスマートフォンが電子音を鳴り響かせた。
スマートフォンを手に取って画面を見れば、タケさんからだった。
『悪魔の王からの依頼は受けて構わない。野郎は弟と一緒に俺達にお前等を借り受けたい旨の要請を制式にして来た。姉貴は連中に恩を売って借りにしたいから承諾した。だから、思う存分好きにやれ』
タケさんを通じて天照大御神が悪魔の王であるルシファーからの依頼を受ける事を許可する内容に涼子は嗤うと、スマートフォンで承知した旨の返信をした。
返信が済めば涼子はこの場には居らぬタケさんに感謝した。
「ありがとうタケさん。お陰で存分に動ける。でも、出来ればバックアップが欲しいなぁ……なんて思うんだけど、高望みかしら?」
厚かましいにも程がある余計な言葉を漏らすと、涼子のスマートフォンが再び電子音を鳴らす。
相手はやはりタケさんだ。
『バックアップは要請した兄弟がしてくれるそうだ。俺達はお前等を貸し出すだけだ。後、兄弟はお前の要求を呑んで西洋退魔師を抑えてくれる事を確約して来た。それから、お前が喚んだ奴の思惑通りに運ぶのは業腹だが宣言通り悪させずにお前が手綱握るなら不問にしてやる』
ルシファーからの依頼に於けるバックアップはルシファーとミカエル双方がしてくれる事。それから涼子がルシファーへ要求した件。
そして、魔王を戦力として利用する赦しも通った事を知らされれば、涼子はまたほくそ笑んで呟く。
「此処まで都合良く展開が進むとはね。でも、これで厄介な問題が全て解決する事が出来た。後は夜の狩りの本番を残すだけね」
愉快そうに呟いた涼子は手にしたままのスマートフォンを操作してタケさんに『エクソシスト達が攻撃を仕掛けて来たら容赦無く殲滅する事も先方に伝えて下さい』と追記してメッセージを返信すれば、そのまま手にしたスマートフォンで正樹へ報告の為に電話を入れた。
数度の呼び出し音の後。
正樹は電話に出てくれた。
「どうした?」
「政治的な面倒が私達にとって良い方向で解決したわ」
本題とも言える要件を簡潔明瞭に告げれば、正樹は興味無さそうに素っ気無く返した。
「そうか」
「あら?嬉しそうじゃないわね」
「いや、嬉しいさ。それより現地の偵察情報は集まったんか?」
偵察情報を知りたがる正樹に涼子は答える。
「暫定的だけど標的が居ると思わしき位置は特定出来たわ」
「なら良かった。因みに他の敵の位置とかは?」
正樹から九尾の百鬼夜行に参加する妖怪達の事を聞かれれば、涼子は答える。
「それは未だ調査中だから何も言えないわ」
「未だ連中の作戦決行当日じゃねぇから其処は仕方ねぇか」
「そりゃそうよ。カーニバルの当日でもないのに会場に集まる参加者なんて居ないわ」
百鬼夜行をユニークにもカーニバルと表現する涼子に正樹は「それもそうだな」と納得すると更に続ける。
「なら、君が抱えた面倒の方はどうなった?」
ルシファーからの依頼はどうするのか?正樹から問われた涼子は答える。
「その件も動いて問題無いって来た。報酬の件は何とも言えないけど、制式に私達を使うみたいな事を言ってたからもしかしたらお金も得られるかもしれないわ」
涼子からの報告に正樹は愉快そうにする。
「そりゃあ良い。君からの報酬だけじゃなく、制式な仕事って事でもカネが得られるんなら最高に文句無しだ」
「良かったわね。でも、しがらみ的な面倒はクリア出来ても未だ大きな問題が残ってるわ」
大きな問題が残っている。
そんな涼子の言葉の意味を理解する正樹は涼子の言う大きな問題を自らの口に出した。
「回収するブツが何処にあるのか?解らないって言う問題か?」
「えぇ、流石にソレの位置が解らなければ私達は動きようが無いわ」
件の回収するブツとも言えるルシファーの告げた赤いダイヤモンド。
それが何処に有るのか?解らなければ回収するのは難しかった。
そんな現状で正樹は当然とも言える疑問を涼子へ投げる。
「ブツを管理ないし在処を知る奴は居ねぇのか?」
「肝心のブツの持ち主、私が殺しちゃったのよ。だから、現段階で知る奴を知らないわ」
涼子が赤いダイヤモンドが隠された場所が何処なのか?唯一知る者であるキマイラは絶賛地獄で責め苦を受けて居る状態にした事を告げれば、正樹は「何で殺したんだよ?」と責めれば涼子は言い訳がましく答える。
「こんな面倒な形で私に返って来るとはその時は思わなかったわよ」
その時の涼子の事情を知らないからか?正樹は涼子の言い訳とも言える答えを聴くと、自分にも大いに影響しているにも関わらず納得した。
「まぁ、そう言う事もあるわな」
暢気に他人事の様にボヤく正樹に涼子は提案する。
「だから、敢えて放置して赤いダイヤモンドが見つかるのを待つのはどうかしら?」
涼子の突拍子も無い提案に正樹は驚きを露わにしてしまう。
「おいおい。誰の手に渡ってもヤバいブツを必死に捜さずに誰かの手に渡るまで待つって言うのか!?」
声を荒げる正樹に涼子は邪悪な笑みと共に自分の提案の利点を答える。
「ほら、漁夫の利って言うじゃん?それに面倒な捜索を誰かに押し付けて、私達は甘い汁だけを吸えば良いっていうのも楽で良くない?」
邪悪な魔女であった片鱗を見せる様に利点を告げる涼子に正樹は呆れながらも納得した。
「君の発想って完全にヤベェ悪役のそれだぞ?だが、何も手掛かりが無い現状ではそれが今の所は最善の一手とも言えるのも否めないんだよなぁ」
正樹も邪悪な人間であったからこそ、涼子の漁夫の利を得るも同然と言える横取り案の有効性を理解すると同時、何の手掛かりも無い現状としては一番良い提案であると納得せざる得なかった。
「でしょ?」
「他に良い手が無い以上はそうするのが妥当なのは認める。だが、下手したら俺達に給料払ってくれる奴が破滅する危険性が滅茶苦茶あるのも事実だ」
正樹が涼子の提案の中に含まれる大きな危険性を述べれば、涼子はアッケラカンに返す。
「その時は笑って誤魔化すわ」
「コブラで読んだ事ある台詞に思えるのは気のせいか?」
涼子の言葉に正樹が益々呆れると、涼子は更に続ける。
「気の所為じゃないわ。実際、日本の神に限らず日本人で死んだ後に日本の地獄に落ちる事が確定してる私達にすれば、正直な所として西洋圏の悪魔が滅びようが知ったこっちゃないわよ?」
邪悪な魔女としての一面を見せる涼子に正樹はまたまた呆れてしまう。
「おいおい。酷い奴だな……まぁ、事実だから当然だわな」
同時に涼子の言葉にも納得していた。
そんな正樹に涼子は更に告げる。
「それに私達が成功するか?失敗するか?って言う形で超常の存在達の命運を握っているって言うのも楽しいじゃない?」
愉快そうに告げる涼子に正樹は納得すると共に愉快そうに確認する。
「まぁ、確かに連中の命運を握ってるって思えば愉快だな。そうなると……捜索は当面はしないって方向で認識して良いか?」
「えぇ、その認識で良いわよ。ていうか私達は表向きは真っ当な学生なのよ?平日は学校に拘束され続けているのに捜索なんて出来ないわよ」
「そりゃそうだ。と言う事は捜索の為に本格的に動くのは夏休み頃って所か?」
涼子の含みのある言葉から涼子の思惑を指摘する正樹に涼子は肯定する。
「当然じゃない。私達みたいな学生が平日を自由に動き回れるのなんて夏休みぐらいしか無いんだから」
「それが理由で夏休み潰れるのは勘弁して欲しいがな……だが、その期間しか動き回れないのも不愉快ながらも仕方ない事実だ」
正樹が涼子が夏休みを利用せざる得ない事情を告げれば、同じ学生の身である正樹も不愉快ながらも納得せざる得なかった。
「そう言う事」
「せめて1日だけで片付けば良いんだけどな……」
嘆くようにボヤく正樹に涼子は暢気に言う。
「都合良く展開が進めば片付くわよ」
「だと良いけどな。じゃ、水曜にまた会おうぜ」
正樹との打ち合わせにも似た通話が終われば、涼子は大鴉から送られる情報を受信しながら暢気にスマートフォンで動画を再生して可愛い猫ちゃん達を眺め始める。
普通の女の子が動画内を愛くるしく可愛く振る舞う猫ちゃんの姿に癒される様子は、先ほどまで邪悪な魔女としての一面を見せていたとは想像出来ないものであった。
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