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第七章

王子の依頼

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カイルはアラゴンに寄ってから王宮に向かうと言ってポリニエールを去って行った。
ウィレムは、エレノアを連れてロゼンタールに戻ってくれるようカイルに頼まれていたが、エレノアは首を縦にふることなく、渋々、護衛のジュリアンとメイドのケリーだけを残して王都のロゼンタール屋敷に戻っていった。

一人の食事にも慣れた。
気が狂いそうになるほど一人を恐れていたこともあったが、視察の旅の日々が傷を癒してくれていたようだ。もう後ろ向きな気持ちになることもなかった。
時折、家族がいない寂しさに押しつぶされそうになるが、遺された自分には責任があると強く念じることで心を落ち着かせることができた。



月日は流れ夜の訪れが早くなり、朝夕の風が冷たくなってきたころ、王宮から手紙が届いた。王子の来訪を告げる知らせだった。

「すまないね。冬支度で忙しいときに。」
お茶を出したキャサリンが応接室から退出すると、王子から声をかけられる。
「いいえ、それよりも殿下が我が領地に足を運んで下さるなんて光栄ですわ。」
エドワード王子はエレノアがパーティーで踊った唯一の相手であり、その後もレオンと共に何度か顔を合わせたが二人で話したことはなかった。
王宮に呼び出せば済むところを、殿下自ら領地まで足を運ばれるなんて、余程のことか。

「前からポリニエールに来てみたかったんだ。ロゼンタール公爵がかなり入れ込んでいたようだから、どんなところか気になっていてね。」
「公爵様は、父が存命の頃からよくポリニエールにいらしていました。」
「そうらしいね。その頃から君とレオンを結婚させたがっていたとも聞いたよ。」
「それは‥わたしは父が亡くなるまで知りませんでした。」
「ふうん、そうなんだ。」

エレノアが知らなかったのは本当だ。
カイルが戦争から戻ったら結婚したいと兄に打ち明けたとき、はじめてレオンとの縁談の話があったことを聞かされた。すでに父が亡くなった後の事だ。
その時は、公爵家からもそんな話があったが騎士との結婚を父が望んでいなかった、と話の引き合いにされ出征前のカイルとの婚約が叶わなかった。
もしあの時、兄がカイルとの婚約を認めてくれていたら‥今とは違う未来があったかもしれない。


しばらく雑談を交わしたあと、王子が切り出した。
「そろそろ本題なんだが、伯爵。」
「はい。なんでしょう。」
「王都に戻って、わたしの補佐をしてもらえないだろうか。」
「は、はい?」
まるで予想もしていなかった話を急に振られて思わず、王子相手にまの抜けた返事をしてしまう。
補佐って?領地を離れて王宮勤めってこと‥よね?

「‥私などでは、お役に立てませんでしょう。領地を離れるわけにも行きませんし。」
「なにを謙遜する、君も戦争の英雄じゃないか。」
「英雄だなんて!とんでもないことですわ。」
驚き目を丸くする、王子の前だというのに素の表情がでてしまった。
「ははっ、確かに英雄がこんな可愛らしいとはね。」
エレノアは真っ赤になった。王子に世辞を言われてもなんと返したらいいのやら、これも王子の手なのだろうか、揺さぶり動揺させて追い込む気なのか。

「領地のことは、定期的に帰ってもらって構わないよ。今までもそうしてたんだろう?補佐といっても付ききりになる必要はない、ただ必要なときにあなたの助言がほしいんだ。」
「助言?管理人制度のことですか?」
「それもあるが、他にもいろいろと懸念していることがあってね。これはまだ極秘事項なんだが‥。」
王子は、ソファの向かいに座るエレノアの方へ、身を乗り出すと声をひそめる。
「妹のグレイスが、メディエスに嫁ぐことになった。」

王女様がメディエスに?

「父は妹の結婚で南国と同盟を組んでから、休戦中の東へ攻め込むつもりだ。」
「また、戦争が始まるのですか‥。」

エレノアの脳裏に必死に補給路を拓いたあの頃がよみがえる。
遠くに聞こえる怒声と剣を交える音、道端に転がる亡くなった騎士や村人。その合間を縫ってときに身を隠し、ときに駆け抜ける。

あれをもう一度やれというのか?今の私に出来るのだろうか?

膝にのせていた両手がぎゅっとドレスを握りしめる。
エレノアは王子の顔を見た。
まだ戦争を防ぐことはできるのですか?無言で問いかける。

「そうならないことを願うがね。」
エレノアの問いかけが伝わったのかどうかは、わからないが王子はそう答えた。
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