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第六章

思い出の丘

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クポラの屋敷には、カイル宛に父親から手紙が届いていた。
カイルは手紙を読み終えると、両手を組んで額をのせると俯いたまま、なにか考え込んでいた。


同じ頃、エレノアは執務室で机に向かっていた。引き出しを開けると、色違いのリボンがかかった小箱が二つ入っている。
ロゼンタール視察旅行のときに、ジルべの街で買った銀細工だ。一つはカイルに、もう一つはレオンに渡しそびれたものだ。
レオンがあんな風に王都に帰ってしまったから、すっかり忘れてたわ。

視察も終わったし、カイルはアラゴンに戻るのかしら。兄ケビンが領主をついで、カイルはマグライド騎士団の団長になって兄を助けるのが子どもの頃の夢だったはず。
エレノアは、頬杖をつき小箱の一つを手にとると、それを眺めながら、あてどもない考えにふけっていた。

コンコン、ふいに扉がノックされた。
「は、はい」
急に意識を引き戻されて、声が裏返った。
「僕だよ、カイル。」
「どうぞ。」
エレノアは小箱を引き出しに戻した。
「カイル、どうしたの?」
「明日なんだけど、一緒に百合の丘に行かないか?」
百合の丘‥。エレノアの脳裏にカイルにプロポーズされたあの日の淡い思い出が甦る。顔が火照るのを感じた、きっとわたしの顔、赤くなってる。
「ええ、いいわよ。予定を空けとくわね。」
平静を装って答える。
「よかった、それじゃ。」
カイルは優しく微笑むと部屋をでる。
「また食事のときにね。」
その背を追うように、エレノアが声をかけた。
返事のかわりに、カイルは扉を閉めながらにっこりと笑った。

「ふぅー。」
なんだか緊張しちゃった、‥あした、渡せるかしら。
エレノアは引き出しを開けると、小箱を一つ取り出した。




翌日、エレノアとカイルは百合の丘に向かった。
既婚者のエレノアとカイルが二人きりで出かけるのは憚られるため護衛が二人同行した。幼い頃からエレノアとカイルのことを知っている護衛たちは、丘に着くと気を利かせて姿が見えないぎりぎりの位置に待機した。

百合の季節はとうに終わって、青々とした草が茂っている。エレノアは思い切り緑の香りを吸い込む。
エレノアとカイルは昔のように丘のてっぺんに敷物を敷くと並んで座った。

「はあー、ここはいつ来ても気持ちがいいわね。」
「うん、僕はここに来るの四年ぶりだけど、変わってないね。」
エレノアははっとカイルの顔を見た。四年ぶり‥前に来たのは、プロポーズのときだ。

「カイル‥。」

エレノアの胸は切なさにチクリと痛んだ。
初めてのくちづけ、優しい眼差し、あの日のときめき、未来への希望。

ああ、カイル、待てなくてごめんなさい。
あの日の約束を忘れたわけじゃなかったの。
今さらだとしても、分かってほしい。
裏切る気なんてなかったの。

エレノアは思い切って口を開いた。

「あの、結婚相手を探す話は、どうなったの?」

違う!
何言ってるのよ、わたし!

カイルは少し驚いたように一瞬目を見開いたが、事もなげに答えた。
「あー、そんな話もあったね。」
そして、いつもの優しい眼差しに戻ると続けた。
「いい人が見つからなかったんだ。それに‥やっぱりまだ結婚したいと思えないんだ。」
君以外とは‥
カイルはその一言を飲み込んだ。

「そうだったの?てっきり‥」
今度はエレノアが目を見開いた。
あんなに悩んだのはなんだったのかしら。
「ほら、戻ってきてから一年も経ってないしね。」
カイルは被せるように言い訳をした。
「そう、そうよね、焦ることないわよね。」
エレノアはほっとした。

けれど、その後のカイルの話にエレノアの心は掻き乱されるのだ。


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