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第三章

留守の間

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ロゼンタール公爵とエレノアが視察の旅にでて間もなく、レオン一人が残る王都の屋敷に、エレノアに会いたいと男が訪ねてきた。

来客を告げた執事のジェレミーはレオンに伺いを立てた。
「エレノア様はいらっしゃらないですし、約束もありませんからお帰りいただきますか」
だが、レオンは会ってみたかった。

エレノアの待ち人、カイル・マグライドに。

レオンが応接室に入ると、カイルはすぐに立ち上がり一礼した。
「突然おしかけて申し訳ありません。エレノアの‥ポリニエール伯爵の幼馴染、カイル・マグライドと申します」
レオンはカイルの父マグライド辺境伯には何度か会ったことある。辺境伯はいかつく、いかにも屈強な騎士といった見た目だが、目の前のカイルは体格こそ背が高くがっしりとしているが、優しげで人好きな顔をしていた。

「執事に聞いたかと思いますが、エレノアは父と視察に行っています。」
「ええ、聞きました。あなたは行かなかったのですね」
「誰かが残らないと、領民たちが困ることになってしまいますからね」
「それもそうですね。じつは、エレノアの体調がよくないときいて伺ったのですが、視察に行けるということは元気になったのですね」
「ええ、まあ」
「でしたら、これで失礼します」
カイルが席をたつ。

レオンは屋敷の外まで見送った。
そして、言おうか迷っていたが、思い切って馬車に乗ろうとするカイルを呼び止めた。
「ニカ月後、視察の最後にポリニエール領に寄ります。エレノアに会いたければ、そのときにポリニエールに行かれるといい」
カイルは一瞬驚いた顔をしたが、
「ありがとうございます。そうします」
と爽やかな笑顔で答えると去っていった。



あれが、カイル・マグライドか‥。
真っ直ぐで温厚そうな好青年だっな。
けっきょく、挨拶をしただけで知りたかったことは何も聞けなかった。
なぜ三年も行方不明だったのか。
舞踏会の日エレノアと会ったのか。
エレノアとは恋人同士なのか。
もっとも、三つ目の疑問の答えは分かりきっているが。




二ヶ月後、レオンはポリニエール領にやって来た。ロゼンタール公爵から、視察の最後に寄るからレオンも来るよう、言い渡されていたからだ。

ポリニエールの屋敷に着くと、執事や使用人たちが迎えてくれた。
部屋に案内されお茶を飲む。着替えもすませて一息つくと、レオンは部屋の中をぐるりと見回した。
続き間の扉が目にはいる。その向こうはエレノアの寝室だ。ドアノブを回してみると鍵がかかっていなかった。
レオンはエレノアの寝室に足を踏み入れる。部屋の中は殺風景で、壁には大きな本棚が据えつけてあった。おそらく私物のほとんどは結婚前に使っていた自室に置いたままなのだろう、あまり物が置いてなかった。

この部屋には前に一度だけ入ったことがある。
結婚して初めてエレノアがポリニエールに戻ったとき公爵とレオンも同行した。屋敷では新婚の二人をお祝いするパーティーが開かれた。
あの時は、仕切り扉ではなく廊下からこの寝室に入った。
パーティーの支度を終えたエレノアは、いつもより華やかなドレスを身にまとい、勝手知ったる自分の家に戻ったからか、リラックスした様子だった。

レオンはエレノアに言った。
「今夜のパーティーだけど、君が他の誰かと踊るのは構わないよ」
慣れ親しんだ故郷で知り合いも多いだろうし、きっと踊りたいだろう。レオンなりに気遣ったつもりだったが、いま思い出せば失礼な話だ。
二人のためのパーティーなのに、故郷でエレノアの顔を潰したもの同然だった。なぜあの時はそんなことも分からなかったのだろう。今さらだが、自分の愚かさを悔やんだ。

エレノアがこの結婚に前向きでなかったことは鈍感なレオンでも気づいていたが、まさか他に想い人がいるとは想像もしていなかった。
しかし、実際は、自分が王女に未練を残しながら結婚したように、エレノアもカイルを慕いながらレオンに嫁いだのだ。
なぜ、自分だけが望まぬ結婚を強いられていると思い込んでいたのだろう。
レオンは今までエレノアにしてきたことを思い出して、恥ずかしさと後悔で頭を抱えた。



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