17 / 48
第三章
初めての旅
しおりを挟む
アンナとケリーの献身のおかげで、だいぶ体力が戻ってきたが、まだ以前のエレノアではなかった。
エレノアが寝込んでいる間、公爵とレオンがほとんど処理をしてくれていたので、滞っている仕事はないはずなのに、エレノアはろくに睡眠もとらず執務室にこもるようになったのだ。
見かねた公爵は、エレノアを連れてロゼンタール領の視察に行くことにした。
ちょうどいい、これを機にずっと先送りしていたロゼンタールの仕事に着手しよう。早く恩を返してレオンを自由にしてあげたい。エレノアはそう思った。
屋敷の正面に、ロゼンタールの紋章のついた立派な馬車が二台停まっていた。レオンや執事のジェレミーたちが並んで見送るなか馬車は出発した。
公爵はアンナとケリーをエレノアの馬車に同乗させた。はじめのうちはボーッとして元気のなかったエレノアだったが、二人のはしゃぎっぷりにつられてすぐに元気を取り戻した。
とにかく、若い女が三人集まればおしゃべりが止まらない。
「エレノア様、今から向かうジルべの街は工芸が盛んで、とても繊細で美しい銀細工が有名だそうですよ」
ケリーが言う。
「銀細工?素敵ね。」
留守番のレオンに何か買っていこうかしら。‥カイルには‥なにかあげたいけど喜んでくれるかしら。
「ケリーは領地のことに詳しいの?」
エレノアは聞いてみた。
「はい、わたしの父は行商をしていたので、いろいろと話を聞くんです。ロゼンタール領で一番のおすすめは、アラメールの街で、丘から望む海の景色は素晴らしいし、なんといってもお魚が美味しいしそうですよ。ま、それも話に聞いただけで、行ったことはないんですけどね」
ケリーが茶目っ気たっぷりにペロリと舌をだす。
「ロゼンタールは広いから、ケリーにはいろいろと教えてもらわなくちゃね」
「そんな、恐れ多いことです‥」
急にケリーはあわあわとした。
「あ、エレノア様。あちらに牧場が見えますよ。」
アンナが指さした方向には、馬が何頭も放たれて自由に駆け回っている。
「エレノア様は乗馬がお上手なんですよね。今度馬に乗っている姿を見せてください」
「わたしも見たいです!」
アンナとケリーに煽てられてエレノアは気をよくした。
「あなたたちも乗れるの?」
「いいえ」
アンナが答える。
「引いてもらって乗ったことはあります」
ケリーも答える。
「それじゃ、わたしが教えてあげなきゃね」
「きゃー」
二人は両手をくちに当てて悲鳴をあげて喜んだ。
「約束ですよー」
エレノアは戦争中、馬で駆けずり回っていたときのことを思い出した。あの時は必死だった。目にはいる景色は鑑賞するものではなく、補給路をどう確保するかという戦略の材料でしかなかった。記憶に残る景色は暗く、色を持たなかった。
それがどうだ、今はぜんぜん違うではないか。
馬車の窓から優雅に景色を眺める。川面にキラキラと光る太陽の輝き、遥か遠くまで続く緑の草原の壮大さ。外の世界は広く、こんなにも美しかったのだ。
宿でも三人は一緒の部屋だった。公爵様から言われたのだろう、普段ならエレノアと一緒の部屋など恐れ多いと言って断固拒否するはずだ。
野宿の夜はさらに楽しかった。ジュリアンをはじめ護衛の騎士や、御者、荷運びの使用人、上下の別なく焚き火を囲んで、飲んだり歌ったり騒いだ。
エレノアは皆の話を聞くのが好きだった。三者三様の人生がある。苦労話だって明るく笑い飛ばす。
ああ、そうか。視察は名目で公爵様はエレノアを気分転換のために連れ出してくれたのだろう。
いつもそうだ。公爵様は本当につらいとき、さりげなく助けてくれる。父を亡くしてから、親代わりのようだった。まめにポリニエールに顔を出し、領地を継いだばかりの兄、エリオットのよき相談役になってくれた。兄が亡くなると、ポリニエールの屋敷に残り、エレノアが前線へ向かう時は必ずついてきてくれた。
無理をするなとか、危ないからと止めたりしなかった。ただ、エレノアのすることをさりげなく支え続けてくれた。
公爵様には、返しきれないくらいの恩がある。
エレノアが寝込んでいる間、公爵とレオンがほとんど処理をしてくれていたので、滞っている仕事はないはずなのに、エレノアはろくに睡眠もとらず執務室にこもるようになったのだ。
見かねた公爵は、エレノアを連れてロゼンタール領の視察に行くことにした。
ちょうどいい、これを機にずっと先送りしていたロゼンタールの仕事に着手しよう。早く恩を返してレオンを自由にしてあげたい。エレノアはそう思った。
屋敷の正面に、ロゼンタールの紋章のついた立派な馬車が二台停まっていた。レオンや執事のジェレミーたちが並んで見送るなか馬車は出発した。
公爵はアンナとケリーをエレノアの馬車に同乗させた。はじめのうちはボーッとして元気のなかったエレノアだったが、二人のはしゃぎっぷりにつられてすぐに元気を取り戻した。
とにかく、若い女が三人集まればおしゃべりが止まらない。
「エレノア様、今から向かうジルべの街は工芸が盛んで、とても繊細で美しい銀細工が有名だそうですよ」
ケリーが言う。
「銀細工?素敵ね。」
留守番のレオンに何か買っていこうかしら。‥カイルには‥なにかあげたいけど喜んでくれるかしら。
「ケリーは領地のことに詳しいの?」
エレノアは聞いてみた。
「はい、わたしの父は行商をしていたので、いろいろと話を聞くんです。ロゼンタール領で一番のおすすめは、アラメールの街で、丘から望む海の景色は素晴らしいし、なんといってもお魚が美味しいしそうですよ。ま、それも話に聞いただけで、行ったことはないんですけどね」
ケリーが茶目っ気たっぷりにペロリと舌をだす。
「ロゼンタールは広いから、ケリーにはいろいろと教えてもらわなくちゃね」
「そんな、恐れ多いことです‥」
急にケリーはあわあわとした。
「あ、エレノア様。あちらに牧場が見えますよ。」
アンナが指さした方向には、馬が何頭も放たれて自由に駆け回っている。
「エレノア様は乗馬がお上手なんですよね。今度馬に乗っている姿を見せてください」
「わたしも見たいです!」
アンナとケリーに煽てられてエレノアは気をよくした。
「あなたたちも乗れるの?」
「いいえ」
アンナが答える。
「引いてもらって乗ったことはあります」
ケリーも答える。
「それじゃ、わたしが教えてあげなきゃね」
「きゃー」
二人は両手をくちに当てて悲鳴をあげて喜んだ。
「約束ですよー」
エレノアは戦争中、馬で駆けずり回っていたときのことを思い出した。あの時は必死だった。目にはいる景色は鑑賞するものではなく、補給路をどう確保するかという戦略の材料でしかなかった。記憶に残る景色は暗く、色を持たなかった。
それがどうだ、今はぜんぜん違うではないか。
馬車の窓から優雅に景色を眺める。川面にキラキラと光る太陽の輝き、遥か遠くまで続く緑の草原の壮大さ。外の世界は広く、こんなにも美しかったのだ。
宿でも三人は一緒の部屋だった。公爵様から言われたのだろう、普段ならエレノアと一緒の部屋など恐れ多いと言って断固拒否するはずだ。
野宿の夜はさらに楽しかった。ジュリアンをはじめ護衛の騎士や、御者、荷運びの使用人、上下の別なく焚き火を囲んで、飲んだり歌ったり騒いだ。
エレノアは皆の話を聞くのが好きだった。三者三様の人生がある。苦労話だって明るく笑い飛ばす。
ああ、そうか。視察は名目で公爵様はエレノアを気分転換のために連れ出してくれたのだろう。
いつもそうだ。公爵様は本当につらいとき、さりげなく助けてくれる。父を亡くしてから、親代わりのようだった。まめにポリニエールに顔を出し、領地を継いだばかりの兄、エリオットのよき相談役になってくれた。兄が亡くなると、ポリニエールの屋敷に残り、エレノアが前線へ向かう時は必ずついてきてくれた。
無理をするなとか、危ないからと止めたりしなかった。ただ、エレノアのすることをさりげなく支え続けてくれた。
公爵様には、返しきれないくらいの恩がある。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる