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第二章
宮廷舞踏会の日、エレノア
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王宮のホールの明かりの中に、煌びやかに着飾った人々が吸い込まれていく。
ここに来るのは結婚披露パーティー以来だ。
エレノアは昂る気持ちを悟られないよう顔を引き締めた。レオンの腕をとり、前を歩く公爵の背中をみながら入場する。
あの日再会したカイルは、とても落ち着いていた。エレノアがあんなに長い間必死で探していたのに、会えなかった年月などまるで大したことなかったかのように。
でも一緒に踊ると言ってくれた。エレノアは自分に言い聞かせる。
レオンだって、初めてポリニエールに帰郷した日、
「君が他の誰かと踊るのは構わないよ」
と言ってくれた。だから大丈夫。
カイルと堂々と踊れる。
ロゼンタールの名前がコールされると、会場中の貴族たちが振り向いた。ひそひそと何かを囁き合う者、値踏みするような目をする者、感嘆のため息をつき見惚れる者、たくさんの視線を向けられていたが、エレノアは全く気にならなかった。ただ一人、カイルのことしか興味がなかったからだ。
公爵は挨拶回りをしに、レオンはのどがかわいたと言ってエレノアのそばを離れた。
カイルはどこかしら。人が多くてわからないわ。
パーティーはもうはじまっていた。
ふとダンスホールを見ると、カイルが見知らぬ女性と踊っていた。
エレノアは凍りついた。
カイルが他の女性をエスコートしてくることはわかっていた。わかっていたのに‥
茫然と立ちつくしていると、いつの間にか貴族たちに囲まれていた。好き勝手にあれこれと話しかけてくる。
いやだ‥、近寄らないで。一人になりたい。お願い、ほっといて。
そんな心の叫びとはうらはらに、その場を取り繕おうと必死で笑顔を作るが、口元が震えてしまう。
ああ、これ以上はむり‥。
「皆さんごめんなさい、ちょっと気分が‥」
エレノアは、なんとか声を絞り出すとうつむいてその場を離れた。
ホールの外へ出ると、人のいなそうなところを求めて足早に歩きだす。
わたしはあの人の次なんだ。
ねえ、カイル、カイル。婚約者じゃないんでしょ。
だったらわたしと先に踊ったっていいじゃない。すごく楽しみにしていたのに。
あなたはそうじゃなかったの?
涙があふれてきた。
頭ではわかっている。彼女は同伴者だし、ましてや自分は既婚者だ。彼女の次にカイルと踊ればそれでいいのだ。
カイルははじめからそのつもりだっただろう。
けれど、エレノアは耐えられなかった。
ふと披露パーティーのことを思い出す。王子と踊ったあの夜。
本当は好きな人としか踊りたくなかった。
誰とも踊りたくなんてなかった。
わたしだって踊りたくなかった!
ずるいずるい、レオンが憎らしい。
やみくもに歩き回っているうちに、人気のない庭園にたどり着いた。きれいに刈り込まれた生垣に、囲まれるように円形の噴水があった。噴水の中央には女神像がたっていた。
エレノアは噴水のヘリに突っ伏して、地面にへたり込んだ。この世に一人とり残された気分だ。
女神像に語りかける。
「これは罰でしょうか」
カイルを待てず、レオンと王女の仲を割いたから。
貴族たちのこそこそ話しが脳裏に甦る。
誓いの口づけのとき、王子と踊ったとき、聞こえてきた言葉。
「レオン様はあの女がお嫌いなのよ」
愛がなくとも、この結婚は間違いじゃない、自分にそう言い聞かせてきた。
けれど、やっぱり‥間違いだったのかもしれない。
ああ、カイル‥助けて
「わたしの光、道しるべ‥」
「エレノア?」
まさか、追いかけてきてくれた?
「カイル!」
振り向くと、そこにいたのはレオンだった。
いま一番会いたくない人。
わたしが愛していない夫。
わたしを愛してくれない夫。
ここに来るのは結婚披露パーティー以来だ。
エレノアは昂る気持ちを悟られないよう顔を引き締めた。レオンの腕をとり、前を歩く公爵の背中をみながら入場する。
あの日再会したカイルは、とても落ち着いていた。エレノアがあんなに長い間必死で探していたのに、会えなかった年月などまるで大したことなかったかのように。
でも一緒に踊ると言ってくれた。エレノアは自分に言い聞かせる。
レオンだって、初めてポリニエールに帰郷した日、
「君が他の誰かと踊るのは構わないよ」
と言ってくれた。だから大丈夫。
カイルと堂々と踊れる。
ロゼンタールの名前がコールされると、会場中の貴族たちが振り向いた。ひそひそと何かを囁き合う者、値踏みするような目をする者、感嘆のため息をつき見惚れる者、たくさんの視線を向けられていたが、エレノアは全く気にならなかった。ただ一人、カイルのことしか興味がなかったからだ。
公爵は挨拶回りをしに、レオンはのどがかわいたと言ってエレノアのそばを離れた。
カイルはどこかしら。人が多くてわからないわ。
パーティーはもうはじまっていた。
ふとダンスホールを見ると、カイルが見知らぬ女性と踊っていた。
エレノアは凍りついた。
カイルが他の女性をエスコートしてくることはわかっていた。わかっていたのに‥
茫然と立ちつくしていると、いつの間にか貴族たちに囲まれていた。好き勝手にあれこれと話しかけてくる。
いやだ‥、近寄らないで。一人になりたい。お願い、ほっといて。
そんな心の叫びとはうらはらに、その場を取り繕おうと必死で笑顔を作るが、口元が震えてしまう。
ああ、これ以上はむり‥。
「皆さんごめんなさい、ちょっと気分が‥」
エレノアは、なんとか声を絞り出すとうつむいてその場を離れた。
ホールの外へ出ると、人のいなそうなところを求めて足早に歩きだす。
わたしはあの人の次なんだ。
ねえ、カイル、カイル。婚約者じゃないんでしょ。
だったらわたしと先に踊ったっていいじゃない。すごく楽しみにしていたのに。
あなたはそうじゃなかったの?
涙があふれてきた。
頭ではわかっている。彼女は同伴者だし、ましてや自分は既婚者だ。彼女の次にカイルと踊ればそれでいいのだ。
カイルははじめからそのつもりだっただろう。
けれど、エレノアは耐えられなかった。
ふと披露パーティーのことを思い出す。王子と踊ったあの夜。
本当は好きな人としか踊りたくなかった。
誰とも踊りたくなんてなかった。
わたしだって踊りたくなかった!
ずるいずるい、レオンが憎らしい。
やみくもに歩き回っているうちに、人気のない庭園にたどり着いた。きれいに刈り込まれた生垣に、囲まれるように円形の噴水があった。噴水の中央には女神像がたっていた。
エレノアは噴水のヘリに突っ伏して、地面にへたり込んだ。この世に一人とり残された気分だ。
女神像に語りかける。
「これは罰でしょうか」
カイルを待てず、レオンと王女の仲を割いたから。
貴族たちのこそこそ話しが脳裏に甦る。
誓いの口づけのとき、王子と踊ったとき、聞こえてきた言葉。
「レオン様はあの女がお嫌いなのよ」
愛がなくとも、この結婚は間違いじゃない、自分にそう言い聞かせてきた。
けれど、やっぱり‥間違いだったのかもしれない。
ああ、カイル‥助けて
「わたしの光、道しるべ‥」
「エレノア?」
まさか、追いかけてきてくれた?
「カイル!」
振り向くと、そこにいたのはレオンだった。
いま一番会いたくない人。
わたしが愛していない夫。
わたしを愛してくれない夫。
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