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第一章
移ろい
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エレノアとレオンが結婚してから半年ほどたった。
いつしかレオンは毎朝エレノアの部屋へ迎えにいくのが楽しみになっていた。
罪滅ぼしのつもりではじめたことだったが、毎朝部屋の扉をあけると、おはようございますとにっこり微笑んでくれるエレノアに知らず知らずのうちに癒されていたのだ。
子どもの頃は両親と弟と家族四人、そこに叔父の家族が加わることもあり食事の時間は賑やかだった。やがて、母が亡くなり、弟は寄宿学校に行ってしまった。
父と二人の味気ない食卓になった。
さらに結婚話をされてからは、険悪になってしまい食事の時間が憂鬱だった。
エレノアがやって来てからは彼女に見苦しい姿を見せる訳にはいかず、父と険悪だと気づかれないように取り繕っていたのだが、食事の席で争うことがなくなると、ギクシャクした父との関係が自然と普通に戻っていた。
今ではエレノアと三人で囲む食卓が当たり前になっている。会話といえば、ほとんどが仕事の話しだが、心地のいい時間だ。朝がいいとその日一日穏やかに過ごせる。
しかし、夜になると王女の顔がチラついて、どうしてもエレノアの部屋を訪ねることができなかった。毎晩、罪悪感と戦っていたが、まるで気にしていないというエレノアの様子に、いつしかそれぞれの寝室に帰っていくのが当たり前になっていた。
不思議なことにエレノアだけでなく、屋敷のものたちも執事のジェレミーも、あれほど結婚を強行した父でさえもまるで意に介していないようだった。
もちろん、エレノアに申し訳ないという気持ちが消えたわけではない。今でも折に触れ考える。エレノアは形のうえでは妻だが実際はそうではない、かといって妹のような存在とも違う。何者でもないが確かにレオンの中ではもう家族だ。
エレノアが領地に行って家にいない日は、なんとなく落ち着かなかった。
そんな風にエレノアのいる生活にレオンが慣れてきた頃、建国記念の宮廷舞踏会が開かれることになった。
王族主催ではさすがに欠席するわけにはいかない。
エレノアは社交に興味はないしできればしたくなかった。しなくてもポリニエール領の経営は充分成り立っていけるのだし必要ない。
エレノアの気持ちを知ってか知らずか、公爵は直接エレノア宛に来た招待でさえ代わりに断ってくれた。そんな公爵家のエレノアのかわいがり様はまた社交界の噂となっていた。
戦後、騎士の仕事から退いたレオンだったが、頼まれて週に何度か王宮騎士の訓練を手伝っていた。
その日も訓練を終えて帰ろうとしていたところに王女がやってきた。
近づく人影に気づき顔を上げたレオンの前に王女がいた。
風にたなびく髪が夕日に照らされて輝いていた。優雅で自信に満ち溢れた佇まいは、はじめて会ったときとかわっていない。
「レオン、久しぶりね」
「王女様‥」
膝をつき騎士の礼をとる。
「やめて、立ってちょうだい」
結婚してから王女を見かけることはあっても、二人きりにならないようにしていた。妻として受け入れられなくてもエレノアを裏切ることはしたくない。
「なにかお話しが?」
「レオン‥あのお願い、きいてくれたのね」
そう言いながら腕を絡ませて手のひらをそっとレオンの胸に添えてきた。
「‥」
結婚後も断れないパーティーには数回エレノアと出席したことがある。そのときも誰とも踊っていない。
王女のお願いがあったから‥。
そして、エレノアもレオンにダンスを求めてくることはなかったから。
けれど、レオンは王女にそうだと答えられず、黙っていると王女が話を続ける。
「ねえ、レオン。今度の舞踏会でわたしと踊ってほしいの」
「‥」
なんと言ったらいいのか迷ったが、思い切って答える。
「王女様、わたしはもう結婚した身です。妻と踊らないのに他の方と踊ることはできません」
そう答えるとレオンはそっと王女の手をふり解いた。
ーーーー
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いつしかレオンは毎朝エレノアの部屋へ迎えにいくのが楽しみになっていた。
罪滅ぼしのつもりではじめたことだったが、毎朝部屋の扉をあけると、おはようございますとにっこり微笑んでくれるエレノアに知らず知らずのうちに癒されていたのだ。
子どもの頃は両親と弟と家族四人、そこに叔父の家族が加わることもあり食事の時間は賑やかだった。やがて、母が亡くなり、弟は寄宿学校に行ってしまった。
父と二人の味気ない食卓になった。
さらに結婚話をされてからは、険悪になってしまい食事の時間が憂鬱だった。
エレノアがやって来てからは彼女に見苦しい姿を見せる訳にはいかず、父と険悪だと気づかれないように取り繕っていたのだが、食事の席で争うことがなくなると、ギクシャクした父との関係が自然と普通に戻っていた。
今ではエレノアと三人で囲む食卓が当たり前になっている。会話といえば、ほとんどが仕事の話しだが、心地のいい時間だ。朝がいいとその日一日穏やかに過ごせる。
しかし、夜になると王女の顔がチラついて、どうしてもエレノアの部屋を訪ねることができなかった。毎晩、罪悪感と戦っていたが、まるで気にしていないというエレノアの様子に、いつしかそれぞれの寝室に帰っていくのが当たり前になっていた。
不思議なことにエレノアだけでなく、屋敷のものたちも執事のジェレミーも、あれほど結婚を強行した父でさえもまるで意に介していないようだった。
もちろん、エレノアに申し訳ないという気持ちが消えたわけではない。今でも折に触れ考える。エレノアは形のうえでは妻だが実際はそうではない、かといって妹のような存在とも違う。何者でもないが確かにレオンの中ではもう家族だ。
エレノアが領地に行って家にいない日は、なんとなく落ち着かなかった。
そんな風にエレノアのいる生活にレオンが慣れてきた頃、建国記念の宮廷舞踏会が開かれることになった。
王族主催ではさすがに欠席するわけにはいかない。
エレノアは社交に興味はないしできればしたくなかった。しなくてもポリニエール領の経営は充分成り立っていけるのだし必要ない。
エレノアの気持ちを知ってか知らずか、公爵は直接エレノア宛に来た招待でさえ代わりに断ってくれた。そんな公爵家のエレノアのかわいがり様はまた社交界の噂となっていた。
戦後、騎士の仕事から退いたレオンだったが、頼まれて週に何度か王宮騎士の訓練を手伝っていた。
その日も訓練を終えて帰ろうとしていたところに王女がやってきた。
近づく人影に気づき顔を上げたレオンの前に王女がいた。
風にたなびく髪が夕日に照らされて輝いていた。優雅で自信に満ち溢れた佇まいは、はじめて会ったときとかわっていない。
「レオン、久しぶりね」
「王女様‥」
膝をつき騎士の礼をとる。
「やめて、立ってちょうだい」
結婚してから王女を見かけることはあっても、二人きりにならないようにしていた。妻として受け入れられなくてもエレノアを裏切ることはしたくない。
「なにかお話しが?」
「レオン‥あのお願い、きいてくれたのね」
そう言いながら腕を絡ませて手のひらをそっとレオンの胸に添えてきた。
「‥」
結婚後も断れないパーティーには数回エレノアと出席したことがある。そのときも誰とも踊っていない。
王女のお願いがあったから‥。
そして、エレノアもレオンにダンスを求めてくることはなかったから。
けれど、レオンは王女にそうだと答えられず、黙っていると王女が話を続ける。
「ねえ、レオン。今度の舞踏会でわたしと踊ってほしいの」
「‥」
なんと言ったらいいのか迷ったが、思い切って答える。
「王女様、わたしはもう結婚した身です。妻と踊らないのに他の方と踊ることはできません」
そう答えるとレオンはそっと王女の手をふり解いた。
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