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第一章

お願いされたら断れない

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レオンはエレノアと顔を合わせたくなくて、仲の良い友人を伴い王都の中心街で酒を飲んでいた。

式が始まる前から、いや、実は何日も前からなんと言ってダンスを断ろうかと、レオンの頭はそのことでいっぱいだった。
馬車から降りるエレノアの手を取ったときも、祭壇で誓いの言葉を述べたときも、そのことばかり考えていた。

ベールをめくった瞬間、花嫁と目が合った。涼やかな瞳の美しい顔をしていた。
覚悟を決めたはずだった。そのはずだった‥しかし、花嫁の顔を見ると、自分は結婚するんだということが現実味を帯びてきて、思わず目をそらしてしまった。こんな気持ちのまま誓いを立てるなんて。レオンは花嫁に口づけできなかった。額にかるくふれるのが精一杯だった。その後はずっと花嫁の方を見ることができなかった。

父が強引に決めた結婚だ。婚約期間もなく勝手に日取りを決められた。抵抗はしたがむだだった。
あきらめて覚悟を決めたものの、これだけは譲れなかった。
「わたし以外の人と踊らないで、お願いよ」
耳にこだまする愛しいあの人の声‥


「おい、レオン聞いてるか?」
酔っ払った友人に肩を掴まれ我に返る。
「だからさあ、かの有名なポリニエール伯があんな可愛らしいお嬢さんだったとは」
「そうだ、レオン。知ってたら俺が結婚を申し込んだのに。」
そうだそうだ、と盛り上がる。

きょうこの日の結婚式は、社交の場に顔を出さない幻の若き女伯爵、エレノアことエレオノーラ・ポリニエールを一目みることができる大チャンスであった。国の英雄であり美貌の騎士でもあるレオンの花嫁、悪名高きエレノアは一体どんな顔をしているのか。二人の結婚が公になってから社交界はもっぱらこの噂で持ちきりだった。
披露パーティーに招ばれた者たちは、そのことがまるで貴族のステータスであるかのように自慢した。
式の日に初めてエレノアの顔を見たのはレオンだけではなかったのだ、それどころか国中の貴族が初対面といっても大袈裟ではない。

「可愛い花嫁のところに早く帰れよ、レオン」
そうだそうだ、と盛り上がる。
ついこの間まで、喪服の女伯爵と結婚とは墓場に行くようなもんだなどと、散々なことを言っていた友人たが、今でははすっかり手のひら返しだ。

レオンの頭に、ベールをめくった瞬間のエレノアの青い瞳が甦る。なんの疑いもない澄んだ瞳。胸がチクリと痛む。そう、彼女は何も悪くないのだ。
酔っ払ったレオンの友人たちは、まだエレノアの外見についてあれやこれやと、好き勝手語り合っている。
だが、レオンはこれからの結婚生活をどうしたらいいか、いや、今晩どうしたらいいのかと考えていたが、けっきょく何も思いつかず酒をまた煽った。



中心街の店から屋敷まで重い足取りで歩いて帰った。
酔いに任せてそのままエレノアの部屋の前へと向かった。ノックする勇気がなく扉の前につっ立っていたがなんせ酔っ払いだ、しばらくすると廊下に座り込んで居眠りをはじめた。
「エレノア様はもう眠っていますよ」
ふいにジェレミーに声をかけられた。
みっともないところを見られたと、レオンは慌てて立ち上がる。
「かなりお疲れだったようで、戻られてすぐに眠られたそうです」

アンナとケリーの二人はエレノアの部屋を一度下がったが、レオンがまだ帰っていなかっため、そのことを報告しようと部屋へ戻った。だが、エレノアはすでにぐっすりと眠っていたそうだ。

レオンは拍子抜けした。ほっと胸を撫で下ろし
「ではわたしも休むよ」
と言うと、自身の寝室にはいっていった。

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