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プロローグ

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初夏の爽やかな風がふく、並木道を抜け木陰からでると日差しは強く暑かった。目の前には大階段が広がりその奥に荘厳な神殿がでんと構えている。
レオンは、戦争で失った部下たちのために祈りを捧げに来たのだ。

祭壇の前に跪き目を閉じると、しばし戦場で部下たちと過ごしたあの日々へと思い馳せる。
祈りをすませ顔をあげると、隣りには黒いベールに黒いドレスを着た女がいた。
必死になにかを祈っている。今にも祭壇に縋りつきそうなその様子につい見入ってしまう。
立ち上がりかけたときふらりとバランスを崩した女性の腕をレオンは咄嗟に掴んだ。一瞬、ふわりと百合の香りが鼻をくすぐった。

「すみません、立ちくらみがしただけでもう大丈夫です」
真っ黒なベールの内側から凛と透き通った声がした。
「きょうは日差しが強く暑いですからね、少し休んでいかれたほうがいいでしょう。お手をとってもよろしいですか」
レオンは透き通る声にそう応え、掴んだ腕を離し手を取りなおすと、そのまま女性をエスコートして休憩スペースへと連れて行った。悲壮感漂うその姿をほっておけなかったのと、レオン自身もその時は誰かと話したい気分だっのだ。


貴族専用のその場所には使用人が控えていてお茶の用意をしてくれる。
「喪服を着ていらっしゃいますが、先の戦で?」
レオンも参戦した隣国との争いにひとまずの区切りがついてから、もうすぐ半年が経つ。戦勝に浮かれた空気とうらはらに戦の傷跡はまだ色濃く残っている。

「はい、兄を亡くしました。それと‥大切な人がまだ戻らないので、無事を願って祈りにきたのです」
「行方が‥旦那様ですか?」
「‥いえ‥夫ではありません」
「そうですか。わたしは亡くした部下のために祈りにきました。きょうは宮殿で戦功をたたえた叙勲式があったのですが、亡くなった部下たちを思うと、わたしだけが讃えられることに喜べず複雑な気持ちです」
思わず本音をこぼしてしまう。

すると女性はすっと顔をあげ、透き通る声でレオンに向かって語りかけた。
「そんなことはありません。
あなたは亡くした部下の方々を今も大切に想って悲しんでいるのですよね。その責任と重荷をしっかりと背負っているあなたは立派な将です。
将は皆と同じではいけないのです。同じでは戦えません。あなたが光であり道標となるから兵たちは命をかけることができるのです。ですから、あなただけが讃えられることに誇りを持ってください」

ベールで表情は見えない、だがレオンに向けて真っ直ぐに語りかけてきた言葉に、胸がつまり時が止まったようだ。

「出過ぎたことを申しました。おかげ様で体調ももどりましたので、そろそろ失礼します」
スッと席をたち足早に立ち去ろうとする女性に慌てて声をかける。
「いいえ‥いいえ、出過ぎたことなどと、そんなことはありません。夫人、あの、よろしければお名前を‥」
またこの人と会って話がしたい。慌てて引き止めようと声をかけたが、レオンのそんな期待に応えることなく女性はふふっと小さく笑うと
「わたしは夫人ではないのですよ」
と言ってそのまま去っていってしまった。

なんとなく追いかけることができず、レオンはそのまましばらく女性の言葉を噛みしめていた。

神殿の外にでると眩しい日差しが清々しかった。気が重かったこの後のパーティーにも晴れやかな気分で参加できそうだ。

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