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52.これは――脱ひきこもりでは!?

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「でも先生は違っていて。例えば玄関のドアの施錠とかは赤の他人に解読されたら困るけど、室内のランプを灯すための《点灯》とか、コンロの火を点けるための《点火》とかは誰が見ても分かった方が便利だろ? そういうところで使うために簡便で魔力消費の少ない魔法陣を開発して広めていったんだ」
「…………」

 花丸に浮かれているうちにまたノアの「先生」談義が始まっていた。

 前世の私のどこがそんなにいいのだろうか。彼の話を聞くたびに不思議に思う。いや、前に散々語ってはくれたけれども。

 尊敬してくれて、憧れてくれているのは分かるけれど――私はそんなに素晴らしい人間じゃなかったはずだ。
 それとも――それを覆い隠してしまうのが、人を好きになる、ということなのだろうか。
 そんなにも――ノアは、私のことを。

「複雑な魔法陣になればなるほど理解が難しくなるし、ブラフみたいな表現を入れたりするから魔力伝達は悪くなりがちだったんだ。その考え方が180度変わって、魔力が少ない魔法使い以外でも便利に使えるようになって。これは革命だよ、先生の偉業といってもいい」
「だ、旦那さま! 私、お腹空きました!」

 聞いていられなくなって、ズビッと右手を突き上げる。
 ノアが一瞬目を丸くして、その後でやれやれと呆れたようにため息をつく。

「さっき昼ごはん食べたのに」
「そ、育ち盛りなので」
「何かお菓子……ああ、昨日食べちゃったんだっけ」

 立ち上がったノアが戸棚を覗いて、独り言を零す。その声にわずかに責めるような響きを感じて、椅子の上で縮こまる。

 おっしゃるとおり、ノアが焼いてくれたフィナンシェは昨日私が全部食べました。そのあと夕飯がちょっとしか食べられなくて怒られました。
 でもノアも味見がてら2つ3つ食べていたと思うので同罪ではないでしょうか。

 すっくと立ちあがったノアが、こちらを振り向いた。

「買い物でも行く?」
「え?」
「……何その顔」

 ぽかんとしている私を見て、ノアが不満げに鼻を鳴らした。

 だって、私が引っ張って行かないと、家からどころか部屋からすら出てこなかったのに。
 そのまま部屋の隅っこで朽ちようとしてたのに。
 庭での草むしりさえ拒否していたのに。
 ぽかんとするのもやむをえないだろう。

 もしかして、これは――脱ひきこもりでは!?

「別に、街まで転移ですぐでしょ。お腹空いたって騒がれるよりその方が良いってだけ」

 ノアが何やら御託を並べているけれども、そんなものは気にならなかった。どうせ照れ隠しか何かだろう。
 誰が何と言おうと、ノアが自分から外出しようと言い出したのだから、更生に向かって一歩大きく前進したことは間違いない。

「行くよ、アイシャ」

 やれやれと言いたげにため息をついて、ノアがこちらに向かって手を差し出した。

「はい!」

 私は元気よく返事をして、彼の手を握る。
 ノアがこちらに一瞬視線を落として、口元だけでふっと笑った。
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