13 / 64
12.お腹と背中がくっつきそうです
しおりを挟む
くぅ、とまたお腹が鳴った。
一旦落ち着いて考えるために、保冷庫に頭を突っ込んでハムをかじってしまおうかな。
いや、それをやったらあとはパンを与えられて終わりでは。
私の空腹はそれで凌げるとしても、ノアの食生活がそのままなのは良くない。
彼が何かきちんとしたものを食べた方が元気が出るのは間違いないのだ。
ノアを見上げて、恨みがましく言い募る。
「お腹と背中がくっつきそうです……好き嫌いとか言いませんから」
私を不満げな顔で見下ろしていたノアが、ふと何かに気づいたように保冷庫の中に目を留めた。
そして少し考えた後、頷く。
「分かった」
ノアが保冷庫の中からいくつか食材を選び出す。
そして予想よりもずいぶん手際よく、調理を開始した。
洗浄し終わったものから魔法で刻んで、コンロに鍋を掛ける。コンロの魔法陣に魔力を流すと、刻んだ材料をことこと煮込む。
この家の生活感のなさからいえば意外かもしれないが、もともと優秀な魔法使いというのは料理が上手いものだ。ノアも例外ではなかったということだろう。
料理は魔法薬学の基本を学ぶにはもってこいで、正しい材料と正しい調理法、材料を入れる順番、出来上がった料理の保存に至るまで、どれも魔法薬の精製にも役立つことである。
私はどちらかといえば魔法陣学の方に熱心だったが、魔法薬学ももちろんひととおり修めている。
私から見ても彼の動きは非常に効率的で、無駄がなかった。十分に修練を積んだ人間の所作だ。
大魔導師ということは彼も私と同じで、専門は魔法陣学のはずだが……
流れるように調理工程が進むのを眺めているうちに、良い匂いがしてきた。
途端に思考がそれに侵食されて、お腹がすいた、ということしか考えられなくなる。
お腹がすいた。ごはん、早く食べたい。出来たらあつあつをはふはふ言いながら食べたい。
よだれを垂らさんばかりの勢いでじっと彼の背を眺めていた私の元に、皿が並べられる。
えんどう豆のスープ、人参のサラダ、セロリとパプリカ入りのラタトゥーユ、それにバゲット。
ふわりと漂うトマトの香り、それに目にも鮮やかな色使い。
お腹すいた。すごく、お腹すいた。
「どうぞ」
ノアの合図を受けて、私は大喜びでスプーンを握りしめた。
まずはスープに取り掛かる。ぺこぺこのお腹を驚かさないようにという気遣いを感じさせる、やさしい緑色がミルクに溶け込んだクリームスープだ。
ふぅふぅと冷まして、口に運ぶ。
とろりとした舌触り、あたたかさがじわりと口の中に広がり、ついでえんどう豆の香りと甘味がやってくる。
ミルクのコクもハムの旨味も感じられ、ほっこりと落ち着くような心地がする。
染みる、なんて言ったらまた本当に6歳児か疑われてしまうだろうか。
でもほとんど1日ぶりの食事だ。お腹の中からぽかぽかとしてきて、身体全体に栄養が行き渡っていくような気すらする。そんなに早く消化吸収されないと思うけれど。
続いてラタトゥユに手を伸ばす。トマトの香りが調理中もここまで漂ってきていて、気になっていたのだ。
ズッキーニや茄子、玉ねぎ、トマトと定番の具材のほかに、セロリとパプリカも入っている。具沢山だ。
口に運ぶと惜しみなく使った野菜の旨味がたっぷりと感じられて、その風味の余韻を残したままでバゲットを頬張ると、何とも贅沢な気分になった。
ぐぅぐぅとうるさいお腹を満たすのに十分な、食べ応えのある一品だ。
トマトもしっかり火を通したことで酸味が抑えられて甘みと旨みが引き出されており、他の具材との一体感を高めている。
一緒に煮込んだハーブも良いアクセントになっていて、味に奥行きを生み出していた。
添えられたサラダも、甘めの味付けながらしっかりお酢が効いている。
主張こそ激しくないものの、さっぱりとしたそれを合間に少しずつ口に運ぶことで、他の料理をより美味しく食べるための役割を見事に担っていた。
「おいしいです、旦那さま!」
「…………ああ、そう」
私がそう言うと、ノアは何だか微妙な顔をした。
一旦落ち着いて考えるために、保冷庫に頭を突っ込んでハムをかじってしまおうかな。
いや、それをやったらあとはパンを与えられて終わりでは。
私の空腹はそれで凌げるとしても、ノアの食生活がそのままなのは良くない。
彼が何かきちんとしたものを食べた方が元気が出るのは間違いないのだ。
ノアを見上げて、恨みがましく言い募る。
「お腹と背中がくっつきそうです……好き嫌いとか言いませんから」
私を不満げな顔で見下ろしていたノアが、ふと何かに気づいたように保冷庫の中に目を留めた。
そして少し考えた後、頷く。
「分かった」
ノアが保冷庫の中からいくつか食材を選び出す。
そして予想よりもずいぶん手際よく、調理を開始した。
洗浄し終わったものから魔法で刻んで、コンロに鍋を掛ける。コンロの魔法陣に魔力を流すと、刻んだ材料をことこと煮込む。
この家の生活感のなさからいえば意外かもしれないが、もともと優秀な魔法使いというのは料理が上手いものだ。ノアも例外ではなかったということだろう。
料理は魔法薬学の基本を学ぶにはもってこいで、正しい材料と正しい調理法、材料を入れる順番、出来上がった料理の保存に至るまで、どれも魔法薬の精製にも役立つことである。
私はどちらかといえば魔法陣学の方に熱心だったが、魔法薬学ももちろんひととおり修めている。
私から見ても彼の動きは非常に効率的で、無駄がなかった。十分に修練を積んだ人間の所作だ。
大魔導師ということは彼も私と同じで、専門は魔法陣学のはずだが……
流れるように調理工程が進むのを眺めているうちに、良い匂いがしてきた。
途端に思考がそれに侵食されて、お腹がすいた、ということしか考えられなくなる。
お腹がすいた。ごはん、早く食べたい。出来たらあつあつをはふはふ言いながら食べたい。
よだれを垂らさんばかりの勢いでじっと彼の背を眺めていた私の元に、皿が並べられる。
えんどう豆のスープ、人参のサラダ、セロリとパプリカ入りのラタトゥーユ、それにバゲット。
ふわりと漂うトマトの香り、それに目にも鮮やかな色使い。
お腹すいた。すごく、お腹すいた。
「どうぞ」
ノアの合図を受けて、私は大喜びでスプーンを握りしめた。
まずはスープに取り掛かる。ぺこぺこのお腹を驚かさないようにという気遣いを感じさせる、やさしい緑色がミルクに溶け込んだクリームスープだ。
ふぅふぅと冷まして、口に運ぶ。
とろりとした舌触り、あたたかさがじわりと口の中に広がり、ついでえんどう豆の香りと甘味がやってくる。
ミルクのコクもハムの旨味も感じられ、ほっこりと落ち着くような心地がする。
染みる、なんて言ったらまた本当に6歳児か疑われてしまうだろうか。
でもほとんど1日ぶりの食事だ。お腹の中からぽかぽかとしてきて、身体全体に栄養が行き渡っていくような気すらする。そんなに早く消化吸収されないと思うけれど。
続いてラタトゥユに手を伸ばす。トマトの香りが調理中もここまで漂ってきていて、気になっていたのだ。
ズッキーニや茄子、玉ねぎ、トマトと定番の具材のほかに、セロリとパプリカも入っている。具沢山だ。
口に運ぶと惜しみなく使った野菜の旨味がたっぷりと感じられて、その風味の余韻を残したままでバゲットを頬張ると、何とも贅沢な気分になった。
ぐぅぐぅとうるさいお腹を満たすのに十分な、食べ応えのある一品だ。
トマトもしっかり火を通したことで酸味が抑えられて甘みと旨みが引き出されており、他の具材との一体感を高めている。
一緒に煮込んだハーブも良いアクセントになっていて、味に奥行きを生み出していた。
添えられたサラダも、甘めの味付けながらしっかりお酢が効いている。
主張こそ激しくないものの、さっぱりとしたそれを合間に少しずつ口に運ぶことで、他の料理をより美味しく食べるための役割を見事に担っていた。
「おいしいです、旦那さま!」
「…………ああ、そう」
私がそう言うと、ノアは何だか微妙な顔をした。
11
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる