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しおりを挟むオルデリオを案内しながら、フェロニカはモニカと最後に会った日の事を思い出す。
ああ、こんな事になるんだったら、あの時もっとちゃんと話をしておけば良かった。
そうすればもっと早くに気付けたかも知れないのに。
でも、後悔するのは、後でいい。
今は私に出来る事を全力でやらないと──。
◇◇◇◇
フェロニカがある事に確信を抱いたのは、昔この国で起きたという出来事を寝物語として聞いた時だった。
それまでにも、母が語る寝物語に何度か違和感を覚えていたけれど、似たようなお話をどこかで耳にしたのだろうと、その時は深く考えていなかった。
けれど、違和感が確信へ至ったその時、フェロニカは真実の意味でフェロニカへと覚醒したのだった。
と言えば聞こえは良いけれど、現実には「結末が違う」だの「そうじゃなくてこうだ」だの「登場人物がおかしい」だのとごねた挙げ句、ギャン泣きして疲れ果てた末に寝て起きた時の事だった。
昨日は散々泣いた筈なのに、いつもなら来る筈の頭痛もなく妙にスッキリと目が覚めたのは、今まで意味も分からずグルグルとした違和感が無くなっていたから。
そして、スッキリとした頭で思ったのだ。
――ああ、生まれ変わったのか。と。
よくあった話では、何故転生したのかと、原因は、自分は死んだのか、これは憑依というやつではないのか等と苦悩している描写が多かったけれど、フェロニカはそうはならなかった。
ここに居るという事は、多分前の私とやらは死んでしまったのだろう。けれど、原因には興味がない。
憑依というやつだとしても、私は私だ。まあ、多少はこの体の主に申し訳なくなるかも知れないけれど、それだけだ。もし、体を返せと言われると困るけれど、それは無さそうだ。だって、今まで暮らしてきた記憶があるし、それに違和感はないという事は、この体は生まれてこの方ずっと私の物なのだろう。と。
どうしてフェロニカがこんな事を思い出しているのかと言えば、ギャン泣きするはめになった原因の子孫の一部が今日、辺境から凱旋したからだ。
大通りを行く騎士達の行軍はさながらパレードのようで――だから市民の大半は凱旋パレードと呼んでいる――その姿を一目見ようと押し寄せる人が多い。
特に、原因となった者の家系は見目麗しい者が多いらしいので、年頃の娘達はこぞって見に行っていた事だろう。
だから、フェロニカの親友である彼女もきっと行ったに違いない。何せ彼女は特に美しい物が大好きなのだから。
「フェロニカー!今日の凱旋パレード見た!?もう、すっごかったわよ!特にオルデリオ様の麗しさったら半端じゃなかったわ…どうして男性なのにああも美しいのかしら。あの麗しいお顔を見ただけで、もうっ。あ、勿論、ザムソン様も相変わらず穏やかでキュートな笑みを浮かべていらしたわよ!」
と、噂をすれば何とやら。テーブルを拭いていたら彼女が現れたけれど、出入り口の扉を勢いよく開けたかと思えば、開口一番がこれである。
基本的に殆どの人が美しいこの国の中でも平均よりも美人さんなのに、言動がちょっぴり残念である。けれど、そこがまた彼女の魅力の一つではあるのだけれど。
「それって、私が毎回行ってないって分かってて言ってるよね、モニカ?て言うか、もっと静かに入って来てよね。他のお客さんに迷惑だからさ」
フェロニカはチラッと、隅に座っているお客さんの方に目をやった。
モニカの相変わらずなこの行動には慣れたものだし、いつもなら凱旋パレード後には大通りの食堂や屋台ばかりに人が行き、ここには滅多にお客さんが来ないからこんな事はあまり言わないのだけれど。今日のように凱旋パレード後でも、たまにこうして食事に来られるお客さんも居るのだから気に留めておいて欲しいものだ。
現に、モニカが入って来た時に彼の肩が大げさなほど揺れていたので、よほど驚かせてしまったのだろう。スプーンを口に運ぶ回数がさっきよりも明らかに減っているし。
フェロニカの言葉と視線でモニカも漸くその存在に気が付いたようで慌てて頭を下げた。
「あら、ごめんなさい!私ったら気付かなくて。お食事の邪魔をしてしまったかしら?」
急に言葉を振られた事にまた驚いたのだろう。ビクリと肩を揺らしたものの、気にしなくていいとばかりに片手を揺らした。
「申し訳ありませんでしたお客様。お詫びとなるかは分かりませんけれど、食後にデザートをお付けさせていただきますね」
またもや片手を揺らされるけれど、きっと魔法のこの言葉を言えば断らないだろうとフェロニカは知っていた。
「そうですか?まだ店に出す前の新作なのですが……」
そう続ければ彼は一瞬硬直した後、手をゆっくりとテーブルに戻した。これは多分、了承したという事だろう。予想通りの結果にフェロニカは思わずクスリと小さく笑ってしまう。
デザートでもメインでも副菜でもなんでも、彼は新作に目がない様だと、ここに通われる内に気付いていたから。
「それでは、お食事が終わる頃にお持ちいたしますね」
そのデザートを作るために厨房へ下がるべく軽く頭を下げた。勿論、その際にモニカに目配せするのは忘れない。モニカも慣れたもので、ウインクで返事をしてきた。
様になりすぎている動作に内心呆れつつ、布巾を持って厨房へ下がった。
「それにしても、あの人最近見かけなかったけど、また来てたんだ」
「そうなの。と言っても今日来たばかりだからまた来なくなるかも知れないけどね」
「ないない。あれだけ食べるくらいここの料理のファンなんだもの。また前みたいに毎日のように通って来るんじゃないの?まあ、仕事とかが忙しくて来られないとかならあると思うけどさ」
彼のテーブルに重ねられた空の皿の山を思い出したのだろう。少しゲンナリしつつも茶化すように言うモニカにフェロニカは首を傾げた。
「確かに凄くよく食べてはくれてるけど、ちょっと買いかぶりすぎじゃない?まだまだレパートリーだって少ないんだし、流石に毎回あれだけ食べてたら飽きるのも早いと思うんだけど」
「そんなに少なくは無いんじゃない?他の所も同じくらいだったわよ」
「そうなの?他の店とか行く暇ないからよく分かんないけど、そんなもんなの?」
今では行く暇もないし、お金も実験に殆ど消えているから余裕がない。それに、自分の家が食事を提供しているせいか、小さい頃にも連れて行ってもらった覚えはなく、せいぜい屋台で買い食いしたくらいなので他のお店の様子はよく分からない。なので、比べる対象がどうしても前世基準寄りになってしまっているのだろう。しかも、大衆向けのレストランだとか居酒屋のイメージが強い。けれど、よくよく考えれば、個人経営のこじんまりとしたお店では確かに品数はそう多くはなかった気がする。それに当てはめてみると、うちの店も大丈夫な気がしてきた。勿論、無理のない程度に新作は出さないと飽きられるかも知れないのでチャレンジは続けていくけど。
「それにあの人、来てるのはお昼だけで、夜には来てないんでしょう?食事目当てじゃなきゃ普通は夜だって来るもの。て言うか男ならむしろお酒も飲みたいだろうから夜の方が多くなるんじゃない?夜にも一応出してるんでしょう?それでも昼に来るって事は、本当にフェロニカの作る物が好きなんだって。自信持ちなさいよね」
「そうね、モニカも美味しいって言ってくれるし?」
ここは宿屋兼酒場だけれど、昼間にも一応食堂は開いている。夜の酒場はメインの稼ぎ時なので忙しくてとても試せないけれど、お昼には新作と称して試作品を出させてもらっている。と言うよりも昼間にも食堂が開くようになったのはフェロニカがどうしてもと両親にねだったからだ。
せっかく料理が出来る環境が整っているのだから、前世の料理も試してみたいと。前世云々の所は少しぼかしながら話した内容に、両親は快く同意してくれた。
ただし、夜は営業中だから勿論の事、片付けを行わなければならない早朝や、料理の仕込みをしなければならない夕方以外の時間でする事。
絶対に赤字にはしないようにする事を条件に。けれど、それは当然の事だと享受している。
つまり、開いているのは昼間しかないけれど、日中起きているという事は、夜の酒場を手伝う事が出来なくなるという事になる。
勿論、シーツを洗ったり片付けを手伝う事は出来るけれど、それだけだ。
けれど、両親はその事を特に言う事もなくただ「やるからにはきちんと頑張りなさい」と言うのみだった。
それは流石に甘え過ぎかも知れないと、何か言わなければと言葉を探しているフェロニカに「去年までは夜も私達だけでやっていたんだから心配はいらないわ。それよりも、美味しい物が出来たら夜にも出したいから、期待してるわね」と笑う母に思わず抱き着いてしまったのは良い思い出だ。
今ではそこそこ人が入るようになって、いくつかの料理を夜の酒場でも出してくれているし。順調この上ない。
けれどもし、贅沢を言うのなら、後は醤油を完成させたい。こつこつ貯めて来たおこずかいを使って、食堂を開ける前に味噌と豆腐の形は出来ていた。
おかげで、他にはない味という事でそれなりに評判のようで、それが元国民食のフェロニカとしては鼻が高かった。
そしてそのお陰で売り上げという資金元も増え、実験用の桶は増やしてみたけれど、未だに醤油だけは完成していなかった。
麹菌が上手い事いってないんだろうなくらいは分かるものの、本格的に調べた事はなかったようなので詳しい事は分からない。なのでこれからも実験を続けるのみだ。
完成したら食べたい物は沢山ある。あれもこれもと思うとニヤニヤが止まらなくなるので注意が必要だ。
因みに、納豆は諦めている。あれは万人に受け入れられる物ではない。ブール―チーズは平気なくせに納豆は駄目だって言う人達のように。
自分は平気でもそれが他の人にも受けるかどうかは別の問題だ。けれど、個人的には嫌いじゃないけれど、どうしても食べたいと思う程でもないから作らない。と言うのがフェロニカの真実なのだけれど。
「て言うか、あの人フード被ってて表情見えないし、全然喋らなくて怪しいけど分かりやす過ぎよね。確かにここの新作は魅力的だけどさ」
言外に、自分にも新作デザートを寄越せとねだるモニカに、やっぱりねとフェロニカは苦笑する。
「言うと思ってたわ。と言うよりも、今日は来るだろうと思ってたから準備はしてあるわ」
「やった!さすが親友ね!大好きよ!」
「はいはい、現金なんだから、もう。でも先にあのお客さんの分ね」
「分かってるわよ。でも、あのお客さんが帰ったら夜まで店仕舞いでしょう?なら、あのお客さんが帰ってからゆっくりおしゃべりしながら食べましょうよ」
分かりやすく現金なモニカに呆れを通り越して関心さえ覚えるも、その方が都合がいいのでフェロニカはその提案に頷く事にした。
冷蔵庫から握りこぶしよりも二周りくらい小さな白くまあるい物がいくつか乗っているトレーを取り出し、その内の二つを小皿に乗せる。それから、その内片方を半分に切ってやれば、今朝市場で買ってきたばかりの瑞々しい苺が顔を出す。苺が見えるように置き直して、木で出来た楊枝を乗せれば終了だ。
こしあん派のフェロニカとしては粒あんのままなのが残念だし自分で言うのもなんではあるけれど、なかなかどうして美味しそうである。味見は既に終わっているけれど、モニカと食べるのが楽しみだ。
彼の事だからもう食べ終わったに違いない。そんなに時間は経っていないけれど、そろそろ持って行く事にしよう。
「なにそのデザート。まるで昔話に出てくるお姫様みたいね」
「え、何が?」
「ほら、そのデザートの色、そっくりだわ」
色が似ていると言われ、フェロニカは改めてお皿の上を見る。
白い求肥擬きに包まれている黒いあんこの中には赤く熟れた瑞々しい苺。中には上に苺を乗せただけだとか、挟んだだけの物があるけれど、定番のこの形が一番好きだ。
と、思考が少々脱線しつつも、フェロニカにもようやくピンと来た。
「あれでしょ?雪のように白い肌に、血のように赤い唇、木のように黒い豊かで美しい髪ってやつ」
「何言ってるの?違うわよ。薔薇のように赤い唇でしょう?血のようにって、ロニったら怖い事言うのね」
「あれ?そうだったっけ?何か覚え違いしてたみたいだわ」
「もう、どうやったらそんな風に覚え違うの?この国で一番と言って良いくらい有名なお話じゃない」
「ほんとにね、どうやったら間違うんだろうねえ。自分でも不思議だわ。っと、流石にそろそろ持って行かないと表面が乾いちゃうから行くけど、つまみ食いしたら駄目だからね」
「はいはい。そんなに心配なら直ぐに戻って来てよね」
釘を刺すフェロニカに呆れたようにヒラヒラと手を振るモニカに送り出される。釘を刺したのはモニカに前科があるからじゃない。と口を尖らせるも、お客様の前でそんな顔は出来ない。それに、美味しい状態で食べてもらいたいので、切ったので見えるあんこの表皮が乾いてしまう前に持って行かないと。
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