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最期のスタートライン

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「彰仁、私さ?」
東京の某所ホテルの一室。
聴覚以外は何も感じず、微睡みの中ただ菜月の声が聞こえる。

「好きだよ、知らないだろうけどね」

確かにそれは自分の知っている言語のはずだったが理解をする暇もなく彰仁の意識は深い所に落ちて行く

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ポロポロローン

「う、うう…」

目が開かない中手探りで彰仁は自分のスマホを探す。
何故か電話がなっていた。
スマホを手に取り画面を見るとフラッシュを焚かれた様な眩しさに襲われ開きかけの目を細める。

『おい、彰仁。今どこにいるんだ』

深夜3時、この声は友達の月灯あかりだ。

「べ…どこで…だろ…」

『なんて?』

意識が朦朧としながら話す彰仁は口が回らない

「どこでも…いいだろ」

『東京に居るんだろ』

「なんで知ってんだ」

大きな欠伸が出た。

『お助けちゃんが教えてくれた』

またあいつかよ。
てかみんなあいつに頼めば教えてくれると思ってんのか?
あいつもぽんぽん個人情報言うなよ…
プライバシーってもんがないのか…
などと考えていたら意識が覚醒し始めた。

「そうか。おやすみ」

『おいおい、冷たいな』

いつも冷酷なやつからその言葉が出るのか

「眠いんだよこちとら」

『かまってくれよ』

「やだよ…」

話せば話すほど意識が覚醒してきてその分イライラしてくる。
月灯は菜月と知り合う前から彰仁と仲良くしていた。
所謂、中学時代の仲である。
月一で電話して話す程度でそこまで話さないのだが、今日は何故か絡んでくる。
うざい

『この時間に僕が電話をかけたんだ、意味が分かるだろう?』

言葉が彰仁の顔を覗くように問いかけてくる
いつも悪戯好きで揶揄う事を良くしていたがその分相手の状況や状態を気にする月灯は人の気持ちを読み取ることに長けている。
今いじってもいいかな?といった状況把握が得意なのである。
つまりこれは悪巧みや悪戯では無いという事だ。
深夜に通話なんて明灯が1番しそうにないことだ…
彰仁は思考を数秒巡らせて黙った。

『寝た?』

「起きてる。何があったんだよ」

そう聞くと月灯はんふと幸せそうな声を漏らして続ける

『少し長くなるけどいいかい?』

「あー隣で友達が寝てるんだ、移動するから待ってくれ」

彰仁は話し声で菜月を起こさないように気を使い部屋を後にした。





「…女の子と通話してたのかな」
菜月の意識ははっきりしていた。
自分の想いを伝えたのだ。寝れるわけが無い
彰仁はあの後すぐ寝てしまったようだがあれから菜月は意識が覚醒していてどうにも寝付けない。

そ、そりゃ…私が告ったとこで付き合い始めた訳じゃないけどさ。

菜月は自分の中でぶつくさと文句を言いながら見たくない現実を突きつけられ丸くなる。

どうせあきとだから覚えてないんだろうけど、年頃の女の子を意中の人と一夜過ごして何もしないなんて失礼な気がするんだけどぉ

菜月は子供の頃からずっと孤独だった。
家の使用人に世話を焼かれ親の愛を受けてこなかった。愛を知らなかったのだ。
母は菜月が産まれる時に亡くなり、父は消息不明。
遺されていたのは使用人と豪邸、別荘2個、膨大な遺産の数々、そして彰仁と同じ高校に通うと言う意味が分からない使用人に対しての指示だった。
言われるがまま高校に入学し、そうして彰仁と出会った。
彰仁には家の事情をスラスラと話してしまったし、また引かれることも覚悟したのだ。

行かないでよ…彰仁。どこにも…行かないで
私をまた独りにしないで…

暗くて怖くて寂しくて。
手を伸ばしても虚無を掴むだけで。
丸くなれば、目を背ければ、何も見なければ、気持ちは楽になった。
一時的なもの。
そんなの分かってる。
でも丸くなってちゃダメだ、目を背けてたらチャンスも逃すぞ。
彰仁と出会ってからあいつが私にずっと伝えているような気がする。
使用人が整えてくれた身なりは登校中に崩した。
父が遺した言葉の意味を考えなかった。
クラスでは「美人」や「高嶺の花」なんて呼ばれていたことも知っている。
優れた人間を恐れ、近づくこともせずに…

「なぁ、お前ずっと1人だよな」

あの表情、声色、仕草。今なお鮮明に覚えている。



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はぁ、授業の復習しなきゃ

帰ってノートにまとめて、分からないところは…使用人に聞けばいいか。
先生にも話しかけれないし…

A4のノートをたたんで帰る準備を始める。
虚しい気持ちが胸にこびりついて剥がれない。
掃除をしない水槽のガラスの様に、どんどん濁っていくのに、それが当たり前のように感じる日々。

「おーい、おーい」

手を振る男子が目の前にいた。
少しチャラめで制服も着崩している。

「…?」

無言で菜月は首を傾げる。
クラスメイト…なのかな、誰だろう。

もちろん名前なんて覚えてないし顔もよく知らない。

「なんでいつも寂しそうなの?」

「寂しくなんかない」

寂しい。人と触れ合う事をしてみたい。
そんな感情はもう濁った水の中だ。

「ふぅん、嘘つきなんだな」

「は?」

流石にイラッとした。
菜月にとって初対面なのだ、なぜ嘘つき呼ばわりしなければならないのだ

「顔がいつも下向いてる癖に、クラスのやつらが仲良く話してるとこ羨ましそうに見てるじゃん」

そんなことなんて無い。
羨ましそうに見てなんかいない。
いつも見るのは教室から見える景色とノート、あとは…

「なぁ、お前ずっと1人だよな」

突きつけられる現実、目を背けていた事実。

「なんですか…何か悪いんですか」

寂しいなんて気持ちはとうの昔に無くしていて、でも独りなことは苦しかった。
人間というものは自分が気にしていたりする物を指摘されると腹が立ったり傷付いたりする生き物だ。
何も言い返せず、ただ怒る。

「1人は悪いことだぞ、辛い時とか悲しい時に真っ向から受け止めなきゃならない」

「今までそうてしたけども?」

急に現れて言いたいことを言うなんて無責任だ。
まるで今まで独りなことを見抜かれているようで、それらを否定されているようで何故か悔しい。

「壊れるぞ。お前」

壊れる。 今更でしょ。

「てか貴方誰ですか。初対面のくせに図々しいにも程があります」

「おー!怒ったぁ」

「は?私だって怒りますけど何か?」

何だこの男。私が声を発した時も同じように喜びの表情をしていた気がする。
というか怒った人に対して[怒った]なんて火に油も良いとこである。

「いつも悲しい表情しかしないお前だもん、怒ったりそうやって本気なとこ見たことないから嬉しくって…ついな」

すまん…
手をパンと合わせて笑いながら謝る。
謝罪もこいつはろくにできないらしい。

「謝るならこれからは関わらないでください。不愉快です」

これでいい。少しの非日常もたまにはあり。
これでまた普通に独り。普通に静かに過ごそう。

「やだ、謝ったから今回の事はチャラ。関わりたいから関わるね」

「はぁ!?」

失礼すぎるでしょ!
菜月は机を叩いて立ち上がる。
その時初めて目を合わせた。

「っ…」

「うお」

目が合うなんて何年ぶりだろうか。
体温が冷めていくのが自分でもわかる。
冷や汗が出る。

「お前、かわいい…?」

「…」

「目…めっちゃ綺麗じゃん」

怒らせたり、ドキッとさせたり、急に褒めたり。
なんなんだこの男。

菜月は立ったまままとめた荷物を持って、夕焼け色の風が吹き抜ける教室を後にする。

「ちょ、待って」

「なんなの…あいつ…」

ぼそっと初めて思ったことを口に出す。
どこかが、なにかが、軽くなった。

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ガチャ…

部屋のドアの開く音がして菜月の意識がまた覚醒した。
あぁ…私寝てた…

「…やばいな」

彰仁が帰ってきた。
音に気をつけながらベットに潜る彰仁は独り言をぶつぶつと言いながらまた菜月に背を向ける。

「ね、ねぇ」

「あぁ、起こしちゃったか?」

今までと変わらない声色。
やはり告白したのは覚えていないらしい。

「い、いや。大丈夫。 何してたの?」

「ん?あぁ…なんでもない、大丈夫」

そう言うのは予想していた。もちろんイラつく。

「なんでもない訳ないよね?…やばいなって言ってたじゃん」

「え、言ってた?」

まじかー声出てたかーと頭を抱える菜月の好きな人は続ける。

「まぁ、あれだ…中学時代の友達だよ」

「中学時代…」

菜月と彰仁は高校で知り合い相棒バディになった。
自分の知らない彰仁の一面を知っている人がいるのが菜月はモヤモヤする。

「そいつが電話掛けてきてさー、まぁなんだ…」

頭を掻きながら照れる

「好きだ。って言われたんだよ」

「えっ?」

ちょっと、どゆこと?
私も告白したんだけど…

「なんて返したの?」

「言わなきゃ…ダメ?」

何その照れ具合。
もしかして…いや考えたくない。
言われたら私何を想うんだろう…
菜月は戸惑う。
また独りになるのかと。

「ダメ」

でも引き下がれない。

「その場で返事したかったけどあいつが、直接また告白するからその時に返事して。だってさ」

なんで私は安堵しているのか…

「東京から帰ったらまたその時に返事する」

「そう…」

それ以上は聞けない。
答えを出したくない。

菜月が大切にしたいものが崩れる。
このモヤモヤはしまっておこう。
邪魔だ。

「もう5時じゃん…寝みぃ。寝よう」

欠伸をしてから背をむける彰仁を一瞥し菜月も背をむける。

「意味わかんない…」


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『****』

「お助けちゃん…ほんと助かりますね」

『**** ****』

「ですねー、菜月ちゃんと仲良くしてていいと思いますよー」

『*******』

「全世界、君達を見守ってますよ。」
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