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☆第九十九話 木と水と魚と☆

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「きゃああっ!」
 水飲み場の向こうで、群体に集られる翠深衣の悲鳴が聞こえる。
「っ翠深衣っっ! 金太郎ぉっ!」
 焦る章太郎は、つい「どうぞ」とかの変身コードを忘れ、全力で走って翠深衣の元へ。
 眩く輝く力で金太郎風な重装甲を纏うと同時に、水飲み場を飛び越えようとジャンプをして、重たい金太郎アーマーで水飲み場の一部を破壊しつつも、翠深衣を護る為に覆い被さって抱き抱えた。
「お、お兄さま…っ!」
「翠深衣っ、大丈夫かっ?」
 金太郎鎧の聖力のお陰で、抱き抱えられて密着をしている翠深衣も、集る群体の聖力吸引接触からは、護られている。
「良かった…」
 とはいえ、金太郎鎧の戦いに翠深衣を連れて歩くのは危険な気がするし、かといって現状では、近距離上等な金太郎では浮遊する蜂の巣蜃鬼楼への攻撃そのものが、不可能だ。
「ど、どうすれば…っ!」
 桃太郎の鎧なら中距離攻撃も出来るけれど、そもそも暫撃の威力が高すぎて、周囲の建物にも被害が出てしまう。
 章太郎としては、早くこの蜃鬼楼を倒して、ブーケたちへ救援に向かいたいのに。
「こ、この群体だけでも、押さえ込めれば…っ!」
 章太郎の焦燥とは無関係に、破壊された水飲み場の水道管から盛大に吹き上がった水によって、綺麗な虹が輝いていた。

 高校の屋上でも、分の悪い膠着状態が続いている。
「こいつめ…っ、うぅ…っ!」
 少女たちから聖力を吸い取ろうと、拍手による盛大な破裂音を止めて釣り鐘型の蜃鬼楼が接近をしてくると、皆で反撃をするものの、蜃鬼楼はすぐに拍手を再開して、こちらの攻撃力を無力化してくるのだ。
 赤ずきんも雪女も鳥系魔法少女も、苦戦を強いられている。
「あ、有栖が、なんとかしなければ…ぁあっ、そうです――ひゃあっ!?」
 主より後方支援の命を戴いていたメイド少女が、対策の一端を思いつくと同時に、耳の中へと、何かがニョロニョロと侵入をして、その身を詰まらせる。
「ひやあぁあ…っ!」
「うわっ、何だっ?」
「何なにっ、ミミズ~っ?」
 戦闘中の三人の耳にも侵入をしたそれは、月夜のサラサラな長い緑色頭髪が細く伸ばされた、蔦の束だった。
 見ると、月夜自信も自らの髪を耳へ詰め込んで、蜃鬼楼の発する破壊音から耳を守っている。
「くっそう、これじゃあまだ、五月蠅せーなっ!」
「いや、助かるっ!」
 十分では無いにしても、無防備な状態よりは、かなりマシだ。
 とはいえ、三人が動くと蔦が耳から外れたりして、対策も十分とは言えない感じ。
「月夜様っ!」
 蔦の髪を操る月夜の元へと走り寄った有栖が、必要な質問を手早く問う。
「月夜様っ、その御髪の蔦は、月夜様から切り離しても、形状などを維持する事は、可能でしょうか?」
「ん? ああ、それは出来ると思うぞ」
 月夜曰く、みんなの手助けをしたいと強く願ったら、髪の毛が動かせるようになったらしい。
「承りました! 少々、現場にての待機を、お願いいたしますっ!」
「あ、ああ! よく解んねーけど解ったっ!」
 蔦耳栓の操作を受け持った月夜から、有栖は雪女の元へと駆け寄って、破裂音の中でソっと肩へ触れて、声を掛ける。
「雪様っ!」
「は、はいっ!」
 有栖は手早く、メイドドレスのパーツから取っ手付きのティートップを十個作りだし、雪女へ水を求めた。
「お水、ですか…?」
「はい! お願い申し上げますっ!」
 よくわからないまま、雪女がティーカップへ波々と、空気中より湧き出した水を注ぐ。
「有難う存じ上げますっ!」
 言いながら、有栖はカップを二つ掌にすると、水の入ったカップで、自らの耳を塞いで見せた。
「まあ…っ! 有栖さんたら何を…っ?」
 そのまま、有栖が月夜へと振り向いて、人差し指でカップをトントンと突く。
「…? ああ、そういう事かっ! それっ!」
 有栖の意図を理解した月夜は、それぞれ少女たちの耳から蔦を抜くと、水を張ったカップを掴ませ、有栖のように少女たちの耳へと被せた。
「うひゃ~っ、急に何~っ?」
「うわっ! ビックリしたっ!」
「一体何を…ぁひゃは…っ!」
 急に耳を塞がれただけでなく、タップリの水が耳の中まで入って来て、更にカップはそれぞれ、蔦によってヘッドホンのように固定をされた。
 それで、みんな解った。
「…ぉおっ、音が…っ!」
「先ほどよりも…」
「ずっと 五月蠅くなくなった~♪」
 有栖も月夜も水カップ耳栓をすると、拍手蜃鬼楼の打ち出す大きな破裂音が、水によってかなり低減されていた。
 例えるなら、目の前の工事中よりも大きかった破裂音が、音響設定をちょっと間違えた映画館くらいの五月蠅さレベル。
「これでしたらっ!」
「戦えるよ~っ♪」
「よしっ! みんなっ、やり返してやるぞっ!」
 突然、破裂音を気にしなくなった様子の少女たちに、拍手蜃鬼楼が初めて、動揺を見せていた。

 そして小学校でも。
 翠深衣を庇う章太郎は、金太郎鎧の背中に群体蜃鬼楼の攻撃を感じながらも、身動きが取れないでいた。
「少しずつだけど、聖力が吸われてる…っ!」
 鎧を着ていてダメージは無いものの、蜂のような蜃鬼楼たちの針で突かれる度に、聖力が奪われ続けている。
「くそぅっ、どうすれば…翠深衣…っ?」
「ぅう~ん…っ!」
 気がつくと、護られている少女が、何か力んで声を上げていた。
「どっ、どこかっ、攻撃を受けているのかっ?」
 まだ小学生の低学年くらいな少女だから、少しでも聖力を吸われるのは、命の危険すら想像させる。
「ぉ兄さま…ぇえ~い…っ!」
 大きくて黒い眼をカっと見開いたと思ったら、二人の周囲で何かがたくさん跳ねて、それぞれが形になってゆく。
「? な、なんだ…?」
 跳ねていたのは、壊れた水道から噴き出した水で出来た水溜まりからの、掌サイズな水分で、それらが小魚の形へと纏まり始めていた。
「魚…これって、翠深衣か…?」
 尋ねると、苦しそうだけど、なんだか自信溢れる愛らしい笑顔。
「はい、お兄さま!」
 形になった水の小魚たちが、翠深衣の指差しに従って空へと舞い上がり、集まって大きな魚のシルエットを形作る。
 それはまるで、御伽噺のスイミーが仲間たちと作った、身を守る為の大きな魚への擬態、そのものだった。
「「「わあぁ~っ!」」」
「みずの、おさかな~♪」
「すげーっ!」
 教室へ避難している生徒達も、校庭での不思議現象に興味を引かれ、ワクワク顔で窓へと張り付く。
「ぇえ~いっ!」
 翠深衣の命令を受けた水小魚の群れは、群体のまま蜂蜃鬼楼たちへと襲い掛かって、小魚ごとに群体の個体へとぶつかって弾けた。
 ――っパシャパシャパシャっ、ピチャビシャバシャシャっ!
 それは、魚型のミサイルの如き迎撃風景。
「おおぉ…あっ!」
 翠深衣の戦いに目を奪われた章太郎は、襲い掛かる群体が、水小魚のミサイルによってことごとく衝突をされて地面へと落下をして、一時的とはいえ群体攻撃が無効化されている事に気がついた。
「す、翠深衣っ、凄いなっ! 俺たちへの攻撃を、完全に防いでるぞっ!」
「で、でもお兄さまっ、倒すまでは、出来ないですぅ…っ!」
 撃たれた群体蜃鬼楼は、暫しはダメージに苦しむものの、すぐに復活をして、また襲い掛かってくる。
 更に、蜂の巣蜃気楼の本体からも、次々と援軍が放出をされて、またコチラの分が悪くなっていった。
「お兄さま、ごめんなさい…。翠深衣は、お兄さまのお邪魔になって…っ!」
 泣きそうな少女へ、章太郎は本心で告げる。
「翠深衣、凄いぞっ! この小魚ミサイルは、翠深衣にはキツいか?」
「う、うぅん。最初は大変だったけど、今はなんとか出来ます…!」
 章太郎の頭には、蜃気楼撃退の作戦が思い浮かんでいた。
「そうかっ。翠深衣、あと五分だけ、頑張れるか?」
「? はい!」
 章太郎の問いに、翠深衣は自信を持って答える。
「ようしっ! それじゃあ翠深衣、この蜂たちを水のミサイルで、とにかく撃ち落とし続けてくれ! その間に、俺があの蜃気楼をやっつける!」
「は、はいっ!」
 章太郎から頼られた翠深衣は、嬉しそうに力強く、輝く笑顔で頷いた。

                        ~第九十九話 終わり~
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