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☆第九十二話 転入談話☆

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 翠深衣の通う小学校へ、再び有栖が到着をしたのは、午後の二時前。
 担任の先生から「今日の時間割は五時限目までですので、午後の二時十分くらいには、ホームルームも終了します」と、聞かされていたのだ。
「校門の前で 待たせて戴きましょう」
 メイド少女が綺麗な立ち姿勢で待機をしていると、学校のチャイムが鳴る。
 同時に学校全体から、開放感のような、楽しげな空気が感じられて来た。
「授業が 終了いたしましたか♪」
 忠臣を捧げる主も、こういう空気なのでしょうか。
 とか想像をして、微笑んだ有栖。
 各教室で帰りのHRも終了をすると、生徒たちのワイワイと賑やかな声が校門まで聞こえてきて、思わず耳を澄ませて聞いてみる。
 ――ワイワイワイ。
 ――ガタガタ、ズズー。
「…ガタガタと聞こえる この音は…あぁ、机を移動させて、当番の生徒たちによる 教室のお掃除が開始されたのですね♪」
 章太郎たちから聞いている、学校での生徒たちの活動と照らし合わせる有栖は、自身が掃除好きな為か、生徒たちの清掃の様子を想像して、楽しそうに微笑んだ。
 校舎からは、帰宅の生徒たちや部活の生徒たちが、ワラワラと溢れ出てくる。
 運動系の生徒たちは、校庭や体育館などへ急いで走り、帰宅する生徒たちは、校庭のメイド少女に気付いたり。
 愛らしくて姿勢も正しい黒メイド服の美少女に、男子たちは視線を奪われながらも、恥ずかしげに足早で通り過ぎるけれど、女子たちは。
「…わぁ~…♡」
「可愛い~♪」
「誰かのお付きのメイドさんかな~…♡」
 陽光を受けてキラキラと輝く、年上っぽいメイド少女に、思わず見惚れて立ち止まったりしていた。
 やがて、生徒用の正面下駄箱から、翠深衣とクロスメイトの少女たちが、姿を現す。
「翠深衣ちゃんですわ…まぁ♪」
 クラスメイトの女子十人と一緒の翠深衣は、向かって右から三番目あたりを、位置取ろうとしている様に見える。
 有栖は、章太郎から教えられていた、童話のスイミーを思い返した。
(あの様子ですと…原典たる童話における、小魚の群れの中での、目にあたる位置へ収まろうと…)
 無意識の行動だろう。
 しかし転入生という珍しさもあって、女子たちはなるべく翠深衣との距離が離れたくないのか、どうしても真ん中付近となるように、動かれてしまっていた。
 だからといって、何か問題が起こる様子も無く、女子たち総勢十一人は、楽しそうにオシャベリをしている。
「早速、お友達が出来たのでしょうか♪」
 様子見というか、有栖が校門の影へ姿を隠そうとして、しかし黒いメイド服が目立った為か、翠深衣たちに見付かってしまった。
「………あ、お姉さま~♪」
「「「「「え?」」」」」
 少女漫画の世界でも現在ではあまり聞き慣れない呼び方に、少女たちも思わず、翠深衣の手を振る先を凝視。
「…っ! メイドさんっ?」
「本当だ~! メイドさんだ~♪」
「わたし、初めて見た~♪」
 見付かってしまったので、有栖は少女たちへ向けて、綺麗な礼で挨拶をした。
「翠深衣ちゃんの、ご学友の御嬢様たちでいらっしゃいますね。初めまして。私は、御伽噺家の専属召使い、御伽噺有栖 と申します。以後、お見知りおきを」
「「「「「…ふわわぁあ~…♡」」」」」
 まるで物語の世界みたいな存在に、御嬢様と呼ばれた少女たちも、頬を染めて華やぐ。
「有栖お姉さま、お迎えを戴き、有り難う御座います」
 翠深衣の挨拶も綺麗で、しかも上品で丁寧だ。
「す、翠深衣ちゃん、すごく…おじょうさまなの…?」
「なんか、すご~い♡」
 清楚で綺麗なメイド少女と、仕えられる年下の愛らしいお嬢様みたいな翠深衣とのヤリトリに、女子たちもウットリとする。
「こちらのお姉さまは、私のお姉さまです。有栖お姉さま。こちらの皆様は、翠深衣のお友達の皆様です」
 有栖の自己紹介は既に終わっているので、翠深衣は、友達を一人ずつ紹介をした。
「は、初めまして! 七森あずさですっ!」
「初めまして。七森あずさ様♪」
 女子たちの緊張に対して、優しい笑顔の有栖の挨拶に、紹介された女子たちも照れたりしていた。
 紹介が終わると、翠深衣は友達へ、帰りの挨拶をする。
「それでは、翠深衣は、お姉さまのお手伝いを いたしますので」
 と、綺麗な礼を捧げた。
「う、うん。それじゃあスイミーちゃん♪」
「また明日ね~♪」
 友達が帰って行く後ろ姿を、翠深衣と有栖が見つめ、暫ししてから、二人で下校。
 帰り道で、有栖はスイミーへ、訊いてみた。
「スイミーちゃん、お友だちとの下校は されないのですか?」
「? はい。有栖お姉さまが、お迎えに来て下さると、先生からも訊かされておりましたので♪」
 どうやらスイミーは、有栖と一緒に帰らなければならないと、思い込んでいる様子。
「スイミーちゃんは、お友達との下校は、楽しみですか?」
「はい♪」
 そういう許可が出るまではダメとか、考えていたっぽい。
「スイミーちゃんが宜しければ、明日からは お友達との下校を、楽しんで下さいな」
「えっ、良いのですかっ?」
 促されたスイミーは、とても嬉しそうだった。

 日も暮れかけた、午後六時前。
 章太郎たちが学校から帰宅をすると、いつも通り、有栖と翠深衣がマンションの正面玄関まで、迎えに出てくれている。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、主様。ブーケ様、雪様、美鶴様、月夜様」
「お帰りなさいませ~♪」
 有栖と同じ事をするのが楽しいように、翠深衣も有栖と一緒に、綺麗な礼で出迎えた
「ただいま、アリス、スイミー」
「有栖さん、翠深衣ちゃん、ただいまです♪」
「たっだいま~♪」
「ただいま~っ! あ~、やっと帰ってきたって気分だぜ~っ…ふぅ…♪」
 翠深衣と同じく、今日から学校へ通い始めたピノッキオは、マンションへ帰ってくると全身を伸ばして、安堵の吐息だ。
「主様、御夕飯の支度が 整っております」
「あーありがとう有栖ー。今日は六時間目が体育だったし、もうお腹ペコペコだよ」
 嘆く今も、お腹がグゥと鳴っている章太郎。
「男子生徒の皆様は、まらそんで校庭を何周も 走らされておりましたから」
 授業での必要なカリキュラムが、思った以上に早く終了したからだろう。
 体育教師は、男子に対してマラソンで時間を潰すという、最も有り難くない対処をしてきたのだ。
「まったく最悪だよなー。それで、翠深衣は、学校 どうだった?」
 問われた少女は、笑顔で答えながら、しかし促す。
「はい、お兄さま。その前に、まずはお部屋へ戻りましょう」
「え、ああ、そうだな」
「ふふ♪」
 有栖が章太郎のカバンを手にして、六人はエレベーターで最上階へと上がった。
「ただいまー。お前たちも、留守番 ご苦労様だな」
 有栖が玄関扉を開けると、お供たちが、尻尾を振って出迎えに出ている。
「主様。御夕食は、すぐに お召し上がりに成られますか?」
「うん♪」
「ボクたちも、着替えたら直ぐに手伝うぞ」

 みんなで夕食を囲みながら、話題は当然、翠深衣と月夜の、転入の感想だ。
「はい、お兄さま。翠深衣は、学校へ通えて、とても楽しく感じました♪」
 校長先生がスイミーの童話好きだったり、すぐに友達が出来たり。
「そうか~、それは良かったよ♪」
「ね~♪ 章太郎くん、すごく心配してたもんね~♪」
「ま、まあね…」
 バラされると照れくさい少年心理。
「月夜は? クラスの女子たちと、仲良く見えたけど」
「ん? ああ、オレの頭じゃ、勉強はちょっと難しいけどなー。でも、なんかワイワイして楽しい処だよな、学校♪」
 月夜はクラスメイトたちへ、すぐにピノッキオだと明かしたけれど、みんなはブーケたちで慣れているからか、アッサリと受け入れられた。
 しかも長髪ツリ目でシルエットも起伏に恵まれた美形女子で、言葉も立ち居振る舞いもボーイッシュ。
 なので、本人も無自覚なまま、女子たちにモテていた。
「お嬢様たちってよー、もっとこぅ 淑やかって聞いてたけどさー。なんかみんな、やたらグイグ来るよなー」
「あー…そうなんだろうねぇ…」
 クラスの女子たちからモテた経験の無い章太郎には、全く想像出来ない悩みだ。
「あ、でもアレだぞ♪ 帰り道でも話したけどよー、バレーボール? とかいうの! アレは楽しかったなー♪」
「ああ、確かに言ってたな月夜。もしかして、身体を動かす系が好きなのか?」
「なんかさーっ、あのボールを床にバシーって叩き付けるのっ、決まるとスッゲー快感だよなーっ♪」
「お兄さま、ばれーぼーる…というのは?」
「ああ。翠深衣たちも、いづれ体育の授業で 体験すると思うけど――」
 とか盛り上がった夕食の後、章太郎は、予想外の事態で戸惑う事となる。

                        ~第九十二話 終わり~
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