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☆第七十話 今度の童話世界は?☆

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「………んん」
 眩しさが消えて、章太郎が目を開けると、五人は円陣を組んだままだった。
「みんな、大丈夫か?」
「…ああ」
「…はい」
「うん~」
「はい、主様」
 四人の少女たちに続いて、お供たちも、それぞれ返事をくれる。
「さて…とりあえず俺たちは、また童話世界へ呼ばれた…と考えて良いだろうけど…」
 手を放して周囲を見渡すと、どこかの街だと解った。
 石造りっぽい、二階建ての家々が並んでいて、特に赤い屋根などは、いかにも一般的にイメージされる童話の景色に見える。
 街を行く人々も、童話世界そのものな服装で、道路は敷石だったり、交差点には噴水があったりした。
「…見るからに 童話っぽいっていうか…俺には、ヨーロッパとかの町並みっぽくに見えるけど…?」
 と、世界観的に似ていると想像される、赤ずきんのブーケへと尋ねてみたら。
「そうだな。ここは、イタリアの街だろう」
「いたりあ…ですか」
「あ~、すぱげってぃーの国だっけ~?」
「それと、ピッツァーが有名な国でもあります♪」
 反応は、それぞれだ。
「イタリアか…」
 ブーケの判断を聞いて、章太郎は考察をする。
「イタリアの童話で有名処っていえば…『ピノッキオの冒険』とか『スイミー』とか『梨っ子ペリーナ』とか…他にも『ロディと星たち』とか『カテリネッラと鬼のフライパン』とか…う~ん、やっぱり、国だけでは 絞り込めないな」
「か…てり…?」
 童話ヲタクというかヲタク特有の、周囲の空気を読まないタイトルの羅列に、初めて聞いた雪などは、全く認識出来ていないようだ。
「誰かに聞いてみようよ~♪」
 と、美鶴が周りの人々をキョロキョロと見回して、章太郎もフと、違和感を感じる。
「…なあ、周りの人たち、なんか…」
「? どうした、ショータロー」
 少女たちは、章太郎のような違和感を、感じていないらしい。
 章太郎は、両掌で自分を指し示して、違和感を話した。
「俺たちさ、この服装だろ? なのに 周りの人たち、誰も俺たちに不信感を感じてないっぽくないか?」
「…言われてみれば…主様の仰る意味が、有栖にも理解が出来ました!」
 この街の人々は、明らかに文化の違う章太郎たちの学生姿を見ても、特に驚いている様子はない。
 それどころか。
「そもそも俺たち…こんな街の真ん中に 突然出現したのに、誰も驚いてないぞ…」
 章太郎の常識からすれば、街中で目の前で光って見知らぬ人間が現れたら、大変な騒ぎだろう。
 童話系な服装の人々は、章太郎たちを避けて歩いてはいるけれど、それは普通に、街中で人とぶつからないように歩く、それである。
「………」
 近くを歩く若い男性へ、章太郎が笑顔で手を振ってみたら、その男性は章太郎に気付かず、男性の向こうを歩いていた若い女性が、笑顔で掌を振り返してくれた。
「…ショータローは、ああいう女性が好みなのか?」
「え?」
「そうなのですか…」
「ふ~ん」
「有栖も、頑張ります!」
 あらぬ誤解を受けているっぽい。
「ち、違うよっ…この街の人たちが、俺たちを認識しているのかっ、た、確かめただけだよっ…!」
「ふーん…」
 ナゼかちょっとジト目なブーケたちと、悲しげに見上げている有栖だ。
「とにかくさっ! 今の挨拶で解った事はさ、この街の人たちにとって…理由はわからないけれど…俺たちは異質な存在じゃあないって事だよ!」
 笑顔で挨拶を返してくれたのだから、異文明っぽい不審者とはではなく、単に知らない人たち扱いと考えて良いだろう。
 そう理解をすると、マッドな翁から続く考察の血筋が騒ぎ出すのが、章太郎である。
「ふむ…考えられる可能性としては…」
 この世界は、童話世界だ。
 つまり、現実世界の人間たちが「読むために創造をした異世界」と言える。
「っていう事は…この世界、いや、童話世界の人たちにとって、現実世界の人間そのものは、特に強烈な違和感にはならない…って事じゃあ なかろうか!」
 考察そのものにワクワクする少年は、ある意味で、この街の人々と同じ世界の人物とも言える少女たちに、正解を求めた。
「うむ。ショータローの考えは、ほぼ正解だと思えるな」
 以前に転移した童話世界「ネコがネズミを追いかけるわけ」も、人語を話す動物たちは章太郎たちに対し、ほぼ無警戒な好奇心を以て、自ら接してきた体験がある。
「…現実世界の人間が作った同話世界の住人…つまり登場人物たちだから、無意識に創造主たちの存在を受け入れている…っていう感じなのかな…?」
 理由はわからないけれど、この世界の悪党とかでも無い限り、章太郎たちに危害を加えるような人物はいない。
 と考えて、良さそうだ。
「…よし。それじゃあ、まずは情報収集だ。この世界が 何の童話の世界なのかを、特定したい」
「申し付かりまして御座います、主様♪」
 こういう時に最も期待出来るのは、コミュニケーションのプロとも言える、メイド少女である。
 主への美しい礼を捧げた有栖は、愛らしい笑顔で街行く人々へと、挨拶をして問いかけ始めた。
「………」
 メイドドレスと、御伽噺のモブの人たちは、ファッション的にも近い気がする。
 ただ、そのわりに妙な違和感も感じられる原因は、有栖のメイド衣装が古式ゆかしいメイド服ではない事と、街の人々があくまで「童話世界のキャラクター」だからだろう。
 史実よりもファンタジーな世界だし、同じ物語でも執筆者やイラストレーターによっても、微妙に変化をする世界でもあるのた。
「…有栖、いきいきしてるな」
 とか、ボンヤリと考えているうちに、メイド少女がパタパタと駆け戻ってくる。
「上申を致します、主様。この街の名前は、ベネツィア との事で御座います」
「ベネツィアか…。ありがとう、有栖。一つ、大きなヒントになったよ」
「勿体なき御言葉。有り難う存じ上げます」
 再び綺麗な礼をくれる有栖は、メイドとして主の役に立った事が、何よりも誇らしい様子だった。
「ショータロー、何か解ったのか?」
 同じヨーロッパの世界感であるブーケは、特に興味があるらしい。
「ああ。童話・イタリア・ベネツィアって聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、やっぱり『ピノッキオの冒険』が普通かな。。ピノキオの物語が、特にベネツィアを舞台だと設定していたワケではなかったと思うけどさ。たしか、ベネツィアは作者のカルロ・コッローディの出身地で、俺たちの現実世界のベネツィアでは、ピノッキオがベネツィアのキャラクターとして お土産とかに推されてるらしいし」
「そ~なんだ~」
 と納得をする美鶴だけど、あまり理解はしていないっぽくもあった。
「もう少し、特定できる情報が欲しいな…有栖」
「はい、主様♪」
 章太郎は有栖に頼んで、街の人々に「ピノッキオ」や「ゼベット氏」や「チリエージャ氏」などの人物名で、尋ねて貰う。
 有栖の情報収集を待っている間、街から見える海にも、注目をした。
「…海の中も調べられればなー。まあ無理か」
 という章太郎の独り言に、雪が反応をする。
「章太郎様。海の中に、何かヒントが…?」
 問う雪は、なんだかちょっと、ワクワクしているような表情だったり。
「ああ。ここがピノッキオの世界だとしたら、海の中には登場キャラクターの『大きなクジラ』とか『大きなサメ』とか『人語を話せるマグロ』とかが いる筈なんだ」
「人語を話すマグロ~?」
「まあ、物語のバージョンによっては、マグロは出てこなくても問題無いんだけどな」
 とか話している間に、有栖がパタパタと戻ってきた。
「お待たせをいたしました、主様。チリエージャ氏という大工さんは、街では名の知られた工芸師との情報に御座います」
 と言って、恭しく美しい礼を捧げる有栖。
 章太郎は、考える。
「…チリエージャがいるって事は…わりと原点に近い世界なのかな」
「あの…章太郎様。先ほどの、海に関するお話 ですが…」
 雪が、ワクワク顔を恥ずかしそうに染めながら、尋ねて来た。
「ん、ああ。海の中を調べられればーって話だろ? 出来ればって話だけど、俺も泳ぎには自信が無いからなー…」
 お供たちの中にも、海が得意そうなモチーフ動物はいない。
 恥を告白して頭を掻く章太郎へ、雪が思いきって告げる。
「わ、私っ…ぅ海の中へ、入れます…っ!」
「え?」
 海水浴みたいなイメージをしたら、違うらしい。
「ああ、ユキは、新しい能力を身に着けたものな」
「新しい能力…?」
「はぃ…」
 なんだか恥ずかしそうに頷く雪に従って、章太郎たちは港の外れへとやって来た。
「…それで、雪の新しい能力って…?」
「はぃ…。お、お見せ致します…!」
 そう言って、周囲に人がいない倉庫の裏で、雪が白襦袢をスルりと解く。
「ぅわっ――ゆっ、雪なにをっ!?」

                        ~第七十話 終わり~
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