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☆第六十九話 再び童話世界へ!☆

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「じゃ、行って来ます」
「行ってくる」
「行って参ります」
「行って来ま~す♪」
「主様、皆様、行ってらっしゃいませ♪」
 いつものように、四人はマンションの正面玄関で、深々と美しい礼をくれるメイド少女に見送られ、学校へ。
 ここ何日か、蜃鬼楼との戦闘があって、しかし章太郎たちと意思の疎通を図るような、敵意の無い蜃鬼楼は、出現していなかった。
「あの蜃鬼楼は、かなり特種だったのかな…?」
 章太郎たちへ、敵対する意志のない者たちがいる。
 と受け止められるメッセージを残して、悪意のある蜃鬼楼と共に散った蜃鬼楼。
「ふむ…あるいは、勢力として考えた場合、ボクたちと敵対しない蜃鬼楼たちは それ程までに少数なのか…」
 ブーケは、そんな風にも考察をしていた。
「なのかなぁ…」
 蜃鬼楼と戦わなくて済むなら、章太郎だって、それが一番だと想っている。
「あるいは、ですが…」
 雪が、控えめに自論を告げる。
「私たちと戦う意志のない蜃鬼楼たちは、敵意ある蜃鬼楼たちによって、相当に追いつめられてしまっている…とか…」
「う~ん…正直、ちょっと焦るつていうか、何か放っておけない感じはしちゃうかな…」
 とか、ニガ笑いしか出なかったり。
 明るい美鶴が、章太郎にはない視点からの意見を述べた。
「それとも~。そもそも蜃鬼楼たちでさ~、こっちの世界に来られるって~、特種な感じって事、ない~?」
「…なるほど…。蜃鬼楼たちがこつちの世界へ来てるのだって、元はと言えば 爺ちゃんが開けた次元の穴が切っ掛けだもんな。ああ…」
 別な可能性を思いつく章太郎。
「爺ちゃんの開けた穴で、蜃鬼楼たちがこの世界の存在に気付いたとしてさ…それを全ての蜃鬼楼が知ったかどうかは、別だよなぁ…。っていうか、そもそも蜃鬼楼たちって、何だろうな?」
 よく考えてみれば、どの御伽噺にも、蜃鬼楼なんて出てこない。
「でも、童話の世界に存在している悪意ーとか悪鬼ー、みたいな感じだほよな」
 章太郎の疑問に、ブーケも考察を重ねた。
「言われてみれば、その通りだな…。御伽噺に出てこない悪意…」
 ブーケの考えに対して、雪が更に、感じていた疑問を口にする。
「悪意の無い蜃鬼楼は…なんだか『そういう勢力もいる』という言い方に 感じました」
「そうだよなぁ…」
 みんなの疑問を、美鶴が纏めた。
「どっちも~、それなりに個体数がいて~、お互いの意志を尊重する~ っていう感じなのかな~」
「う~ん…そう考えるのが、今のところだけど 一番しっくりくる気がするな」
 その意見は、御伽噺の少女たちも納得の様子。
「何はともかくだ、敵意の無い蜃鬼楼たちと接触が出来れば、それが一番確実に、状況を把握出来るのだが」
「そうだよなぁ…」
 なのでやはり、なかなか出会えない「敵意の無い蜃鬼楼」を待つしか、今の章太郎たちには、状況を把握する手段は無かった。

 章太郎たちが学校で三時間目の授業を受けている時、家事炊事を一通り終えた有栖は、駅前の商店街へと夕飯の買い物へ出ていた。
「ここのところ、蜃鬼楼が頻繁に出現をして、主様たちもお疲れでしょう。今夜は、なにか栄養のある豪華な夕食にいたしましょうか♪」
 とか、夕食メニューを楽しそうに考えながら歩いていると、以前に体験をした、身体がフラつく感覚を覚える有栖。
「――っ! こ、これは…っ!」
 以前、メカ生体の身体にこのようなフラ付きを覚えたら、童話の世界へと転移していた経験がある。
 その時は身体が勝手に次元転移をしてしまつたけれど、その時の変調データによって、今の有栖は転移を押さえる事そのものは、出来ていた。
 ただ、フラフラはする。
「…主様と、博士へ、上申を…」
 有栖は、商店街の一角にある休憩スペースのベンチへ、腰を下ろした。

 授業中に、章太郎のスマフォが緊急コールを鳴らす。
「!」
 有栖には、もし変調があったら苦しいだろうけれど出来るだけ耐えて、章太郎たちへ連絡をするように命じてある。
 メイドロイドである有栖が一人で転移して、万が一にも攻撃的な蜃鬼楼のいる世界だったら、アリスに対して最悪の結果が起こってしまうかもしれないからだ。
 章太郎は、少女たち三人と頷き合ってから、先生へ早退の許可を求めた。
「先生っ、早退して――」
「お、おう。解った! お前たちも、気をつけろよ!」
 県や市の広報で事情を知っている先生は、食い気味で了解をくれる。
 章太郎たち四人は、クラスメイトたちの声援も貰いながら、教室から駆けだした。
「これから電車で…っ!」
 なるべく早く帰らないと、有栖の負担になる気がして、焦る。
 下駄箱へ向かおうとした章太郎は、美鶴に声を掛けられ、立ち止まった。
「章太郎くん~っ、屋上~っ!」
「えっ?」
 ブーケも雪も、頷いて、章太郎を屋上へと促す。
「…?」
 美鶴が鶴へ変身しても、三人を運べるとも思えない。
 とはいえ、何か考えがあるのだろうから、少年も屋上へと駈け上がった。
 晴れ渡る青空の下で、美鶴は天空を見上げている。
「美鶴、一体――」
「あ、来たよ~っ♪」
 少女の指さす方を見ると、ヌイグルミの小鳥である鳳翼丸が、頑張って飛んできたところだった。
「ほ、鳳翼丸…?」
 ヌイグルミは、少年の掌の上へと降りたって、ピィと鳴く。
「章太郎くん~、その子に聖力 あげて~っ!」
「え、あ、ああ…っ!」
 隣に立つ丹頂鶴に言われて、章太郎がヌイグルミ鳥の頭を撫でつつ聖力を注入すると、小鳥は光って巨大な怪鳥へと変化。
 ――っケーーーーーーーーーーーーーーンっ!
「ブーケちゃんと雪ちゃんは、鳳翼丸に乗って~っ! あたしは章太郎くんを~っ!」
「な、なるほどっ!」
 たしかにこれなら、駅まで走ったり電車に乗ったりするよりも、断然早い。
 そう理解をしたけれど、フと、恩返しの鶴の体長は、野生の丹頂鶴とほぼ同じだと気付いて。
「え…でも俺、美鶴に乗れないんじゃっ――うわぁっ!」
「大丈夫~っ!」
 飛翔した丹頂鶴の両脚で、章太郎の両肩がワシっと掴まれると、ブーケと雪が跨がった巨鳥もフワりと舞い上がり、丹頂と鳥重合体。
「完成っ! 鶴凰丸~っ!」
 名乗りとポーズをビシっと決めた三角の巨鳥は、背中に二人の少女を乗せ、首の下に少年をぶら下げながら、高速飛行でマンションへ向かう。
「行っくよ~っ!」
「ちょっ――うわあああああぁぁぁぁぁっ!」
 校舎よりも遙かに高い空で、吊り下げられたまま高速飛行をする章太郎は、相当に胆が冷えたのだった。

 一分と待たずにマンションの屋上へ到着をすると、垂直着陸で下ろされる章太郎。
「おっとと…あ、有栖っ!」
 屋上には、メイド少女とお供たちが揃っていて、有栖はフラつきながらも最上の笑顔と礼を以て、主をお出迎えした。
「お帰りなさいませ、主様。うぅ…勉学の妨げとなってしまい、本当に…申し訳御座いません…」
 呼びつけてしまった事を、申し訳なく感じているメイド少女。
「有栖の責任じゃないよ。むしろ、よく呼んでくれたよ。大丈夫か?」
「はい…勿体なき御言葉を…」
 章太郎との約束を果たした有栖は、緊急事態の際の帰還方法を、御伽噺少女たち同士の会議で、昨夜に決めていたらしい。
「それが、屋上へ鳳翼丸が来た理由か」
「えっへん~♪」
 得意げな美鶴の頭の上で、ヌイグルミの小鳥も得意げだ。
「それで、有栖。直ぐにその…ジャンプする感じ?」
 童話世界への異世界転送を、なんとなくジャンプと呼んでいる。
「はい…。主様のご命令とあれば、今すぐに…っ!」
 祖父である章之助への連絡は、章太郎たちの帰宅を待っている間に、有栖自身が済ませている。
 マッドサイエンティストな祖父曰く、ジャンプは聖力と関係しているらしいので、章太郎と御伽噺の少女たちとお供たちしか、不可能だという。
『とにかくじゃ、出来る限りのデータ収集と、命を大事にな!』
 という注意も受けていた。
 主を見上げるメイド少女は、ジャンプの命令を待っている。
 ブーケも雪も美鶴も、転移先での戦闘準備に、抜かりは無い。
 有栖を中心に、章太郎たちは手を繋いで輪になって、それぞれの肩へヌイグルミたちが乗り、有栖は章太郎の両肩へと、小さな掌を添えた。
「…よし! それじゃあ、有栖」
「申し付かりまして御座います…っ! ジャンプいたしますっ!」
 眩い光と共に、五人と四体は現実世界から消失をする。

                        ~第六十九話 終わり~
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