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☆第六十六話 男子の妄想☆
しおりを挟む土曜日の朝。
ベッドでゴロゴロと睡眠中の章太郎の耳に、優しく扉をノックする音が聞こえる。
『主様。朝食の準備が 整いまして御座います♪』
と、職務に忠実かつ真面目なメイド少女が、部屋の外から主へと、起床を促しにやって来た。
「…ううん…ふわわ…はぅ…」
ボンヤリと目を覚まし、仰向けのまま大欠伸をして全身を伸ばすと、そんな少年の様子を廊下で受信する、メカ生体メイド。
「んむ…有栖、お早う…ふわわ…」
耳部の超好感度マイクによって、扉を開かなくても、章太郎の様子が音で解るのだ。
『ブーケ様、雪様、美鶴様も、キッチンへ おいでになっております♪』
と伝えると、有栖は扉越しの主へ向けた恭しい礼を残し、キッチンへと戻って行った。
「朝か…あ、そうだ!」
思い立った少年は、ベッドから飛び起きてパジャマを脱ぎ、急いで私服へ着替える。
有栖曰く「主様のお召し替えのお手伝いをさせて戴く事も、召使いとして当然の努めに御座います』らしいけれど、流石に身に余る手伝いだと章太郎も想ったので、当たり前に自分で着替えているのだ。
「お早う。遅くなってゴメン」
キッチンへ行くと、少女たち四人だけでなく、お供のヌイグルミたちも、わちゃわちゃと楽しそうに挨拶をくれる。
「お早う ショータロー」
「章太郎様、お早うございます」
「章太郎くん、おっ早よ~♪」
「主様、お早う御座います」
少女たちの明るい笑顔を向けられると、少年にとっては恥ずかしい感じだけど、やはり安心出来たりして。
――がるるっ♪
――うきき♪
――ちゅんちゅん♪
――♪
みんな少年の足下でジャレ着いてきて、ヌイグルミ刀のエターナル肥後は、単眼をニコニコさせて少年の肩へと乗ってくる。
章太郎が起きて来るのに合わせて料理を作り上げた少女たちと、腰掛けて、テーブルの上の料理たちへ手を合わせた。
「美味しそう♪ 戴きます」
「「「「戴きます♪」」」~す♪」
実質、御伽噺の少女たち三人も、メカ生体の有栖も、お供たちも、食事を摂る必要性は無い。
みな、章太郎の中から湧き上がる聖なる生体エネルギー「聖力」を、接触補充をする事で、活動しているからだ。
しかしブーケたち三人は、章太郎の祖父でありマッド・サイエンティストでもある章之助博士の製作した人工ボディーに、御伽噺の少女たちの精神が融合している姿だから、生体部分の反応として、空腹にはなったりする。
メカ生体のメイド少女やお供たちも、生まれが違うだけで、活動源としては章太郎の聖力だ。
彼ら彼女らの空腹は、単なる高性能な反応に過ぎない。
けれど少年としては、目の前でお腹が鳴っている少女たちがいるのに、一人だけ食事を摂るなんて、゜出来ない。
なので、皆で一緒に食べる事にしているのだ。
人工ボディーもメカ生体も、消化器官などは存在しているし、そのエネルギーを人間とは違う方向へ、色々と使えるらしい。
そして少女たち四人は、章太郎との間に子供を授かる事も可能だと、章之助博士は笑っていた。
とはいえ、現在高校一年生の章太郎に、その能力を使うだけの覚悟など無い。
「うん…美味しいな♪」
有栖の作る朝食は、章太郎の好みに合わせて、日本食が多い。
若い胃袋は、朝イチの肉炒め大皿でも、ペロりと平らげる。
「有り難う存じ上げます♪」
主に褒められたメイド少女は、喜びで頬が上気した。
ちなみに食事のメニューは、章太郎の好みが中心だけど、少女たちの要望で洋食や麺類になる事も、普通にある。
特に美鶴は、麺類が大好物であった。
「ふぅ、ご馳走様でした」
「「「「ご馳走様でした♪」」」~♪」
食事を終えると、有栖がお茶を用意してくれる。
「主様、珈琲の準備が整いまして御座います♪」
五人でお茶を楽しみながら、章太郎が、用件を口にした。
「そうだ。あのさ、みんな今日、予定とかある?」
「ん? どうした?」
四人みんなへ、話を振る。
「実は、お供たちと ちょっと試したい事があるんだ」
と、お供たちへも話を振ると、なみ楽しそうに、章太郎の足下へとジャレて来た。
「試したい事、ですか…?」
「なになに~?」
「うん、実はさ…」
章太郎的に考えていた事とは、ある種、男子の憧れでもある。
章太郎たちが住む駅前高層マンションの所有者は、祖父の章之助であり、屋上スペースはオーナー一族のプライベートスペースである。
とはいえ、管理人さんを通して章太郎たちの了解を得れば、ここの住人なら誰でも使用可能だし、花火大会の時などは一般解放もしていた。
遠くの海や富士山が見渡せるこの屋上は、地元の人たちにとっても、評判の良い穴場スポットなのである。
休日のお昼前。
章太郎たち五人とお供たちは、みんなで屋上へと上がっていた。
「有栖、今日は屋上、特に誰か使う予定とか 無いんだよな」
「仰る通りに御座います」
恭しい礼をくれながら、有栖は屋上へ、お菓子などを用意してくれる。
「それで~、章太郎くん、何かするの~?」
有栖の焼いたマカロンを頬張りながら、問う美鶴。
「うん、ちょっと…。ウルフィー」
呼ばれた犬のヌイグルミが、嬉しそうに尻尾を振って、掛けてきた。
「ウルフィー、これから 聖力を注ぐから」
と言って、ヌイグルミの頭を撫でると、少年の聖力が注ぎ込まれて眩しく光り、子犬から巨大なオオカミのメカ生体へと、変身をする。
――ァオオオオオォォォォンっ!
「わわっ、し、しー…っ!」
背中の高さだけでも二メートルを超える大型の狼の遠吠えとか、マンションの周囲どころか、商店街の向こうの駅まで轟きそうだ。
「? ショータロー、ウルフィーと何か…あ!」
お供の狼と一番相性の良いブーケは、察した様子。
「ウルフィー、ちょっと 背中に乗せてくれるか?」
章太郎の言葉に、メカ生体の狼は腹這い姿勢となった。
「ありがとう。せーの…っ!」
オートバイくらいの高さがある背中へ章太郎が跨がると、ウルフィーは、シャキっと立ち上がる。
「おおぉ…高いな…っ!」
少年の視界としては、屋上の床よりも更に高い位置で、周囲が見渡せていた。
屋上は、ヒザより高いコンクリート製の壁と、二メートル以上の頑丈な金網ガードが張られている。
章太郎の視界では、金網の天辺とほぼ同じ高さであり、それだけで金網ガードが低く感じて、何とも言えない緊張感が湧いてきた。
「え、えぇと…」
ちょっとワクワクだけど恐怖も感じながら、章太郎は、ウルフィーを歩かせる。
「ウルフィー、ちょっと、歩いてみて」
章太郎が何をしたいのかを想像できたブーケが、狼メカ生体へと、注意を促した。
「ウルフィー、本当に、ゆっくりだ」
――ーがぅ。
主たちの命令を理解した狼は、犬の散歩よりもゆっくりな速度で、ノロノロと屋上を歩き出す。
「ぉ…お、なんか、良い、感じ…?」
乗馬体験の無い章太郎だけど、気分は騎馬武者の如し。
それでも、優しく揺れるメカ生体の狼から揺すり落とされないよう、必死に首へ捕まって、両脚もギチギチに踏ん張っていた。
「主様…凛々しくあらせられます…?」
かなり危なっかしい素人乗馬だけど、召使いの少女には、格好良く映るらしい。
広い屋上を一回りする頃には、章太郎も、少しだけ慣れてきた。
「よ、よし…ウルフィー、少し早く歩いて…っ!」
「あ、ショータロー待て――」
メカ狼が、狼的には普通の歩き方で歩き始めると。
「ぅわっ、あわわっ!」
予想以上に大きく揺れて、章太郎は狼の背中から、滑り落とされてしまった。
「あ、主様っ!」
「章太郎様…っ!」
四人が駆け寄って、したたかに背中を打ち付けた少年が、ヨレヨレと立ち上がる。
「痛たた…難しいんだなぁ…」
主を滑落指せてしまったウルフィーが、申し訳なさそうに尻尾と耳を垂れて、章太郎は優しく頭を撫でた。
「いや、滑り落ちたのは 俺の所為だから。ウルフィーは悪くないよ」
主の掌を、メカ狼がペロ…と舐める。
「ショータロー。この子たちと 共闘をしたいのだろう?」
「う、うん…」
少年的には、メカ狼に跨がって格好良く疾走したかったのだ。
「気持ちは察するが、今のままでは 無理だろう」
ブーケがちょっと得意げに微笑んだのを、章太郎は初めて見る。
~第六十六話 終わり~
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