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☆第十七話 雪女のお仕事☆

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 お婆さんたちが乗ってきた時、章太郎は扉とは反対側を向いていて、気付かなかった。
 一番最初に気付いたのは、美鶴。
「あ、お婆ちゃ~ん♪」
「ん?」
 話し声よりは耳に届く声だったのは、三人にもお年寄りの存在をさり気なく教える為だろう。
 章太郎が席を譲ろうと立ち上がるよりも、少し早く。
「お婆さんたち、どうぞ、座って下さい」
 と、ブーケたちが立ち上がった。
「あ…」
 少し慌てた感じになってしまった少年も、席を譲る。
「どうぞ」
 若者に席を譲って貰ったお婆さんたちは、ニッコりと嬉しそうだ。
「あらまぁ、ありがとうねぇ」
「こんなめんこい娘さんたちに 譲って貰っちゃって♪」
「親切にどうもねぇ」
 腰掛けたお婆さんたちにお礼を貰うと、やっぱり嬉しい。
 お婆ちゃんが大好きだったブーケと、お爺さんお婆さんと暮らしていた美鶴は、特にニコニコの明るい笑顔だ。
 同じく微笑みながら、少し寂しそうな感情も読めるユキ。
「………」
 気になった章太郎は、ヒソヒソ声で訊いてみた。
「ユキ、何か気になるの…?」
「え、いいえ、その…」
 ガマンして言いづらいというより、何か申し訳なさのような、複雑な表情を見せる。
「…私たちの物語では、その…山で小屋に避難した男性の中でも、お爺様の命を奪うというお話が、とても多い事は…章太郎様も ご存じだと思われますが…」
「ああ、たしかに」
 雪女の物語で雪山で遭難するのは、時代背景的にも、大抵が男性である。
 それも、若者とお年寄りがほとんど。
 そして、雪女を見た事を秘密とさせるため、若者の目の前でお年寄りを凍死させたりするのも、わりとデフォだ。
「…ユキも そうしてたって事?」
「い、いいえ…っ! あの民話は、人間側の視点と言いますか…っ! それも したかのない事では、あるのですが…」
 一節にもあるけれど、雪女は、死者を霊界へ送る役目も与えられているという。
 雪山で遭難した人間の中でも、特に酷い状況に置かれた男性たちの中で、遭難状況を生きられないのは、どうしたって体力のないお年寄りだ。
 寒さの中での凍傷などの重傷によって、山を下りた後も苦しみ続けるより、健康なうちに、苦しまずに命を終わらせる。
 それも、雪女に与えられている使命だと、ユキは話した。
「…ですが、それを人間に上手くお伝え出来たとしても、やはり 納得はして戴けないでしょう…」
 シュンと落ち込む雪女。
「まあ…西洋で言うヴァルキリーみたいに、神様の軍勢として天界で復活する~とかじゃあ ない感じだもんな…。雪女に送って貰ったら天国って事?」
 と、気になったので尋ねたら。
「天国…? という場所は、存じ上げませんが…御仏の弟子となって、霊界で新たな地位を得られます♪ もちろん、私たちが送る方は、みな善行にて生涯を過ごされた、徳の高い方々のみ、なのですが♪」
 雪女に与えられた使命に関しては、とても誇らしい様子。
 冷徹な雪女という言い伝えは、確かに辛いだろう。
「でもさ、天…霊界に行った人たちは、雪女たちの行為の意味が解ってるだろうし、きっと感謝してると思うよ」
 本当に、そう思った章太郎。
「…はい…♪」
 ユキの笑顔が、明るくなった。
「章太郎くん、ユキちゃん、はい~♪」
 美鶴が笑顔で差し出した掌には、包まれた飴玉が二つ。
「お婆ちゃんが、くれたよ~♪」
 席を譲ったお婆さんたちが、四人にくれたらしい。
「まぁ…ありがとうございます」
 と、美しい礼を返すユキに、お婆さんたちは。
「あらまぁ~。所作が美しいわねぇ」
「大和撫子よねぇ♪」
「ウチの娘にも見習って欲しいわよ。あはは」
 と、関心をしていた。
「そ、そんな…」
 お年寄りから褒められた雪女は、恥ずかしそうにモジモジしている。
「ユキ、褒めて戴いたな♪」
「ユキちゃん、礼儀正しいもんね~♪」
「み、みなさんまで…」
 白い肌の雪女が、耳まで真っ赤に上気。
「え、えっと…」
 お婆さんたちと三人の楽しい空気で、章太郎は、飴のお礼を言いそびれていた。

 地元駅へ到着して、電車を降りて改札を出る。
「し、しまった…っ!」
 ブーケが間違えて、ICカードをキップのように、改札の機械へ挿入してしまった。
「こ、高価なカードを…章太郎、すまない…っ!」
 焦る少女は、どうにかカードを取り戻せないかと、挿入口を覗き込む。
「大丈夫だよ。ほら」
 章太郎が指さした取り出し口には、すでにカードが排出されていた。
「おおっ、戻ってきてくれたか…っ! 良かった…」
 改札を駆け抜けながらカードを回収し、胸に抱いて心からホっとするポニテ少女。
 そんな様子に、ユキや美鶴も。
「この…かーどという小さな板は、このかいさつという箱に飲み込まれても、自分で出てくるのでしょうか?」
「すごい~、頑張り屋さんだね~♪」
「う~ん…」
 説明するのも、少女たちのプライドを傷付けそうで、躊躇う章太郎。
 美鶴とユキも楽しそうに、カードを飲み込ませて通過をしていた。
「この感じなら、カードを回収し忘れるって事は、無さそうだな」
 この世界で生きて行く以上、少しずつでも慣れれば良いのだ。
「駅前のデパートに寄ろう。地下が食料品売り場だから」
「デパートとは、あの大きな建物か♪」
「魂だった頃にも、外から拝見いたしましたが…♪」
「中に入ってみたかったんだよね~♪ どうなってるのかな~?」
 三人それぞれの時代設定で想像をして、ワクワクしている感じだ。
「そうだな…地下階に降りる前に、上の階も見てみようか」
 四人は、駅から続いているデパートの二階へと降りてみる。
 駅の通路から本館へ入ると、生活雑貨を扱うフロアだ。
「わあぁ…ここが、でぱあと というお屋敷の中なのですか…♪」
「広~い♪」
「まるで、お城の謁見の間だな…♪」
 御伽噺が出身の三人にとっては、地方のデパートでも、かなり豪勢に映ったらしい。
「このフロアは、生活雑貨…ええと…」
 生活雑貨を、少女たちにも解るように、言い換えようとして。
「解るぞ。つまり、生活に必要な色々が売っているのだろう?」
「ああ、そうそう」
 食器類や、キッチン廻りの小物入れ、バス用品や掃除用具など、各種の取り揃えは地域一番のデパートである。
 三人の興味のままにフロアを歩いて、章太郎は付き合う形だ。
「わぁ~タワシ~♪ ここにもあるんだ~♪」
「まあ…姿形も、私たちの頃の束子と、同じなのですね…っ!」
「ボクのいた世界のブラシとは、また違う素材や形なのだな…っ!」
 そんな発見も、楽しいようだ。
(そうだよなぁ…御伽噺の世界設定というか、時代設定というか…やっぱり「むかしむかし あるところに」っていう感じだもんなぁ…)
 と思って「また三人の話の通りで考えてる」とか想いながら、もうそれを否定する気は無くなっている、現実主義者。
「それにしても、このナゾの板は何なのだ? やけに艶々していて柔らかくて 触り心地が良いのだが♪」
 ブーケが手にして、掌をスリスリさせているのは、スーツの埃などを取る、通称エチケット・ブラシであった。
「ああ、それは 衣服のホコリとかを取るブラシだよ」
 ブーケたちが手にしているブラシは、店頭の見本品で、誰でも自由にお試しが出来る。
「俺たちの制服とかの、表面に付いた埃を 撫でて取るんだ」
 丁度、章太郎の学ランの左肩に白い糸くずが付いていたので、目の前で使って見せた。
 ブラシが撫でた直後に、濃紺色の学ランで目立っていた白い糸くずが、消える。
 一瞬の出来事に、三人は目を大きくして、驚いていた。
「「「ぇええ~っ!?」」」
「い、糸くずが、一瞬で…っ?」
「なんという魔法だっ?」
「糸くず、どこに消えたゃったの~っ?」
「ここに付いたんだ」
 糸くずが付いたブラシの表面を見せると、三人はジっと注視をする。
「こ、これは…っ!」
「この艶々~っ、糸を取っちゃったの~っ?」
 三人は驚いて、更にユキは。
「なんと素晴らしい…っ! お洗濯が とても楽になりそうですわ…?」
 と、家事好きらしい感動を覚えていた。
(…もっと色々と見せてあげたいな)
 章太郎も、楽しくなっている。
                        ~第十七話 終わり~
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