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1章

第6話 入口

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息荒く自分の部屋に飛び込んだ。
早く、早く早く早く。

気持ちだけが先走り、リュックに詰めようとした
ミネラルウォーターが手汗で滑り落ちた。

「ばかっ」

思わず声が漏れて、きゅっと口を結ぶと
落ちたミネラルウォーターを拾ってカバンに
押し込んだ。

あの日。

テレビで彼を見たあの日から
居ても立っても居られなかった。

今すぐにでも施設を飛び出して、
彼のもとに行きたかった。
でもそれはできない。
ニュースで流れていた光景は街の中心地。
ここからだと電車で二日ほど乗り継いだ先にある。

お金もかかる。
ルートを決めて路線を調べる手間もある。
持ち物も最小限だけど準備しないといけない。

「それにしても五日もかかるなんて」

元々自分の持ち物なんてほとんどない。
あるものをカバンに詰めるのなんて簡単だった。
乗り換えルートも学校で調べた。
実際に電車に乗ったことはないけど
そこはなんとかなるだろう。

一番問題だったのはお金だ。

最初はピアスを売ろうかと思った。
他に持っている金目のものなんてなかった。

実際に質屋にまで持っていき、
値段も付いたが寸前になってやめた。

彼とのたった一つの繋がりをお金にしてしまうのは
自分にはできないと思った。

では、どうやってお金を手に入れようか。

アルバイトでもしようか。

いや、学生は禁止されているし、
施設長に見つかればどんな罰を受けるかわからない。
それに働いた時間分で金が入ってくるアルバイトというシステムは、
時間と労力がかかりすぎる。
リスクと労力が大きいのに報酬がわりに合わない。却下。

自分の顔を鏡で見る。
そう言えば、今まで多くの人に綺麗だと言われてきたな、と思い出す。
告白もよくされる。男子にも女子にも。
これは使えるか。

親が裕福そうな男子にお金をねだってみようか。
もしくはお金を持ってきたらデートする、彼女になるとか。

同年代の男子を思い浮かべる。

なんかそれは嫌だな。
さすがに嫌だ。

子ども相手がだめなら、
大人相手ならどうだろう。

モーテル街に行ってみようか。

いや。

首を振った。鏡の自分の不貞腐れた顔で首を振った。
リスクが高すぎる。
何より彼以外に媚びを売ったり、
ましてや裸を見せる?触らせる?
そんなことは嫌だ。ばかげている。却下。

ではどうだろう。どうしようか。
ふっと息を吐く。

下を向いたとき、掃除用に持ってきた新聞紙が目に入った。
そこにあったのは『治験!募集』という言葉だった。

慌てて新聞紙を拾い上げると、その内容を詳しく見た。
『時間は午後18時から30分程度、期間は5日間、
対象は15歳から20歳までの女性、募集期間は~』

募集期間を確認して、今日の17時までという言葉に安堵する。
電話番号を覚え、急いで施設の共用電話まで走っていった。

「もしもし、治験の募集を見て電話をしたんですが」
『ありがとうございます。では、いくつか確認させていただきます』

電話の向こう側で女性の機械音声が流れ、
年齢、性別、身分などを確認されていく。
そして、治験内容(薬を服用するのみ)、
報酬(電車代どころかしばらく暮らすのに十分なお金)
が説明され、最後に合意の確認の音声が流れた。

『ではここまで説明したすべての事項に合意していただけますか』
「はい」
『ありがとうございます』

リラクゼーション音楽の後に、ガチャリと電話が切れた。
受話器を置き、レイカはふっと力が抜けてしまい、その場に腰を下ろした。

安堵した。
とにかくこれで十分なお金を手に入れることができる。

でも。
なぜかざわざわと胸が騒ぐ。
これでよかったのか。
本当にこれでよかったのだろうか。

違う。
これでよかったんだ。

沸き上がってくる気持ちに蓋をする。

だってこれで彼に会えるんだから。

私にとってこれ以上大切なことなんてないんだ。
だからこれでよかったんだ。
よかったんだ。

さぁ、早く準備しなくちゃ。
彼に会うための準備をしなくちゃ。



*************************

『祖先は地下世界の入り口で想像しうる
恐ろしいものの前に足がすくんだ』
『だが、そんな恐ろしいものなどどこにも存在しなかった』
『それはただの彼らが恐怖から抱いた幻想に過ぎなかった』
『それは現実ではなかった』
『現実ではなかった』


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