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プロローグ 愛したい竜と理解できない少女
しおりを挟む森は死んだように静かだった。
木も虫も鳥もありとあらゆる生き物は暗闇に飲み込まれ息絶えてしまったようだ。
「ローズ、ローズ」
それでもローズの行く道を指し示すように、ローズを呼ぶ声はやまない。
昼間でもいったことがないほどの森の奥まで来てしまっていた。
「ローズ・・・・・」
ふと、声がやんだ。
立ち止まるとそこは、ハッと息をのむほどの美しい場所だった。
そこだけぽっかりと森が開き、目の前には大きな湖があった。
湖は一枚の磨き上げられたガラスのように、夜空を写す大きな鏡になっている。
月明かりがまっすぐ差し込むその先にに、一匹の竜がいた。
半透明な翡翠色の鱗は月明かりに照らされ、ますます輝きを増す。
その黄金色の瞳がやがてゆっくりとローズを見る。
目をまん丸にしてローズは竜を見た。
竜なんて生まれて初めて見た。
絵本でしか見たことがなかった。
それも人を食べる怖いものだといわれていた。
「ローズ、かわいそうな娘。呪われた娘よ」
やがて竜が語り掛ける。
その声は不思議でずっと前から知っていたような、心の中に語り掛けるようなそんな声だった。
「お前の一族の呪いを解かなければお前を我が物にすることはできんのだ」
ローズは心の中で、「あなたはわたしを食べようと思っているの?」と竜に問いかける。
「いや、お前を愛したいのだ」
ローズは首をかしげる。
「今はわからずともいい。だがまた時が来ればお前を迎えにこよう。それまで待っていてくれないか?」
ローズはわけがわからなかった。
どうしたらいいかわからない。
いっそこの美しい竜にこの場でむしゃむしゃと自分を食べてほしかった。
そのほうが分かりやすいのに。
「お前が我の血肉となることを望むなら、それでもよかろう。だがまだ時ではない。待っていてくれないか?お願いだ」
竜はかすかに首を垂れる。
ローズは慌てた。
この世にも美しい竜が、自分のような馬の糞にまみれて、梳かしたことがないような髪をした、こんな小汚い子どもに頼みごとをするなどあってはいけないことだと思った。
ローズは慌てて膝をつくと、竜に向かって祈るようなポーズをした。
わかった、待ってますから、お願いだからそんなことしないで。
「ありがとう、必ず約束は守る。それまでどうか、どうか生きていてくれ」
竜は長い首をローズのほうに伸ばした。
鼻先をローズのほほに寄せる。
ローズはびっくりして動くことができなかった。
目を極限まで見開いて、その場に硬直した。
やがて竜はひとしきり、ローズの匂いを嗅ぐとローズから離れる。
「では、さらばだ、約束の時まで」
そういって、湖の中心でしゅるりととぐろを巻くと、ローズが飛ばされるほどの風を起こして夜空へ上っていく。
やがてその姿も星とも月とも区別がつかないほど遠くへ行ってしまった。
ローズはしばらく湖の前で硬直したまま動けなかった。
あの美しい夢から3年後。
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