女装令嬢はインポな引きこもり王子とプラトニック・ラブロマンスを貫けるか

ハヤイもち

文字の大きさ
上 下
2 / 3

女装令嬢は人魚姫となるか-黒船と隣国の皇太子-

しおりを挟む


「いつも手伝ってもらって悪いな」

「いえいえ、僕もお役に立ててうれしいです」

今の僕は男の姿をして、
近くの漁港で手伝いをしていた。

少しお金はもらっているから
アルバイトみたいなものだが、
実質は趣味みたいなものだ。

令嬢としてずっと女の子をやっていると
逆に男らしいことをしたくなる。

港に近いこの国では、漁業が盛んで、
ムキムキのかっこいい海の男にあこがれた僕は
学園が休みの日はこうして手伝いをしていた。

流石に髪をバッサリ切るわけにはいかないので
髪はすべてきっちり編み込みにして
帽子の中にしまっている。

今の僕は使用人から借りた使い古しのワイシャツに
下はボトムスを紐で吊るしたようなサロペットを着ていた。

これは庭師に借りたもので、
ダメージ加工がされているわけではないのに
ボロボロだ。

令嬢の時のようなお上品な服ではない、
いかにも粗末な服を着ていると、
肩の荷が下りたように楽になる。

船着き場に船が到着する。
バシャバシャと網から大量の魚が
陸にあげられる。

僕は駆け寄って、魚を集め、
箱詰めを始めた。

色とりどりで形が様々な魚は
見ているだけで楽しい。

いつか僕も船に乗って、
大海原に出てみたい。
叶わない妄想だけど夢見るくらいなら
いいだろう。

「船長!終わりました!」

「おう!ミツ、さすが早ええな!」

「いえ、さっそく市場に行きましょう」

箱詰めされた魚を持ち、船長に声をかける。

「今日も大漁ですね」

「おうよ!もちろんだ、…ところでお前はいつになったら
俺の船に乗るんだ?」

「…まだ先です。僕はまだまだ修行中なので」

「そんなこと言ってるとじじいになっちまうぞ。
若いころから乗っといた方がいいんだ」

「あはは、ありがとうございます」

船長の言葉に胸が熱くなるが、
そういう訳にもいかないのだ。

家族もいる。
伯爵令嬢としてすでに決められた道がある。

「船長、あれ!」

僕は思わず海の方を指さした。

そこには見たことがないほど
巨大な真っ黒な船の姿があった。

それはゆっくりとこちらに向かってくる。

「お前聞いてないのか?今日他国から
お偉いさんが来るらしいぞ。家族総出でな」

「そうなんですか。知らなかったです」

「まぁ俺たちにゃ関係ない話だからな。
他国の皇太子ご家族なんて」

「確かにそうですね」

しばらくぼーっとその船を見ていたら、
甲板に人が立っているのが見えた。

遠目ではわからないが、長い髪の若い男性だ。
彼が皇太子なのだろうか。

しかし、次の瞬間。
彼は甲板から身を乗り出し、あっという間もなく
自ら海に飛び込んだ。

「はっ?何しているんだ!」

僕は慌ててその場に箱を落とすと海に飛び込んだ。

「お、おいミツ!…たく、
あいつは本当に猪突猛進だな」

残された船長が呆れた風につぶやいた。




体中が海に包まれる。
母なる彼女は僕を受け入れ緩やかに深い方へと誘い込む。
淡い水色に光のカーテンが降り注ぎ、キラキラと揺れる。

僕はわき目もふらずに、ただ深く深くへと沈んでいく
彼の元へ進んでいく。

海は優しい。僕たちに恵みをもたらしてくれる。
信じられないほど美しい光景を見せてくれる。

だけど、彼女はとても残酷でもある。
さざ波とともにあっけなく僕らの命を浚っていく。

深い青へと沈んでいく彼の命は
今まさに彼女の一部となろうとしている。

僕の頭には何もなかった。

ただ彼を助けたいと思った。

彼に近づき、
必死に右手を伸ばす。

彼の腕に何とか触れた。
引き寄せて、自分よりも大きなその体を
片腕に抱く。

どうやら今回は彼の命を見逃してくれたようだ。

そしてそのまま光さす方へ。
上へ上へと泳いでいく。


「ぶはぁっ、船長、手を貸してください!」

「おう!」

水面に顔を出すと、水の中では重さを感じなかった
その体が、鉛のように重くなった。

船長が僕とその男を陸に引き上げてくれた。

「いきなり飛び込むもんで、びっくりしたよ」

「あの黒い船からこの人が飛び込むのが見えたので」

「あぁ!?だとしたら他国のお偉いさんじゃねぇか!
面倒ごとにならなきゃいいが…」

彼が正常に呼吸しているのを確認した僕らは
とりあえず彼を船長の船に乗せて、
彼が目を覚ますのを待っていた。

それにしても、綺麗な人だ。

腰まである髪は夜空を映したような群青色で
日に当たりキラキラと光っている。

スッと通った鼻筋に、切れ長の目。
血色の悪い肌は溺れたからではなく生来のものだろう。

冷たい雰囲気ではあるが、彫刻のような見た目に
僕はあこがれを感じた。

その瞳が開いたとき、どんな色が見えるのか、
少しドキドキしながら目を覚ますのをじっと待つ。

「うっ…」

彼の目がゆっくりと見開かれていく。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!

彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。 何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!? 俺どうなっちゃうの~~ッ?! イケメンヤンキー×平凡

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定

処理中です...