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カルテ#26 水の神殿
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いつの間にかケロが帰ってきて、じゃれてきた。
その口にはキメラが咥えられていてそこは全く可愛くないが、
無邪気にしっぽを振るワンコは一時私の心を軽くしてくれた。
「それにしてもすごいなぁ、魔物とか魔獣と出会っても
桜がいればみんな頭を垂れて道を開けるんだから。
魔法も全くいらないし本当によかった」
そう言って天真爛漫な様子で振り返るルキに
私は複雑な笑みを浮かべる。
「そ、そうだねぇ…」
私の肩には小さなガーゴイルが止まって頭に顔をすりすりしてくる。
足にじゃれつくキメラやワームなどをケロが牽制していた。
動物はもちろん好きだがここまでモテモテだと微妙な気持になってくる。
しかも好かれるのはすべて魔獣。さすがは魔王の花嫁だ。
「動物好きなんだろ。モテモテでよかったね」
にやりと笑うルキにしてやられたような気持になる。
「ルキ、そろそろきつい。聖獣の生息地はまだかな」
「着いたよ」
目の前には透き通るほど透明な湖が広がっていた。
光さす神殿のように厳かな雰囲気のその場所に、一歩、また一歩と近づくと
先ほどまで私にじゃれていた魔獣たちが一目散に逃げていく。
ケロもぐるぐると唸り声をあげて、必死で耐えているようだった。
「いいよ。ケロ、ここで待ってて」
ケロを撫でながらそう言うとくぅうんと情けない声を出して、
その場に伏せった。
「ルキ、ちょっと待って」
「何?」
私はルキの来ている服を軽く払って、汚れを取る。
随分汚くなったけどしょうがない。
「よし、行こうか」
透明な湖に足を踏み入れる。
刺すような冷たさが足首から伝わった。
前を歩くルキは迷うことなく
湖の中心の小さな島に向かって歩みを進める。
私には何も見えないが彼には何か見えているのだろうか。
深くなる湖に立ち泳ぎのような体勢になる。
全身を水に浸かり、冷たさが全身を覆う。
――そう言えばルキは泳げるのか?
前を見れば案の定。
ルキが沈んでいた。
「ルキ!」
あまりにも静かすぎて気づかなかった。
私は慌ててルキを背に乗せると
そのまま中心部の島に向かって泳いでいく。
びちゃっとルキを島の草地に乗せる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
続いて自分が水から上がって、
ゼイゼイと息をついた。
そして気づいた。
ここは静かすぎる。
すべての音を飲み込んでしまうほど静かで、穏やかで
木々のざわめき、虫の声、風の音すら聴こえない。
ルキの方を見ると、人形のようにピクリともしない。
慌ててルキの方に近づき、その口元に耳を近づける。
息が、止まってる?
彼の心臓に耳を当てる。
心臓の鼓動も感じない。
なんでだ。
落ち着け。
私は医者だ。
「ルキ!ルキ!」
必死で声をかけるがその音すらも空中に吸い込まれていくように
伝わっている手ごたえがなく、未知の空間に対する違和感と恐怖が
襲い掛かってくる。
「ダメだ、ルキ、君はこんなところで死ぬべきじゃない」
私は彼の気道を確保し、胸骨圧迫をしようとした。
その時だった。
「魔のものよ。なぜここにいる?」
直接脳内に声が響いたと思ったら、背後から強烈な威圧感を感じた。
指先一つ動かせない。
振り向くことすらできない。
私は金縛りの状態になっていた。
「もう一度問う。魔のものよ。なぜ神聖なこの地に足を踏み入れた?」
明らかに怒りを感じる声音が頭に響き、頭が割れるような痛みに襲われる。
「わ…たし…は、」
コツコツと蹄の音を響かせてそれは近づいてくる。
ダラダラと冷や汗が背中を伝い、背後からのまぶしい光で目が眩む。
コツッ…。
私のちょうど真後ろにそれが立っているのが分かった。
恐ろしさで体中が震える。
「神聖な地を汚したこと、その命を持って償え」
空を裂くような音がした。
その光は真っすぐ私に降り注いだ。
目をつぶることすらできず、
私は全身をその光に真っ二つにされる、
…はずだった。
しかし、いつまでも衝撃はやってこない。
「…ルキ」
見ると私の肩越しに、真っ白な馬がルキを見つめていた。
「お前はルキを私のところに届けに来たのか?」
立派な角と翼の生えた白い馬が私に問いかける。
いつの間にか金縛りが解けて動けるようになっていた。
「違います。私たちはあなたの羽を一枚頂戴しに参りました」
私は言葉を続ける。
からからと喉が渇き、
酷いしわがれた声だったが、
言わなければならないと思った。
「…ルキは、王様のものでも、騎士団長のものでも、
ましてやあなたのものでもありません。
ルキは誰のものでもありません。
彼は自由なんです」
「魔のものよ、なぜお前がそんなことを言うのだ?」
畏怖の念を感じさせるその声を前に、
普通なら恐怖で何も言えなくなるはずなのに、
すらすらと私の口から言葉が出てくる。
「私はこの少年の幸福を祈っているだけです。
お願いします。あなたの羽なんていりません。
私がこの地を穢したのをお怒りなら、謹んで罰を受けます。
だから、どうか、彼の命を助けてくれませんか?」
どうか。
目の前のピクリとも動かない彼が
また生き返って、元気に動き回って、
笑ってくれるならそれでよかった。
そのためなら、こんなおいぼれの命、
いくらでも捧げよう。
だから。
どうか。
「面白いな。魔王が気に入るのもわかる。
実に面白い男だ。お前は。
ルキは大丈夫だ。この地の空気に当てられただけだ。
ここから遠ざかればすぐに目を覚ます。
でも、そうだな…私もルキのことが心配だ。
だからしるしを授けよう」
そう言うとユニコーンはルキの手のひらにそっと口づけを落とした。
ルキの手のひらが光ったと思うと、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がった。
そして自分の羽を一枚とると、ルキの手のひらに握らせた。
「これでお前たちの目的は達成しただろう。
さっさと去れ。魔のものよ」
「ありがとうございます」
ほっとする間もなく、ユニコーンは私に睨みをきかせる。
「不快だ。早く去れ」
私は急いでルキを抱えなおすと透き通る湖を彼を担いで泳いだ。
湖を泳ぎ切った後、振り返ったらすでにユニコーンの姿はなかった。
あまりにも現実感がなくて、私は狐につままれたような気分だった。
湖を泳ぎ切り、魔物の森に戻ってきた時、ケロが顔を舐めてくれて
私はやっと現実に戻ってきた気分だった。
うん、やっぱり私は魔物に好かれるほうの人間だな。
なんだか改めて納得してしまった。
その口にはキメラが咥えられていてそこは全く可愛くないが、
無邪気にしっぽを振るワンコは一時私の心を軽くしてくれた。
「それにしてもすごいなぁ、魔物とか魔獣と出会っても
桜がいればみんな頭を垂れて道を開けるんだから。
魔法も全くいらないし本当によかった」
そう言って天真爛漫な様子で振り返るルキに
私は複雑な笑みを浮かべる。
「そ、そうだねぇ…」
私の肩には小さなガーゴイルが止まって頭に顔をすりすりしてくる。
足にじゃれつくキメラやワームなどをケロが牽制していた。
動物はもちろん好きだがここまでモテモテだと微妙な気持になってくる。
しかも好かれるのはすべて魔獣。さすがは魔王の花嫁だ。
「動物好きなんだろ。モテモテでよかったね」
にやりと笑うルキにしてやられたような気持になる。
「ルキ、そろそろきつい。聖獣の生息地はまだかな」
「着いたよ」
目の前には透き通るほど透明な湖が広がっていた。
光さす神殿のように厳かな雰囲気のその場所に、一歩、また一歩と近づくと
先ほどまで私にじゃれていた魔獣たちが一目散に逃げていく。
ケロもぐるぐると唸り声をあげて、必死で耐えているようだった。
「いいよ。ケロ、ここで待ってて」
ケロを撫でながらそう言うとくぅうんと情けない声を出して、
その場に伏せった。
「ルキ、ちょっと待って」
「何?」
私はルキの来ている服を軽く払って、汚れを取る。
随分汚くなったけどしょうがない。
「よし、行こうか」
透明な湖に足を踏み入れる。
刺すような冷たさが足首から伝わった。
前を歩くルキは迷うことなく
湖の中心の小さな島に向かって歩みを進める。
私には何も見えないが彼には何か見えているのだろうか。
深くなる湖に立ち泳ぎのような体勢になる。
全身を水に浸かり、冷たさが全身を覆う。
――そう言えばルキは泳げるのか?
前を見れば案の定。
ルキが沈んでいた。
「ルキ!」
あまりにも静かすぎて気づかなかった。
私は慌ててルキを背に乗せると
そのまま中心部の島に向かって泳いでいく。
びちゃっとルキを島の草地に乗せる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
続いて自分が水から上がって、
ゼイゼイと息をついた。
そして気づいた。
ここは静かすぎる。
すべての音を飲み込んでしまうほど静かで、穏やかで
木々のざわめき、虫の声、風の音すら聴こえない。
ルキの方を見ると、人形のようにピクリともしない。
慌ててルキの方に近づき、その口元に耳を近づける。
息が、止まってる?
彼の心臓に耳を当てる。
心臓の鼓動も感じない。
なんでだ。
落ち着け。
私は医者だ。
「ルキ!ルキ!」
必死で声をかけるがその音すらも空中に吸い込まれていくように
伝わっている手ごたえがなく、未知の空間に対する違和感と恐怖が
襲い掛かってくる。
「ダメだ、ルキ、君はこんなところで死ぬべきじゃない」
私は彼の気道を確保し、胸骨圧迫をしようとした。
その時だった。
「魔のものよ。なぜここにいる?」
直接脳内に声が響いたと思ったら、背後から強烈な威圧感を感じた。
指先一つ動かせない。
振り向くことすらできない。
私は金縛りの状態になっていた。
「もう一度問う。魔のものよ。なぜ神聖なこの地に足を踏み入れた?」
明らかに怒りを感じる声音が頭に響き、頭が割れるような痛みに襲われる。
「わ…たし…は、」
コツコツと蹄の音を響かせてそれは近づいてくる。
ダラダラと冷や汗が背中を伝い、背後からのまぶしい光で目が眩む。
コツッ…。
私のちょうど真後ろにそれが立っているのが分かった。
恐ろしさで体中が震える。
「神聖な地を汚したこと、その命を持って償え」
空を裂くような音がした。
その光は真っすぐ私に降り注いだ。
目をつぶることすらできず、
私は全身をその光に真っ二つにされる、
…はずだった。
しかし、いつまでも衝撃はやってこない。
「…ルキ」
見ると私の肩越しに、真っ白な馬がルキを見つめていた。
「お前はルキを私のところに届けに来たのか?」
立派な角と翼の生えた白い馬が私に問いかける。
いつの間にか金縛りが解けて動けるようになっていた。
「違います。私たちはあなたの羽を一枚頂戴しに参りました」
私は言葉を続ける。
からからと喉が渇き、
酷いしわがれた声だったが、
言わなければならないと思った。
「…ルキは、王様のものでも、騎士団長のものでも、
ましてやあなたのものでもありません。
ルキは誰のものでもありません。
彼は自由なんです」
「魔のものよ、なぜお前がそんなことを言うのだ?」
畏怖の念を感じさせるその声を前に、
普通なら恐怖で何も言えなくなるはずなのに、
すらすらと私の口から言葉が出てくる。
「私はこの少年の幸福を祈っているだけです。
お願いします。あなたの羽なんていりません。
私がこの地を穢したのをお怒りなら、謹んで罰を受けます。
だから、どうか、彼の命を助けてくれませんか?」
どうか。
目の前のピクリとも動かない彼が
また生き返って、元気に動き回って、
笑ってくれるならそれでよかった。
そのためなら、こんなおいぼれの命、
いくらでも捧げよう。
だから。
どうか。
「面白いな。魔王が気に入るのもわかる。
実に面白い男だ。お前は。
ルキは大丈夫だ。この地の空気に当てられただけだ。
ここから遠ざかればすぐに目を覚ます。
でも、そうだな…私もルキのことが心配だ。
だからしるしを授けよう」
そう言うとユニコーンはルキの手のひらにそっと口づけを落とした。
ルキの手のひらが光ったと思うと、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がった。
そして自分の羽を一枚とると、ルキの手のひらに握らせた。
「これでお前たちの目的は達成しただろう。
さっさと去れ。魔のものよ」
「ありがとうございます」
ほっとする間もなく、ユニコーンは私に睨みをきかせる。
「不快だ。早く去れ」
私は急いでルキを抱えなおすと透き通る湖を彼を担いで泳いだ。
湖を泳ぎ切った後、振り返ったらすでにユニコーンの姿はなかった。
あまりにも現実感がなくて、私は狐につままれたような気分だった。
湖を泳ぎ切り、魔物の森に戻ってきた時、ケロが顔を舐めてくれて
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